異変
視点は戻って明サイド
お昼に更新しておいてアレですけど、グロ注意です。
苦手な方はすみません。
しばらくして、休憩を終えた明達は標的をカニバルプラントに変えた。
とは言っても、やることはこれまでと変わらない。
ビルの側壁や自販機、放置自動車などに寄生するかのように蔦を伸ばすカニバルプラントの元へと明がまず出向き、襲い来る蔦の全てに手斧を振って斬り落とす。
カニバルプラントが完全に無力化した後は、だらりとぶら下がる本体の身体を柏葉がひたすら殴って経験値へと変える。
そうして、丸一日掛けたパワーレベリングの結果。日が暮れる頃には、柏葉のレベルは18になっていた。
「柏葉さん。そろそろ日が落ちますし、終わりにしましょうか」
朱色に染められた雑居ビルが街へと長い影を伸ばすのを見ながら明は長い息を吐き出すと、カニバルプラントの死骸の前に座り込む柏葉へと声を掛けた。
柏葉は、カニバルプラントの死骸を『解体』していた。
いつかの人生で明がカニバルプラントの死骸を乱雑に手折っていたのとは違って、柏葉は丁寧にナイフを滑らせて、その枯れた蔦と身体の一部を切り分けていく。
そうして切り分けたカニバルプラントの死骸は以前、明が簡単に手折っていた物とは違って、固く、硬度が増して薪のような物へと変わっていた。
集中して解体を行っていた柏葉は、明の声に反応すると手を止めた。顔を持ち上げて、夕陽に染まる周囲へと目を細めて見せると小さく頷き、立ち上がる。
「……分かりました。すみません、私が素材集めもしていたから、思ったよりも時間が掛かっちゃって」
「いえ、構いませんよ」
と、明は言って首を横に振った。
ゆくゆくは、制作系のスキルを取得すると言っている柏葉が、素材を集めるのは今後のことを考えれば止めるべきではない。むしろ、『解体』でしか素材を手に入れることが出来ない以上、こうして多くのモンスターの死体に触れる機会がある際に、一気に素材を集めようと考えるのも分かることだ。
「その素材で、いずれ俺たちに防具とか武器を作ってくれるのなら止めませんよ。むしろ、どんどんやってください。……解体を取得していない俺にとっちゃ、モンスターの死体なんて使い道のないものですからね」
「ふふっ、ありがとうございます。私が武器や防具を作れるようになったその時は、真っ先に一条さんへと差し上げますね」
柏葉は明の言葉に笑った。
しかし、その笑顔も束の間のことで、すぐにその表情を改めると柏葉は申し訳なさそう顔となって呟く。
「でも、実際時間を費やしちゃったから……。今日一日で、解体のスキルレベルを上げるまでのポイントを溜めることは出来ませんでした」
聞けば、解体Lv2になるまで必要なポイントは15らしい。そこまでのポイントを溜めるには、あと6レベルは上げなくてはいけないことになる。
確かに、柏葉が解体をせずに黙々とトドメ作業に徹していれば、もう少しだけレベルは上がっていたのかもしれない。
――――だが、明はたった一日で柏葉がそこまでレベルを上げられるとは思っていなかった。
この街に出現したモンスターは、強さにムラがありすぎる。ゴブリン、キラービー、カニバルプラントといったモンスターは比較的耐久が低いのに対して、ボアやグレイウルフ、ブラックウルフといったモンスターは耐久が高いのだ。
その間を埋めるちょうどいいモンスターは、ロックバードという空を飛び回る怪鳥のモンスターなのだが、空を飛ぶアイツらに攻撃をする手段が今のところない。
結果として、この街に住まう人間はポイントを消費して筋力値を伸ばすか、ある程度のレベルになるまではカニバルプラントやキラービーを相手にしなければならなくなる。
ポイントをスキルに費やすと決めていた柏葉のレベリングは、どうしてもここらで一度、失速してしまうのだ。
明は、柏葉の言葉に首を横に振ると、そのことを伝える。
「いくら何でも、今日一日でそこまでのレベルアップは出来ませんよ。この街のモンスターは、倒しやすいヤツと倒しにくいヤツとではっきりと分かれてますからね。仕方ないです」
「でも、これだって元々はウェアウルフの解体が出来ないからって始めたものですし……。私の、解体のスキルレベルが上がらなければ一条さんにとって意味がないんじゃ」
「そうでもないですよ。柏葉さん自身の筋力値が上がれば、それだけ解体もしやすくなるって前に柏葉さんが言ってたことじゃないですか。例えば、今日一日で得たポイントを全て筋力に割り振ればどうですか? 柏葉さんの今の筋力値は27。ポイントが9あるので、すべてを筋力値に割り振れば、柏葉さんの筋力値は54です。……その筋力値なら、ウェアウルフの解体も多少は出来るようになっていませんか?」
「うー……ん。そう、ですね」
柏葉は、明の言葉に難しい顔で考え込んだ。それから、今朝見たウェアウルフのことを思い出すように呟く。
「多分、ですけど。あのモンスターを解体するには、それでもまだ足りないような気がします。今の時点だとやっぱり、あのモンスターを解体するには解体のスキルレベルを上げるしか方法はないような気がします。……すみません、感覚的なお話になってしまって」
その言葉に、明は首を振った。
