VS 死霊術師
「まさか――――」
そのマークを見て明はようやく、アーサーがこれまで執拗に奈緒を狙っていた理由に気が付く。
「奈緒さんを殺して……。奈緒さんを、いるかもどうか分からない魔王に生贄へと捧げて、自分の願いを叶えようだなんて、そんなことを考えてるんじゃ」
アーサーは、首筋に浮かぶマークを隠すように乱れた服を正すと、明の言葉に小さく笑った。
「ああ、その通りだ。私は、私の願いを叶えるために。……そのために、私はお嬢さんを殺そうとした」
「どうして……。なぜだ!! 魔王なんて、居るはずがない! そのために誰かを殺すなんて、そんな馬鹿馬鹿しい話……。ありえないだろ!!」
「ありえなくとも、私にはこれしかないのだ」
アーサーは、明の叫びに答えるように静かに口を開いた。
「この世界にモンスターが現れて、妻と娘はモンスターに殺され、死んだ。妻は『死霊術』によって復活したが、君には彼女がどう見える? 妻は本当に、生き返ったと言えるのか? 言えないだろう。オリヴィアは確かにここにいる。私の言葉に答えてくれる。けれど、私はもう! 彼女には触れることも、抱きしめることも出来ない!!」
吐き出されたその言葉は、徐々に熱を帯びていく。
これまで隠してきた本心を、彼は今。初めて、明の前に曝け出していた。
「さらにはどうだ、娘は死んだままだ!! 『死霊術』によって出来る、魂の具現化は一人だけ。娘の魂は、ここには無いのだ!! 彼女の笑顔も、その言葉も、もう私には見ることも聞くことも出来ないッ!!」
そこまで言うと、アーサーは感情を鎮めるようにゆっくりと息を吐き出した。
「――――彼女たちをもう一度抱きしめるためならば、私は悪魔でも魔王にでも、この身と魂を捧げよう。そのためにならば、どんなことにも手を染めよう。それが、私がこの世界で生きる覚悟というものだ」
言って、アーサーは懐からナイフを取り出すと構えた。
「そこをどけ、一条明。たとえ君が、何度もこの世界をやり直そうとも。私は私の願いを叶えるために、お嬢さんを殺す。オリヴィアや娘のためにも、お嬢さんにはここで死んでもらわねばならん」
「…………どうして、奈緒さんなんだ。お前はどうして、奈緒さんに拘るんだ! あんたと奈緒さんは、何の関わりもなかったはずだろ。生贄にするのなら、別に奈緒さんじゃなくても良かったはずだ!!」
「その理由を知りたいのならば、私を止めてからにしたらどうだ? ――――『隠密』」
アーサーがその言葉を呟いた瞬間。
彼の身体は、滲むようにして消えてしまった。
「クソッ!」
叫び、明は手斧を構えると、すかさず奈緒の元へと駆けて素早く周囲の気配を探った。
しかし、辺りを見渡したところで姿形も見えない。『沈黙』の効果はまだ続いているのか、奈緒が発する音は全て消されて、そこに居るはずなのにまるでそこには居ないのではないかと錯覚をしてしまう。
そんな、異様な静けさの中で。明はただジッとあたりを見据えて、奇襲による攻撃に備え続ける。
(……クッソ。『危機察知』があれば――――)
そんなことを、明が考えたその時だった。
――ヒュッ、と。鋭い何かが風を切る音が耳に届いた。
明は素早く視線を動かし、ソレを捉える。
風を切って迫るもの。それは、アーサーが持ち運んでいたナイフだった。
高速で空気を切り裂くその切先の先には、奈緒が居る。
「ッ!」
反射的に身体は動いた。
明は、手にした斧を振るって飛来するナイフを叩き落とすと、すぐさまその方向へと視線を向ける。
(あそこか!)
どうやら、『隠密』の発動中に攻撃を行おうとすれば、その効果が切れるらしい。姿を現したアーサーへと向けて、明は床を蹴って前に飛び出すと同時に腰を捻り、蹴りを放つ。
全力は出さない。いや、出せない。
出せば、アーサーから奈緒を狙う理由を聞くことなく、その息の根を止めてしまうからだ。同様の理由で、手斧による攻撃も出来なかった。
それでも、ステータスの差は歴然だ。
アーサーは、目にも止まらない速さで飛び掛かる明に反応することが出来ないのか、静かにその様子を見つめていた。
――入った!
