真相
本日、2話同時投稿をしています。こちらは2/2話
しばらくして、奈緒と彩夏が戻り今後のことに関する話になった。
その際にアーサーがバーの奥へと消えて、以前と同じく「秘蔵の物だ」と言いながらオレンジジュースの入ったペットボトルを持ってきた。
(――鑑定)
それを見て、明はすかさず『鑑定』を発動させる。
――――――――――――――――――
果実水
・状態:良質
――――――――――――――――――
・魔素含有量:0%
・追加された特殊効果:睡眠
――――――――――――――――――
現界で製造され、量産された一般的な果実水。薬剤が混ざられた形跡がある。
――――――――――――――――――
(……ビンゴだ)
明は、その画面を見て視線を鋭くした。
もはや、これで疑いようはない。あの時に眠ったのは、アーサーの仕業だった。
(ここでコレを飲めば、あの時と同じになる)
明は、アーサーの手によってグラスに注がれたオレンジジュースを受け取りながら、思考を巡らせる。
(かといって、口にしなければおそらく、未来が変わる可能性があるな…………)
もしも、この先。アーサーが違う手段で奈緒を殺しに来れば、明にはそれを知る術がない。この人生で全ての決着をつけるためには、アーサーに眠剤入りのオレンジジュースを飲んだと思わせる必要がある。
明は、考え込んだ末にグラスへと口を付けて唇は開かず、飲んだフリをすることにした。
口を閉じたままグラスを傾けていると、それを見ていたアーサーが興味深そうに尋ねてくる。
「ふむ。一条くんは、オレンジジュースが嫌いかね?」
……どうやら、量の減らないグラスの中身に気が付いたようだ。
(くっそ、見てやがるな)
明は心の内で舌打ちをすると、首を横に振って答えた。
「まさか。オレンジジュースは好きですよ」
言いながら、どうするべきかと考える。
おそらく、ここで飲まなければアーサーは別の手段を取るだろう。奈緒を常に身の傍へと置き、アーサーの襲撃を防ぐことも出来るが、それもいつまで出来るか分からない。ボスと戦うことになれば必然的に奈緒から視界を切ることになるし、奈緒がトイレに行くとなれば付いていくわけにはいかない。現実的ではないだろう。
(ここで、オレンジジュースに眠剤が入っていることを明かして問い詰めてもいいが……。まだ、花柳が敵なのかどうか分からない。そもそも、花柳の固有スキル――『神聖術』だって、その効果が本当に花柳の言った通りなのかどうかも分からないんだ)
解析でいくらスキルを知ろうが、その効果までは分からない。
この場で一番厄介なのは、彩夏が敵であり、かつ神聖術の効果がブラフだった場合。見知らぬスキル効果で、窮地に陥ること。
(仮にも、固有スキルだ。その効果は、ポイントで取得するスキルよりも強力なはず。――――飲むしか、ないか)
考え込んだ末に、明は覚悟を決めた。
(どんな手を使ってもいい。とにかく、意識を保っておかないと)
中身を飲み込みながら、明は奥歯を噛みしめる。
「ああ、良かった。オレンジジュースが嫌いならば、別のものを用意しようと思っていたところだ」
アーサーは、明がオレンジジュースを飲んだことを確認するとニヤリと笑った。
その顔を見つめながら、明は煮えたぎる思いを隠し、作り笑いを浮かべる。
そこからの会話は、記憶にある流れと同じだった。
アーサーがボスの様子を見てくると言って、高笑いをしながら店から出て行く。
その後ろ姿を見送った明は、ゆっくりと大きな息を吐き出すと立ち上がり、二人へと身体を休めることを伝えると猛牛の手斧を手にして店の隅へと向かった。
思考が鈍り、頭に靄が掛かる。瞼は鉛のように重たく、ふとした瞬間に意識が遠のきそうになる。
