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偽装

 


 明は、数秒ほど気を失っていた。

 目を開けると、アーサーは床に倒れ込んだままだった。


「ッ、あァ……」


 激痛に顔を歪めながら、明はゆっくりと身体を起こす。

 そうして、座り込んでアーサーを見つめると、ポツリと呟くように言った。



「……解析画面に、騙されたよ。まさかお前が、ここまで強いなんてな」



 それは、独り言に近い言葉だった。

 『沈黙』中の奈緒には、その言葉が届いていない。

 ゆえに、誰からの返答も期待していない言葉だった。


「ふ、ふふ……」


 しかし、声が聞こえた。

 見れば、その声はアーサーが発していたものだった。


「っ、お前、まだ……」


 アーサーが生きていることを確認して、明は立ち上がろうと藻掻く。

 すると、そんな明に向けてアーサーが掠れた声で言った。


「ふ、ははは。安心しなさい……。私はもう、死に体だ。もはや、息をするのでさえやっとだよ」


 言って、アーサーは咳き込み血の塊を吐き出す。

 それから、その口元に引き攣るような笑みを浮かべると、ゆっくりと言葉を続けた。



「気になるんだろう? 私のステータスが……。どうぞ、好きに見るがいい。『偽装表示』は解除しておいた」

「偽装、表示……だと」

「ああ、そうさ。解析をされた際に、その画面自体を偽るスキルの、名前さ」


 その言葉に、明はアーサーを見つめると小さく言葉を吐き出す。


「『解析』」




 ――――――――――――――――――

 アーサー・ノア・ハイド 54歳 男 Lv12


 体力:171

 筋力:163

 耐久:179

 速度:178

 魔力:12【82】

 幸運:15


 ポイント:32

 ――――――――――――――――――

 個体情報

 現界の人族。

 魔素結合率:0%

 身体状況:喪失部位あり【右腕】【腹部】、裂傷部位あり【胸部】、骨折部位あり【鼻】【頬】【左大腿】。大量失血

 ――――――――――――――――――

 所持スキル

 ・死霊術

 ・ヴィネの寵愛

 ・解析Lv1

 ・魔力回路Lv1

 ・魔力回復Lv1

 ・隠密Lv1

 ・偽装表示Lv5

 ――――――――――――――――――




 眼前に表示されたその画面は、以前とは全く違ったものだった。

 見知ったスキルが並ぶその中で、明は一つのスキルに目が留まる。


(ヴィネの寵愛……か)


 ヴィネの寵愛にはレベルの表示がない。つまりは、アーサーが持っている固有スキルの一つ、なのだろう。


(固有スキルは、一人一つだけじゃなかったのか?)


 ヴィネ、という名前からしてリリスライラが関係しているのは間違いない。

 アーサーが初めからリリスライラの信者でない限り、単純に考えれば後々に与えられた固有スキルなのだろう。


(俺と同じ、固有スキルを与える奴がいるのか)


 その事実に、明は大きなため息を吐き出すと眉間に皺を寄せた。

 アーサーのレベルの低さと釣り合わないそのステータスを見るに、ヴィネの寵愛はステータスを底上げするタイプのスキルで間違いないようだ。

 単純な底上げなのか何か条件があるのかは、スキル効果を見ることが出来ない解析画面からではよく分からないが、リリスライラのことを考えればあまり良い条件だとは思えない。

 明は視線を動かし、後に続くスキルへと目を向ける。



(……偽装表示。コレか)


 所持した『第六感』も、このスキルで間違いないと囁いている。



(……これだけのステータスがあって、なんで……。お前は、その力をモンスターに向けなかったんだよ)



 明は、心で吐き捨てるようにそう言うと、怒りに任せるように乱暴に手を振って画面を消した。

 それから、感情を鎮めるように大きな息を吐き出して。

 明は、アーサーへと向けて呟く。


「…………なあ、あんた。この戦い途中――いや、最初から、か。俺たちを、殺すつもりがなかっただろ」


 それは、この戦いの最中。明がずっと疑問に感じていた言葉だった。


「フハハ! 何を、言い出すのかと思えば……。どうして、そう思うのかね?」

「『隠密』を使いながらオリヴィアで攻撃が出来るなら、最初からそうすれば良かった。オリヴィアの筋力は俺の耐久を越えている。最初に、俺の頭を潰すなりなんなりとして、それからゆっくりと、お前は奈緒さんを狙えば良かったはずだ。……それに、このステータスだ。オリヴィアに頼らなくても、お前自身が『隠密』を使いながら奈緒さんを狙えば良かったんだ。どうして、それをしなかった?」