柏葉は解析のスキルを持っていないから分からないのだろうが、解体を依頼したウェアウルフの耐久は250を超えている。それを、あの時に解体出来ないと判断していたのはおそらく、『解体』スキルによる判定のようなものがあったのだろう。
その感覚がある柏葉が、ポイントを筋力値に割り振ってもなお、ウェアウルフの解体は無理だと言っているのだ。であれば、その言葉を疑う余地はない。
「それじゃあ、やっぱり。まだ、ウェアウルフの解体は出来ないってことですね」
「……そうですね。すみません」
柏葉は申し訳なさそうに謝った。
その言葉に、明はもう一度首を横に振ると、「気にしないでください」と言ってその会話を終わらせた。
それから明達は、病院へと向けて歩き出す。
モンスターに襲われながらも、陥没して歩きにくい舗装路を進むこと数十分。明達は無事に、病院へと辿り着く。
「今日は、ありがとうございました」
正面玄関へと向かう道すがら、柏葉は言った。
「いろいろと素材も手に入れることも出来ましたし、本当に助かりました」
「こちらこそ。柏葉さんさえ良ければまた、レベル上げをさせて下さい。時間が経てばウェアウルフの死体が消えてしまいますし、それまでに柏葉さんには解体スキルのレベルを上げてほしいので」
「確かに、そうですね。一条さんさえ良ければ、またぜひ」
柏葉は、明の言葉に笑った。
けれど、その笑顔はやがてゆっくりと消える。
ガラス扉を抜けて、足を踏み入れたエントランスホールの床一面に広がる、おびただしい量の血だまりを目にしたからだ。
「――――ぇ?」
呆然とした声が柏葉の口から漏れた。
「なに、これ……」
震える唇で、柏葉は呟く。
そして、その目はやがて一つの光景を目にして、大きく見開かれた。
柏葉が目にしたもの。
それは、血だまりの上に飛び散った、人の脳漿と思われる物の欠片だった。
「――――ッ、ぅ、っ!!」
口元を押さえて、柏葉がその場にしゃがみ込んだ。あまりにも衝撃が大きい光景に、耐え切れなかったのだろう。びちゃびちゃと胃の中の物を吐き出し、悲鳴とも呼吸とも取れない息を漏らす。
対して、明はと言えば、胃の奥から酸っぱいものがせり上がるのを感じながらも、どうにかその光景に耐えると、視線を鋭くさせて何が起きたのかを把握しようとしていた。
エントランスホールは、まさに地獄とも言うべき惨状だった。
床を濡らす真っ赤な液体。鼻につく血生臭さ。辺り一面に散らばる、人の身体と思われる欠片。ところどころで地面に転がる、奇妙にひしゃげたその物体は、かつての人の身体と呼ばれていた肉の塊だ。
いつもなら、病院に入り込むモンスターを警戒して歩哨に立っているはずの自衛隊員の姿さえも見当たらない。
いや、おそらく。その隊員が、そこにある物なのだろう。
「――――これ、は」
小さく、明は呟く。
それからハッと気が付くと、明は大きな声を上げた。
「ッ、奈緒さん!!」
気が付けば、明の身体は動き出そうとしていた。
その寸前、明の腕を強く掴む者がいた。柏葉だ。
柏葉は、胃の中の物を全て吐き出して、血の気がなくなった顔で明を見つめると縋りつくように言った。
「……待って。待って、ください。置いて、行かないで」
その言葉に、明は強く唇を噛みしめた。
この状況は異常だ。この街に、ここまでのことが出来るモンスターなんて居ない。であれば、ココを襲っているのはかつてこの街に入り込もうとしていたウェアウルフのように、また違うボスモンスターである可能性が高い。
仮にボスモンスターが襲ってきているのであれば、早く奈緒を助けにいかねばならない。一分一秒が惜しい。彼女に構う余裕がない。
――けれど、だからといって。
この場に、彼女を捨て置くことなんて出来ない。状況が異常だからと言って、見捨てることなんて出来ない。
仮に、今ここで柏葉を見捨てたのだと後々になって奈緒が知れば、彼女は烈火の如く怒り、そして悲しむだろう。
奈緒だって力を付けている。今や、奈緒の魔法はボスの相手を出来るほどだ。
――――大丈夫。大丈夫だ。七瀬奈緒は、そう簡単には死なない。
そう、明は自分自身に言い聞かせて。血が昇った頭を冷やして、どうにか冷静さを取り戻す。
「……すみません。一緒に、行きましょう。立てますか?」
明は、静かに柏葉へとそう言うと、手を差し伸べた。
「ありがとう、ございます」
柏葉は震える唇で呟くと、明の手を取り立ち上がる。
明達は、無言で血の海となったエントランスホールを抜けて、奈緒が居る部屋へと向かう。その途中で、幾度となく廊下に広がる血だまりと、その上に転がる欠片を目にして、その度に柏葉が小さく身体を震わせていた。
病院の中は、どこまで行っても人気がなく、静まり返っていた。
まるで、ここに残ったすべての人間が死に絶えたような。
そんな、ありえないほどの静寂がそこには広がっていた。
――やがて。明達は、奈緒の部屋へと辿り着く。
その部屋に、扉は無かった。まるで、何か強い衝撃を受けて吹き飛ばされたかのように、大きく凹んだ扉は廊下の壁にぶつかり、壁を凹ませていた。
「――――ッ」
そして、部屋に飛び込んだ明は目にしてしまう。
床や壁に飛び散った血の中に倒れ込む奈緒の姿を。
「奈緒さんッ!!」
七瀬奈緒は、その身体をひしゃげて潰し、顔の半分を失っていた。