確実かと思われるその攻撃に、明はアーサーが生き残ることが出来るよう蹴りの威力を落とす。
その、直後だった。
「オリヴィア」
アーサーが短く、その名前を呼ぶ。
瞬間、振り払われていた明の足が、不可視の力でビタリと止まった。
「ッ!?」
驚き、明は思わず足を引く。
しかし、その足は動かない。見れば、アーサーの背後では手を伸ばしたオリヴィアが、空中で何かを掴むようにその手を握り締めているところだった。
「ふむ、ここで一つ。年長者からのアドバイスだ。自分が圧倒的に有利だと思う立場で思うならばこそ、強者は最後まで油断をせずに、全力を出すものだ。でなければ、このように。格下と思われた相手から手痛い反撃を受けることになるだろう」
「くっ!」
必死に、明は止められた足を動かす。
しかし、全力を以てしてもその足は動かない。あまりにも異常と思えるその力に、明の全身から冷や汗が噴き出した。
「言っただろう? オリヴィアのステータスは、すべて筋力値に割り振っていると。……そして、君も固有スキルを持っているのならば、知っているのではないか? 『クエスト』という存在を」
「――――っ!」
その可能性を、考えたことはあった。その時に、アーサーへと問いかけてもいた。あの時はレベルアップでポイントを稼ぐことしか出来ないと、そんな話になっていたが今にして思えばこの男の言葉だ。その言葉に、信用なんてものは何一つなかった。
「私のクエストは、モンスターを倒した数に応じてそれ相応のポイントを貰えるものでね。獲得したこれまでのポイントは、合計で50を超える」
メキメキと、加えられていく不可視の力に明の足の骨が悲鳴を上げた。
「ぐっ……」
「オリヴィア。潰しなさい」
明が痛みに顔を顰めるのと、アーサーがオリヴィアへとその言葉を命じるのはほぼ同時。
アーサーの言葉に頷いたオリヴィアがその手を握り締めた直後、凄まじい力が明の右足へと掛かる。
「ガぁ、ぁああああああああッ」
グチャリと肉を潰し、バキバキと骨が砕かれる音と共に、明の口から悲鳴があがった。
まるで万力で潰された後のように。ひしゃげたその右足は、肉片にはならずともその皮膚が裂けて血を溢して、ダラリとその力を失ったかのように垂れ落ちる。
「これで、君の自慢の機動力は、失われたも同然だ」
「――っ、あぁッ!!」
全身を貫くかのような激痛を消すように叫び、明は全力でアーサーへと向けて拳を振るった。
しかし、その拳は当たらない。片足を潰されたことで、姿勢が整わなかったからだ。
アーサーは身体を動かして明の攻撃を避けると、再び『隠密』を発動して気配を消した。
「く、ぅ……」
明は、手斧を杖のように床に突き立てて、潰された右足を庇うようにして立つ。
それから、素早く周囲を見渡してアーサーの姿が完全に消えたことを確認すると、荒い息の中で苛立ち混じりに舌打ちを漏らした。
(クッソ! なんだ? 何かがおかしい……。手加減していたとはいえ、俺の速度値は177だ。前に確認した時アイツの速度値は28で、これだけの速度差があれば普通なら反応すら出来ないはずだ!!)
明は、『隠密』で隠れたアーサーの気配を探しながらも考え続ける。
(なんだ? 何が起きている、いったい何が――――)
心で呟き、明はハッと思い出す。
(――――そうだ『解析妨害』。スキルには、他人から受ける『解析』を防ぐスキルがある。だったら、他人からの『解析』を偽ることが出来るスキルも中にはあるんじゃ……)
可能性はある。
スキル一覧に表示はされてなくとも、『解析妨害』は『解析』を一定のレベルにまで上げた後に表示されるようになった。それと同じように、解析画面を偽るというその見知らぬスキルも、自分が知らないだけで本当は存在しているのではないだろうか。
(――――だったら)
仮にそうだとしたら、アーサーはあの画面通りの雑魚ではない。もともと、言動があまりにもおかしかったヤツだ。自分が弱いと言っていたあの言葉さえも、今となってはもう信用が出来ない。
(いくらオリヴィアの固有スキルがモンスターの群れを相手に出来るからといっても、俺とは違ってこの世界を繰り返さない以上、経験値倍化のスキルがない限り俺のレベルを超すことは現時点では難しいはず。となれば、レベルアップ分のポイントを筋力に全振りしただけでは、俺の耐久を破るのは難しい。…………だったら、アイツが今言った『クエスト』があるってことは本当なんだろう)
クエストがあれば、ポイントは短期間で大量に取得できる。
ポイントがあれば、スキルが取得できる。今の、一条明と同じように。
(…………もう、手加減は必要ないな)
明は心で呟くと、手にした斧を構えて細く息を吐き出す。
油断はもう無かった。相手をするこの男は、自分と同じだ。奈緒を狙う理由を聞きたいのは山々だが、それに拘るあまり手加減をすれば、逆に殺される。