「さあ、どうしてだろうね」


 アーサーは、口元に笑みを浮かべた。


「…………ただ、そうだな。今にして思えば、私は……。誰かに、止めてほしかったのかもしれない」

「止めて欲しかっただと? まるで誰もを殺したくはなかった、とでも言いたそうな言葉だな」

「ああ、そうさ。私はもともと、虫を殺すことも躊躇うほどの小心者なのだ」



 アーサーは、明の言葉に笑った。

 それから細く、長い息を吐き出すとぼんやりと宙を見つめて言った。



「リリスライラが、異常だというのは分かっている……。それでも、その異常に縋りつかねば生きる意味を見出せない者もいる。それでも、君は……。これからも、私のように道を踏み外した者を許せないと言うのか?」

「…………」



 その言葉に、明はすぐには答えを返せなかった。

 するとアーサーは、そんな明を見て喉を鳴らして笑うと、ゆっくりと息を吐き出しながら呟く。



「もしもこれから先、人を殺すのならば覚悟をするがいい。その道へと足を踏み出したが最後。私のように、後戻りは出来なくなるぞ。一度血に汚れたその手は、もう二度と元には戻らないのだ。……私のように、な」


 アーサーはそう言うと、自嘲するような笑みを浮かべた。


「しかし、歳をとって、無茶をするものじゃない、な……。自分を騙し、立ち振る舞うことにも疲れた」



 そんなアーサーの元へと、オリヴィアがゆっくりと近づいた。

 アーサーは、そんなオリヴィアへと目を向けると呟いた。



「すまない、オリヴィア……。君を生き返らせることも、娘を生き返らせることも出来なかった。不甲斐ない私を、許してくれ……」



 オリヴィアは、その言葉に小さく笑うと、ゆっくりと首を横に振った。

 それから、死に瀕したアーサーを労わるように。

 そっと、彼の身体に触れることの出来ないその手を伸ばして、抱きしめる。



「――――――」



 アーサーの耳元で、オリヴィアが何かを言った。

 その言葉は、明の耳には届かず。アーサーの耳にだけ届く、彼らだけの言葉だった。

 アーサーは、笑った。


「…………まったく。君は、いつも優しいな」


 そうして、そっと。彼女の身体を抱きしめ返すように、アーサーは左手を伸ばして言った。

 そして小さく呟かれたその言葉を最期に、アーサー・ノア・ハイドは静かに、その息を止めた。



          ◇ ◇ ◇



「何が、あったんだ?」


 しばらくすると、『沈黙』の効果が切れたのであろう奈緒が、そっと声を掛けながら近づいてきた。

 奈緒は事のあらましの説明を求めた。当たり前だ。目を覚ませば殺されそうになっているし、それまでボスの討伐に向かう話をしていた明とアーサーが殺し合ったのだから。



「……全部、説明します。それよりもまずは、ここを離れましょう。いずれ、花柳が戻って来るだろうし……。花柳にアーサーのことを説明するにしても、わざわざコレを見せる必要はないです」



 奈緒は、明の言葉に小さく頷いた。

 明は、奈緒の肩を借りるようにして立ち上がると、砕けた手斧を杖代わりにして、ゆっくりと歩き出す。

 背後は振り返らなかった。

 いや、振り返ることが出来なかったと言った方が正しいのかもしれない。

 モンスターではなく、生まれて初めて人を殺したのだという罪悪感。

 その暗い感情に、今はまだ。向き合うことが出来なかった。


(……仕方がなかったんだ)


 と、明は自分に言い聞かせる。



 彼を――アーサーを、そのまま生かしておくわけにはいかなかった。

 アーサーが生きていれば、いつか必ず奈緒は狙われ、殺されてしまう。それが嫌で、認められなくて、こうして死に戻って来た明には、彼を生かしておくという選択肢が存在していなかった。


「ごめんな……」


 店を出るその直前。明は、小さな声で呟いた。

 それが、今の自分に出来る、精一杯の謝罪の言葉だったから。



 ――――だから、一条明は気が付かなかった。

 彼らが店を後にするその直前。アーサーの指先が、微かに動いたことを。



            ◇ ◇ ◇



 明達が店を出て、しばらくしてからのことだ。



「…………行ったか?」



 それまで、まるで死んだように息を止めていたアーサーがふいに言葉を漏らして、閉じていた目をパチリと見開いた。

 すると、その言葉に反応したかのように、姿を消していたオリヴィアが再びその姿を現す。


「いやはや、参ったな……。ボロボロだ」


 アーサーは苦痛に顔を顰めながら身体を起こすと、左手で無精髭を摩りながら穴の空いた腹部を見下ろした。



「派手にやってくれたものだね。お嬢さんを殺すことが出来ないと分かって、軽く彼の力を試してやろうと思っただけだったが……。フハハハハ! 途中から、本気で殺されると思った。いや、本当に」


