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信者



 アーサーは、店から出て行く彩夏の背中を見送っていた。

 それから、彩夏がこの場を離れたと判断出来るほど、十分な時間を取った後。ようやく、張り詰めていた息を漏らすように大きく息を吐き出す。


「さあ、オリヴィア。始めよう。花柳くんが戻って来るまでに、お嬢さんを殺しておかねばな」


 その言葉に反応するように、ゆっくりとオリヴィアが浮かび上がるように現れた。

 アーサーは、眠る奈緒をゆっくりと持ち上げた。バーカウンターの奥へと運び込むと、静かにその身体を横たえる。

 奈緒が動く様子は無かった。身体を持ち上げられても分からないほど、眠りが深いのだ。

 ピクリともしないその様子を見ていると、もしかすればバーカウンターに突っ伏して寝ていた彩夏も、アーサーによって薬を盛られていたのではないかと勘繰ってしまう。


「さあ、オリヴィア。いつものように、潰すんだ」


 横たわる奈緒を見下ろしながら、アーサーが呟いた。

 その言葉に、オリヴィアが何かを言うように口を動かした。


「……ん、ああ悲鳴のことか? 確かに、この場で彼女を殺せば悲鳴の一つや二つ上がるだろうな。君の言う通り、それによって彼が起きる可能性があるだろう。だからこそ、それを防ぐために花柳くんには、彼女へと『沈黙サイレンス』をかけてもらったのだよ」


 アーサーは、オリヴィアの言葉に答えるように言った。


「彼女の『沈黙』の効果は、対象の発する音を消し、対象に掛かる音を消す。分かるかな? つまりお嬢さんは今、完全な無音の中にいるということだ。仮に起きたところでその悲鳴は誰の耳にも届かず、今、こうして話している我々の言葉さえも聞こえていない。だから、君の心配は無用だ」


 オリヴィアは、アーサーの言葉に小さく頷いた。

 それから、何かを考え込むような表情となるとまた、彼女はアーサーに向けて問いかける。


「そうだね。確かに、彼女をいつものように潰せば、私たちが殺したとすぐに分かるか。花柳くんには、罪を被って欲しいからな。…………であれば、殺し方を変えることにしよう。オリヴィア、君は彼の剣を持ち上げることが出来るかな? そう、その剣だ」


 オリヴィアはアーサーの言葉に頷くと、壁に立てかけられた豚頭鬼の鉄剣へと片手を向けた。すると、鉄剣がフワリと持ち上がる。



「その剣で、お嬢さんが無駄に苦しまずに済むよう、首を落としなさい」


 アーサーは、静かに言った。



 その言葉に従ってオリヴィアは鉄剣を動かすと、その切先を彼女の首元に狙い定めた。

 そして、一気に。

 オリヴィアは、伸ばされたその手を振り下ろす――――。



「ッ!!」



 ――その瞬間。明は弾かれたように立ち上がり、身体を蝕む眠気を振り切るように、傍に置いていた手斧を掴むと一気に駆け出した。



「っ、ああああああああ!!」



 数メートルの距離を一気にゼロへと変えて。

 明は、バーカウンターを飛び越えると同時に、奈緒へと振り下ろされる鉄剣へと向けて手にした斧を全力でぶつける。


 ――ガキィンッ、と。


 刃先がぶつかった二つの武器が甲高い音と火花が散った。

 明の筋力値と合わさった『猛牛の手斧』は、『豚頭鬼の鉄剣』の耐久値を削り取る。

 散った火花が消えると同時に鉄剣の刃はその半ばからへし折れて、くるくると回りながら宙を飛んだ。



「なっ!?」



 まさか、明が起きているとは思ってもいなかったのだろう。

 驚愕に目を見開き、言葉を失くしたアーサーが一瞬、その動きを止めた。

 その隙を、明は見逃さなかった。


「っ、ふっ!」


 短い息を吐き出すと共に、地面を蹴ってアーサーの懐へと飛び込む。

 そして、懐に飛び込んだ明は、アーサーの胸倉を掴むとバーの出入り口である木製の扉へと向けて放り投げた。


「ぐっ!」


 短い悲鳴と共にアーサーは扉へと背中からぶつかると、その扉を破壊しながら外へと転がり出る。

 そうして、完全に距離が出来たことを確認すると、明は素早く奈緒へと近づき声を上げた。



「奈緒さんッ、奈緒さん!!」



 声を上げて、明は奈緒を揺さぶった。

 すると、その衝撃で目が覚めたのだろう。

 奈緒はゆっくりと瞼を持ち上げると、明の顔をぼんやりと見つめた。


「良かった」


 その様子に、明は思わず笑みを溢した。

 奈緒は、ぼんやりと明の顔を見つめると、小さく口を動かした。その際に、声が出ないことに驚いたのだろう。戸惑うように、または驚くように大きく目を見開くと、言葉にならない声を上げる。



「落ち着いて。落ち着いてください。奈緒さんは今、スキルの影響下にあります。喋ることが出来ないんです」



 明は、奈緒に向けてゆっくりと言った。

 けれど、奈緒にはその言葉が聞こえなかったようだ。

 さらに慌てたように、明の肩を掴みながら奈緒が大きく口を開きながら何かを言う。

 その様子を見て、明はアーサーが言っていたことを理解した。


(……くっそ、なるほど。これが、アーサーの言っていた『沈黙』の効果か。なら――――)


 明は、素早くスマホを取り出して文字を打ち込む。それから、打ち込んだ文字を見せるように、奈緒へとその画面を差し出した。


『心配しないで。俺を信じて、後ろに下がっててください』


 短く、端的な言葉。

 その言葉に、奈緒は画面と明の顔を交互に見渡す。


「…………」


 そして、こくりと。

 奈緒は真剣な表情で明に向けて頷くと、そっと後ろへと下がった。



「――――ああ、やっぱりか。君は、気が付いていると思っていたよ。君の固有スキルが、『黄泉帰り』だと聞いた時から、嫌な予感はしていたんだ」



 壊れた扉の先から、声が聞こえた。

 見れば、傍にオリヴィアを伴ったアーサーがゆっくりとこちらへと歩いてくるところだった。

 明に胸倉を掴まれ、投げられた影響だろう。身に付けていた黒シャツは、胸元のボタンが千切れて無くなり、乱れていた。

 アーサーへと向けられていた明の視線が、ピタリと止まる。衣服が乱れたことで露わとなった、首元に浮かぶその模様を目にしたからだ。


「その、マークは……」


 チェスのルーク駒に似た塔の紋様に、大きな目。

 それは前世で、柏葉が地面に描いていたマークそのもので。それが、示すものはつまり――――。



「アーサー、お前……。リリスライラの信者か」



 リリスライラ。

 魔王ヴィネへと、格の高い血を捧げることで願いが叶うと信じるカルト集団。

 アーサーの首元に浮かぶのは間違いなく、かつて柏葉が教えてくれた、その集団の一員であることを示すマークだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、そうだろうな…サイコなのか…?
[一言] リリスライラは本当に謎な組織ですねえ。 まだ世界がこうなってから数日でここまで信者だの構成員だの増やせる訳ないからなあ。 とすると一般人には分からないように秘匿された情報が前からあったのかな…
[一言] おっさん… まぁ何となくそんな気はしてた
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