牛男とヤンキー少女
瞼越しに感じる光に、明はうっすらと瞼を持ち上げた。
未だに眠気が残る頭でベッドの中からぼんやりとあたりを見渡して、自身の置かれた状況を思い出す。
(あぁ……。そうだった、俺……。戻って来たんだ)
この世界にモンスターが現れ、レベルとスキルが人類に適用されて、すべての常識がひっくり返ったあの日から、今日で四日目。
固有スキル『黄泉帰り』によって、この世界を幾度となく繰り返している一条明の体感ではもはや数日では済まされない時間が経過しているが、世間ではまだほんの数日しか経過していない。
その事実を、明は寝ぼけた頭でスマホを操作し、画面に表示される時刻と共に日付を確認すると、大きな息を吐き出して身体を起こした。
「ふー……。朝、六時か……。わりと早めに目が覚めたな」
昨日の夜。ウェアウルフが支配していた街から戻って来た明達は、その足で再び自衛隊が駐屯している病院へと向かい、受け入れられ、病室へと案内されて、眠りに落ちた。
ウェアウルフ討伐からいろいろなことがあったせいか、眠りは早く、深かった。
しかしそのおかげで、体調は万全で絶好調だ。
明は素早く身支度を整えると、少しばかり考えて、部屋の外へと足を向けた。
四日目の朝を迎えるのは、実を言えば初めてではない。
ウェアウルフ討伐からいろいろとあった際に一度だけ、明はこの日を迎えている。とは言っても、明が知っているのは午前八時以降だ。その時は、目覚めがそれぐらいの時間だったから、この時間に目覚めたのは今回が初めてとも言える。
(つっても、この時間に何かがあるとは思えないけど)
心で呟きながらも、明はブラブラと病院内を散策する。
『黄泉帰り』を行う明にとって、その世界で起きる事件は貴重な情報だ。
ほんの少しのきっかけで未来が変わることもあれば、その大本を断ち切らないと変わらない未来もある。
それを、明はこれまでに繰り返した数多くの経験から理解し、実感していた。
だからこそ時間が出来た今、こうして無駄に散歩をしているわけである。
散歩の途中で、明はすれ違う多くの人から挨拶をされた。モンスターが現れたその日に、当直だったがために病院に取り残された看護師や医師、病院を守るために駐屯する自衛隊員、その自衛隊を頼って駆けこんできた街の住人。
みんながみんな、明の顔を見かけると一言声を掛けてくるか、小さな会釈をしてきていた。
中には、ボス討伐の感謝を述べる人までも居て、明は自分がこれほどまでに院内で有名になっていたのかと、微かな驚きを覚えた。
(そう言えば、こうしてゆっくり病院内を歩くのは初めてかもな……)
そんなことを考えながら歩いていると、明は一人の少女と鉢合わせた。
頭まですっぽりと被ったパーカーフードと、根本から毛先まで染められた金髪。パーカーのポケットに両手を突っ込んで、不機嫌そうな顔でこちらへと向かって来るのは花柳彩夏だ。
彩夏は、明に気が付くとすぐにその表情を改めて、声を掛けてきた。
「あ、牛男」
どうやら、花柳は院内で話題になっている明の話をさっそく耳にしたようだ。
その言葉に、明は顔を顰めながら言い返す。
「その呼び方はやめてくれ」
「なんで? てか、隠すことないじゃん。あたし、聞いてビックリしたんだけど。アンタ、自分があの牛男だって言ってなかったし」
彩夏とは、ウェアウルフ戦後に出会った。
その時に、簡単に自己紹介は済ませているのだが、明はもちろん、自分がこの世界で初めてボスを倒した男だとは言っていない。
「当たり前だろ。別に、自分から言うことじゃないし……。有名になりたいとも思わないし。それよりも、どうしたんだ? こんな朝早くに」
明は、彩夏の言葉に言い返しながらも会話の矛先を変える。すると彩夏は、「ああそうだ」と言って途端に何かを思い出したかのように不機嫌そうな表情となると、唇を突き出した。
「アンタ、この病院じゃそこそこ顔が利くんだろ? だったら、入口にいる頭の固いアイツらに言ってくれ。外に出たいって言っても、出してくれないんだ」
「外に? なんで?」
「レベル上げだよ。――――でも、入口に居る奴が一人じゃ危ないってうるせーんだよ」
言って、彩夏は舌打ちをする。
なるほど。どうやら、歩哨に立つ自衛官に止められているらしい。
(まあ、自衛隊の人の言うことも分からなくもない。花柳が多少戦えるとは言っても、外にはブラックウルフっていう速度に長けたモンスターがいる。一人で出れば、群れに遭遇した時にやられる可能性のほうが高い)
ステータス面に置いて大きな遅れを取る人間は、それを補うために数的有利を使いながらモンスターを倒してくしかない。事実、ここに居る人たちはみんな、外に出る時には三人から四人で固まって行動していたはずだ。
(まあ、でも……。花柳も固有スキル持ちだしな。遠くに行かなければ、平気か?)
明は、花柳の能力のことを思い出す。
花柳彩夏は『神聖術』という固有スキルを持っている。ポイントの消費とは別に、『沈黙』、『回復』、『聖楯』という彼女にしか使えないそれらのスキルがあれば、怪我を負うこともそうないだろう。
「……分かった。ただ、レベル上げをするならこの周辺でしてくれ。街のほうに行かれると、何かあった時にどうしようも出来ない」
「分かった」
花柳は、明の言葉に素直に頷いた。
明は、花柳を伴ってエントランスホールへと向かう。入口のバリケード前で歩哨に立つ自衛官へと、明が花柳を外に出すよう頼み込むと、自衛官の人は「それなら……」と納得をしてくれた。
「サンキュー! 一、二時間したら戻るから!」
そう言って、花柳は颯爽とレベル上げに繰り出す。
その後ろ姿を見送った明は、ふと気が付く。
あれ? アイツ……。武器持ってなくね?
「……花柳! お前、武器は!?」
声を上げて、明はその後ろを追いかけた。
結局、その後。武器もないままにレベル上げを始めようとしていた彩夏になし崩し的に付き合う形で――これまで、何で戦ってきたのかを聞けば適当に拾った物や廃材と言っていた――、明はたっぷり二時間。戦闘の汗を流したのだった。
明日からまた、お昼の更新です。