 アーサーは、ゆっくりと息を吐き出すと、独り言のように言葉を続ける。


「『演技』、『詐欺』……。これらのスキルを取得していなければ、こうも上手く死んだフリなど出来なかっただろうなぁ。とはいえ、それもこうして、彼に大怪我を負わされたから上手くいったようなものだが。死にかけの身体と、右腕の喪失……。彼らに手を出してしまったがために、手痛い反撃となってしまった……。『自動再生』で、千切れた右腕は再生するのか……?」


 ぶつぶつと、彼は呟く。


「仕方ない、『自動再生』のスキルレベルを上げるか……。――――ステータス」


 アーサーが言葉を発するのと同時に、ステータス画面が開かれた。




 ――――――――――――――――――

 アーサー・ノア・ハイド 54歳 男 Lv12


 体力:171

 筋力:163

 耐久:179

 速度:178

 魔力:12【82】

 幸運:15


 ポイント:32

 ――――――――――――――――――

 固有スキル

 ・死霊術

 ・ヴィネの寵愛

 ――――――――――――――――――

 所持スキル

 ・解析Lv1

 ・話術Lv3

 ・演技Lv2

 ・自動再生Lv1

 ・魔力回路Lv1

 ・魔力回復Lv1

 ・詐欺Lv3

 ・隠密Lv1

 ・偽装表示Lv3

 ――――――――――――――――――




 アーサーの目の前に開かれたその画面。

 それは、一条明が『解析』で確認したものとはまた違う、意図的に隠されていたスキルが現れた画面だった。

 アーサーは、その画面を操作するように左手を伸ばすと、ポイントを消費して自動再生のスキルレベルを上げる。

 それから、大きな息を吐き出すとその画面を消して、ゆっくりとその身体を起こした。



「うむ。これで、いくらか生き永らえることは出来るな。彼らの中では私は死んだことになっているだろうし、またお嬢さんを狙えば今度こそ本当に、彼に殺される。……オリヴィア。どうやら、私たちはこの街を離れなければならないようだ。君との思い出が詰まったこの場所を離れるのは辛いが……。娘を取り戻すまでの我慢だ。それでも良いかな?」



 アーサーの問いかけに、オリヴィアは笑って頷いた。

 その笑顔に、アーサーもまた笑顔を浮かべると、店を出た彼に向けて呟く。



「…………甘いなァ、一条くん。敵の言葉に耳を貸すべきではないと、せっかく教えてあげたのに。申し訳ないが、私はまだ死ぬわけにはいかんのだ」


 言って、アーサーは身体をふらつかせて歩きながらもバーの窓を開くと、


「――――『隠密』」


 と、そう呟いて。



 どこへともなく、消えてしまった。



アーサーのスキル一部詳細


 ――――――――――――――――――

 ヴィネの寵愛

 ・パッシブスキル

 ・スキル所持者は、体力、筋力、耐久、速度が強化される。強化の値は、これまでに捧げた生贄の質に依存する。

 ・スキル所持者はヴィネに生贄を捧げるごとに、レベルアップとは別にポイントが与えられる。

 ――――――――――――――――――



 ――――――――――――――――――

 隠密Lv1

 ・アクティブスキル

 ・自身の魔力を消費し、一分間、自身の気配を完全に消す。ただし、攻撃の際にはスキルの発動がキャンセルされる。

 ・現在、スキル使用に消費される魔力量は10です。


 ポイント50を消費して次のレベルアップが可能

 ――――――――――――――――――



 ――――――――――――――――――

 偽装表示Lv3

 ・パッシブスキル

 ・スキル所持者は、『解析』を受けた際に表示される画面を偽装することが出来る。偽装の範囲はスキルレベルに依存する。

 ――――――――――――――――――

取得条件:詐欺スキルがレベル3以上でスキル取得可能。






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[気になる点] こういったご都合主義で倒せない敵って、好きになれないわ
[一言] 今まで面白かったのに、ここにきてつまらんなったな 死に戻りして即アーサーぶっ殺してやり直せばいいだけじゃん 武器も勿体無いし
[良い点] アニメ化楽しみに待ってます
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