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記憶の再現

 本日、2話同時投稿しています。こちらは1/2話



 三十一度目。


 目覚めと同時に、明は暗い室内でタバコを燻らせる奈緒の姿を目にする。

 それから、ちらりとアーサーが居るであろう場所へと目を向けると、胸の内に渦巻く感情を抑え込むべく一度、固く瞼を閉じた。



(……まだだ。落ち着け。今、ここでアーサーを襲っても意味がない。奈緒さんを殺そうとしている理由を問い詰めたとしても、あの調子でとぼけて終わるだけだ。アーサーが奈緒さんを執拗に狙う理由を知り、その根本から対処をしなければ同じ結果になる可能性がある)



 可能性の収斂しゅうれん。運命の収縮。この際の言い方はどれでもいい。

 たった一つの行動が世界に大きな変化を及ぼすのとは別に、ありとあらゆる選択肢を取ろうが、その根本を変えなければ決められた未来は変わらない。

 そんな話を、明はどこかで耳にしたことがあった。



(とにかく、今は奈緒さんを狙う理由を明らかにしないと。……っとなれば、アイツの行動を現行犯で押さえたほうが言い訳も出来ないはず。花柳が奈緒さんを殺してはいない――とは思うが、それを明らかにするためにもまずは、最初に奈緒さんが殺された時と同じ状況を作るか)



 明は、この世界で行うべき行動を決めると閉じていた瞼を持ち上げた。

 それから、最初にアーサーと出会った時と同じように、何かを探すように部屋の中を漁り始める。すると、その様子を見ていた奈緒が吸い終えたタバコを携帯灰皿へと仕舞いながら声を上げた。


「どうした? 何を探してるんだ?」


 その言葉に、明は「いえ、実は鑑定を取得したんですが」と言いながら奈緒へと目を向けた。

 繰り返される、以前と同じ言葉。同じ表情。

 明は、アーサーとの初めての出会いをなぞるように、出来るだけ正確にあの時の会話を再現していく。

 そうして、会話が進んだところでやはりと言うべきか。あの男が、明達の会話に混じってきた。

 耳に届くその言葉に、明は一度強く唇を噛みしめて、感情を消す。



 そして、あの時と同じように、


「ああ、すみません。ありがとう――――」


 と、言って振り返りその男の顔をしかと目に入れた。



            ◇ ◇ ◇



 アーサーが口にする言葉は、変わらず娘の遺品を回収するために力を貸して欲しいという内容だった。

 あの時はその内容にある程度の理解を示していたが、今や本当に娘が居るのかどうかも分からない。明は、アーサーの言葉に納得する様子を見せながらも、内心では彼の言葉に苛立ち混じりの舌打ちをしていた。

 彼との会話を繰り広げながら巨大蝙蝠による襲撃などのイベントを終えると、以前と同じくアーサーのバーへと向かうことになった。


(……ここからだ)


 先導するように歩くアーサーの背中を見つめながら、明は心の中で呟いた。

 アーサーの周囲では、オリヴィアがふわふわと漂いながら周囲の様子を見回っている。その様子を注意深く見ていると、オリヴィアの視線が時折こちらへと向けられていることに明は気が付いた。



(なるほど。あの時は、ただ周囲の偵察をしていただけだと思っていたけど……。自分の妻を使いながら、常に俺たちの様子を監視していたのか)



 元から彼の全てを信用していたわけではなかったが、こうしてみると前にも増して信用出来るものは何もない。

 態度も、表情も、手足の些細な動きさえも。その全てが嘘と欺瞞で飾られた演技そのもので、感情を逆なでするかのように吐き出される言葉は、こちらの思考を乱し邪魔をする。

 自身の境遇をあえて告げることで同情と共感を誘い、手の内をあえて晒すことで一度浮かべた警戒心を緩めてくる。

 そうして、歪に。他者との距離をほんの少しずつ詰めて。

 狙う相手が隙を見せるのを、ただジッと、待ち続ける。

 それが、この男のやり方なのだろう。



(……ちぐはぐだな)


