仮初の集まり
バーを出て、事のあらましを説明しながら自分たちの街へと戻る途中。明達は怒り狂いながら道を戻って来る彩夏に遭遇した。
彩夏は、明達を見つけるとすぐさま声を掛けてくる。
「あ、アンタら!! あのオッサンを見なかった!? あのヤロー、あたしを騙しやがったんだ!!」
その言葉に、明は奈緒と顔を見合わせると、アーサーの正体を伝えた。
彩夏は、アーサーの正体を聞くとさらに怒り狂っていた。話を聞けば、彩夏がアーサーと行動を共にしていたのは、本当にただ、ボスモンスターを倒すのならばと、協力を申し出ていただけらしい。
結果として、彩夏はその力をアーサーに利用された。それが、今回のように誤解を招く行動を取った原因だろう。
「だいたいアイツが、ユッカのスマホを持っていたのも今思えばおかしかったんだ。ユッカは確かにモンスターに殺されたのに、なんで、それをアイツが持ってるんだって話だよ!」
彩夏は、歯を剥きだし唸るように呟く。
「……絶対に、アイツがモンスターを装ってユッカたちを殺したんだ! だから、ユッカのスマホを持っていたんだ」
その言葉は、アーサーのことを考えれば確かに、ありえない話じゃない。
リリスライラは生贄を求める。
モンスターを装い誰かを殺していたとしても、それは不思議なことでもないような気がした。
「――――アイツは、逃げたよ」
明は、彩夏に嘘を言った。
人を殺したことを、わざわざ公言しようとも思わなかった。
「ハァ!? 逃げたって……。アンタら、アイツを追いかけてないのか!?」
「俺も、ギリギリだったんだ。死にそうになった」
言って明は、アーサーによって潰された手足へと目を向ける。
彩夏は、その手足を見て何があったのかおおよそ察したのだろう。
「……そうか。アンタらも大変だったんだな」
と申し訳なさそうに謝った。
明は、そんな彩夏の様子を見ながらポツリと呟く。
「……なあ、花柳。お前、これからどうするんだ?」
「これからって?」
「行き場、あるのか? ないなら、俺たちと一緒に来ないか? 一人でいるより、マシだろ?」
「アンタ達と?」
彩夏はそう言って、明と奈緒の顔を見た。
それから、少しだけ考え込むような表情となると、静かに問いかけてくる。
「アンタといれば、モンスターどもをどうにか出来るのか?」
「それは分からない。でも、ボスにはこれからも挑もうと思ってる」
そうしなければ、この世界で生きることは出来ないから。
彩夏は、明の言葉にまた考え込んだ。
それから、何かを決断したように。彼女は小さく頷くと、明達を見つめて言った。
「……うん。よし、ならいいいよ。アンタ達についてく。――つっても、アンタのその身体じゃまともにモンスターと戦うことも出来なさそうだな……。そうだっ、その傷、私がどうにかしようか?」
「は? いや、どうやって?」
「私の、固有スキルで、だよ」
言って、彩夏は明へとその手を向けると、そのスキルの名前を口にする。
「『回復』」
途端に、彩夏の手から光があふれた。
光は明の全身を包んで、『自動再生』を上回る速さで明の傷を癒していく。
「なッ――!? お前、回復スキルは『自己回復』だけだって……」
ひしゃげた手足が、ウェアウルフの傷が、その全てが癒えていくのを見ながら、明は目を見開いて彩夏を見つめた。
その表情に、彩夏は喉を鳴らして笑うと、
「ああ、それね。嘘だよ、嘘。あのオッサン、なーんか信用出来なかったからさ。あえて嘘を言ってたわけ。本当は自分以外にも使えたんだけど、自分にだけ使ってれば『自己回復』のスキルだって言ってても不自然じゃないでしょ?」
そう言って、ニヤリとした笑みを浮かべた。
その笑みを見ながら、明は思わず大きなため息を吐き出す。
彩夏の種明かしによって、分かったことがある。
それは、あのバーに集まった人達はみな、あの場では誰ひとりとして本当のことを話していなかったということ。
明は、『インベントリ』と『シナリオ』を隠して。
奈緒は、明に与えられた固有スキルを隠して。
アーサーは、その正体を隠して。
彩夏は、そのスキルの本当の効果を隠して。
誰ひとりとして真実を話さないまま、仮初のパーティーを組もうとしていた。
結局は、アーサーの手によってそれはすぐに瓦解してしまったけれど。仮にあのまま、何も無かったとしても、いつかはきっと、どこかしらで歪みが出来ていた集まりだったのだ。
人は、誰しも嘘を吐く。
嘘が悪いとは言わない。嘘とはつまり、使い方だ。
時にはそれが救いにもなるし、時にはそれが狂気に繋がる。
アーサーにとっては、その嘘が一時的とはいえ救いになっていた。
でなければ、自ら道を踏み外すほどにまで、家族を愛していた彼はきっと。妻と娘をモンスターに殺された時点で、何もかもを投げ出して早々に死んでいたことだろう。
彼にとっての悲劇は、その嘘を吐かれた相手がカルト宗教だったということ。
もしも、彼がカルト宗教と出会わなければ。
もしも、彼の家族が無事だったならば。
この世界を幾度となく繰り返す明は、そんな都合の良い〝たられば〟を考えずにはいられなかった。
これにて、第三章は一区切りとなります。
書き上げてみれば、バトルもの、というよりは似非ミステリーのような章となってしまいました。(ミステリー好きの方には声を大にして、まったく違うと怒られそうですが)
伏線の回や謎の提示などの回では、わりとみなさまをモヤモヤさせていたかもしれませんね。
次章はいつものテイストに戻るかと思いますので、よろしくお願いいたします。