それを、明は固く唇を噛みしめて耐える。
この先の分岐点となる、その時まで。
今ここで眠ることはすなわち。七瀬奈緒がまた、命を落とすことと等しかった。
◇ ◇ ◇
どのくらい、時間が過ぎただろうか。
一分、十分。いや、一時間は経ったかもしれない。
強烈な眠気は思考を蝕み、気を抜けば意識を落とそうとしてくる。
眠っているフリをするため、わざわざ瞼を閉じていなければならないのも辛かった。
それを必死に耐え抜くために唇を噛みしめると、やがて皮膚が破れて、血の味が口の中いっぱいに広がるのを感じた。
花柳彩夏は、いつまでも起きていた。
眠剤入りのオレンジジュースを飲んでいないから、眠気がないのかもしれない。
もしくは眠りに落ちる奈緒と交わした、見張りをしているという約束を律儀に守っているだけなのかもしれない。
ときおり、ガリガリと口の中の飴を噛み砕きながら、彼女はぼんやりと宙を見つめていた。
異変が起きたのは、しばらくしてからのことだ。
唐突に店内の扉が開かれると、どこからともなく声が聞こえた。
「……二人とも、寝ているようだね」
姿はない。
おそらく、『隠密』を使っているのだろう。
急に開いた扉と、姿もなく掛けられたその言葉に彩夏はビクリと身体を震わせると、慌てた様子でその方向へと目を向けた。
「どこを見ている? こっちだよ」
するとそんな彩夏を嘲笑うかのように再び声が聞こえて、『隠密』を解いたアーサーが滲むように彩夏の背後に現れた。
「ッ!? アンタ、そういうのはやめろって何度も――――」
文句を口にしながらもギロリと睨む彩夏に、アーサーは笑みを浮かべながら小さく肩をすくめた。
「ハハハ、いや申し訳ない。だが、君にはいち早く知らせておかねばならないと思ってね」
「あたしに?」
彩夏は、アーサーを睨みながら呟く。
そんな彩夏に、アーサーは真剣な表情を作ると一つ頷き、言った。
「ああ。君の友達――ユッカ、と言ったか? その子の特徴と合う子を見つけた。前に聞いた特徴を聞く限り、あの子はユッカという子で間違いないだろう」
「は、ハァ!? ふざけんな! ユッカは、ユッカは私の目の前で、確かに――――」
「君と同じ金髪で、同じパーカー。それに、コレを君に見せれば分かると、彼女はそう言っていた」
そう言って、アーサーが懐から取り出したのは画面がヒビ割れたスマホだった。
それを見た彩夏は大きく目を見開くと、息を止める。
「――これ、ユッカの……。どうして、アンタが」
「だから、君の友達に会ったと、そう言っただろう? モンスターに襲われたと君は言っていたが、生きていたみたいだ。君に会いたいと、そう言っていた」
「っ、ユッカは! ユッカはどこに!?」
「ここからそう遠くないところに、大きなデパートがあるだろう? そこに居たよ。早く会いに行ってあげるといい」
「ッ、でも――――」
呟き、彩夏は奈緒と明を見つめた。
どうやら、ここから動いても平気かどうかを悩んでいるらしい。
そんな彩夏を後押しするかのように、アーサーは囁くように彩夏に告げる。
「私が、見張りを変わろう。何、君は友達を見つければここに連れてくればいい」
「いい、のか?」
「構わないよ。ああ、でもその前に。君の『神聖術』のスキルにある『沈黙』をこの、お嬢さんにかけて欲しい。お嬢さんは、ウェアウルフと戦い、酷く疲れている。これからのことを考えても、出来ればよく疲れを取って欲しいからね。お嬢さんが起きないように、音を消すんだ」
言われて、彩夏はもう一度奈緒と明を見つめた。
それから、アーサーの言葉に受け入れるかのように小さく頷くと、
「――『沈黙』」
と、そう呟いて、慌てたように店から出て行ってしまった。