 と、明は思った。



 誰かを信用させて、その上で殺したいのならば、あんな胡散臭い言動を取る必要がない。あれでは、自ら怪しい者だと自白しているようなものだ。

 それに最初、奈緒を殺した時もそうだ。わざわざ『黄泉帰り』があると言っていたのに、どうしてその直後、奈緒を殺すような真似をしたのだろうか。


(まるで、コイツ自身。自分が怪しいと、自白をしているかのような……)


 心で呟き、考える。

 けれど、考えたところでアーサーの本心など分かるはずもない。

 結局、明は大きなため息を吐き出すと、


(……まあ、あの時に奈緒さんを殺したヤツがコイツなのかどうかは、これからハッキリさせるんだけどさ)


 そう、誰にともなく呟いて、浮かんだ疑問を頭の隅に追いやったのだった。



            ◇ ◇ ◇



 バーに辿り着くと、やはりと言うべきか。花柳彩夏がバーカウンターに突っ伏して寝ていた。その様子を観察しているとアーサーが着席するように促してきて、ウイスキーとドライソーセージを出してくる。

 明は、差し出されるそれらの物を受け取り、ふと考える。


(前は、俺が寝ている時に奈緒さんが殺されたんだよな……。あの時は酒に酔っただけだと思ってたけど、もしかして、このウイスキーかドライソーセージに眠剤か何かを混ぜられていたか?)


 可能性はある。

 とはいえ、これらの物はアーサーも同じく口にしていた。眠剤を混ぜるにしても、自分が口にする物に薬を混ぜるなんてことはさすがにしないだろう。



(……となると、俺たちだけが口にして、アーサーが口にしなかった物は――――)


 そこまで考えて、ハッとする。



(オレンジジュース。そうだ! あの時、アーサーが口にしていない物はそれだ。アレに薬を溶かしていたとすれば……!!)



 アーサーは口にせず、彩夏はずっとキャンディーを口にしていた。

 明達だけが口にした物は、それしかない。



(――――そういえば)



 そこまで考え込んだ明は、前世のことを思い出す。

 前回、『クリエイトウォーター』で奈緒が創り出した水にも『鑑定』が使えていた。鑑定の効果は生物以外のすべてに及ぶ。水にも使えたのだから、ウイスキーやオレンジジュースにも使えるはずだ。


(試してみるか)


 はたして、これで眠剤が混ぜられているのかどうかを判別できるのかは分からない。

 けれど、やってみる価値はあるだろう。


(――鑑定)


 心で呟き、明は鑑定を発動させる。




 ――――――――――――――――――

 蒸留酒

 ・状態:12年もの

 ――――――――――――――――――

 ・魔素含有量:0%

 ・追加された特殊効果なし。

 ――――――――――――――――――

 現界で製造され、量産された一般的な蒸留酒。

 ――――――――――――――――――



 ――――――――――――――――――

 乾燥肉

 ・状態:良質

 ――――――――――――――――――

 ・魔素含有量:0%

 ・追加された特殊効果なし。

 ――――――――――――――――――

 現界で製造、量産された一般的な乾燥肉。

 ――――――――――――――――――




(画面上では無し、か)


 明は、表示された画面を見て心の中で呟いた。

 鑑定では、ウイスキーやドライソーセージには眠剤が混ぜられた様子はなかった。

 明は、それらの画面を見つめて考え込むと、やがて小さく手を払って画面を消した。


 ――それから。彩夏が起きて、話題は固有スキルのことになる。明は、以前と同じく二人へと『黄泉帰り』のことを明かした。


 彩夏は、前と同じく明の固有スキルのことを羨ましがった。その様子を見る限り、それは純粋な心からの反応で、固有スキルのことを知ったからと何かを考え込む様子はない。

 そのことに奈緒が苦言を口にして、彩夏が奈緒を追って店を出たのを確認すると、明は前と同じ言葉をアーサーへと向けて投げ掛ける。


「見かけによらず、素直な子ですね」

「うむ。人は見かけによらないとは、まさにこのことだね」

「あなたも、そのふざけた態度は見かけだけだったりします?」

「さあ、どうかな」


 そう言って、アーサーは口元に笑みを浮かべると、その表情を隠すように手にしたグラスを煽った。

 明は、逃げるように表情を隠したアーサーを、今はただジッと見つめ続けることしか出来なかった。


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