パワーレベリング
エントランスホールへと再び戻ると、出掛ける準備を整えた柏葉が待っていた。
その手には、どこから持ってきたのか鉄パイプのような鉄材の破片と、自衛隊に借りたのであろう防弾チョッキ、防災と書かれたヘルメットを身に付けている。さらにその背中には、何が入っているのか大きなリュックサックが背負われていて、パッとした見た目では明よりもこの世界に馴染んでいるように見えた。
明は、そんな柏葉の身に付けたものを見て、ふと前世で奈緒と交わした会話を思い出した。
(――そう言えば、衣服に耐久があるから防具代わりに出来ないかって話してたんだっけ。ちょうどいい、ここで調べておこう)
心で呟き、明は『鑑定』を発動させた。
(……ヘルメットの耐久が2、防弾チョッキの耐久が3か。多少、身を守るには役立つ……のか?)
無いよりはあった方がいいだろうが、結局はそれらの微々たる耐久値もモンスターが振るう圧倒的な筋力値の前には意味をなさないだろう。
やはり、モンスターと戦うのなら『防具作成』で防具を創るしか意味がないのかもしれない。
明は、目の前に現れた鑑定画面にそう結論を出すと、手を振り画面を消した。
「お待たせしました」
声を掛けると、柏葉はすぐに明に気が付いた。
明へと視線が向けられ、ビクリと身体が震えたかと思うと動きが止まる。
「どうされました?」
明は、目を見開き動きを止めた柏葉へと向けて声を掛けた。
すると、その声にようやく我を取り戻したのだろう。ハッとした表情で柏葉は息を吐くと、明へと向けて言った。
「一条さん……。そんな大きな物を持ってくるなら、事前に言っておいてください。心臓に悪いです」
「え? あ、ああ……。すみません」
どうやら、柏葉は明の持つ猛牛の手斧を見るのが初めてだったらしい。
(まあ、人の背丈と同じ斧なんて、そうそう見ることがないよな)
と、明は柏葉の反応に心の中で声を漏らすと、愛想笑いを浮かべた。
「まあ、無くても大丈夫だとは思いますが、一応。あって困るような物じゃないですからね」
「はぁ……」
その言葉に、柏葉はため息とも納得ともつかない息を吐き出した。
どうやら明の持ちだした現実味を帯びないその武器に、これからのことに若干の不安を抱いているようだ。
そんな柏葉を安心させるように明はまた笑うと、
「柏葉さんに危険が及ばないようにするためですよ」
とそう言った。
「ひとまず、行きましょうか。初級魔法があれば、レベルが低くてもある程度のモンスターと戦うことが出来るみたいですが、今の柏葉さんは俺と同じ前に出て攻撃するしか方法がありません。……なので、先ほども言ったように、柏葉さんはこのパワーレベリング中、前に出なくてもいいです。俺がモンスターを瀕死の状態にして連れてくるので、柏葉さんはそれにトドメを刺してください。そうすれば、多分、多少経験値が入ってそのうちレベルが上がるはずです。まずはゴブリンを殺して、ある程度のレベルを稼ぎましょう」
「……分かりました」
明の言葉に、柏葉が不安そうに頷いた。
そうして、明達は病院を後にすると、街への道のりを歩きながらゴブリンを探す。
数分も歩けば、ゴブリンはすぐに見つかった。
民家の中で気持ちよさそうに寝ているところを明は軽く小突いて気絶させると、それを担いで柏葉の前へと戻る。瀕死になったゴブリンに向けて柏葉が攻撃を加えて、完全に事切れたことを確認するとまた次のゴブリンを探し出す。
一度に一匹のゴブリンを連れてくることもあれば、複数のゴブリンを連れてきたりと、何度も柏葉の前へと瀕死のゴブリンを輸送してトドメを刺してもらいながら、柏葉へと経験値を積ませていく。
戦闘が不慣れということもあってか、柏葉は初めその作業に慣れない様子であったが、小一時間も同じことを繰り返せば気持ちに余裕が出てきたようだ。運ばれてくるゴブリンを機械的に殴り殺しては、明が次のゴブリンを運んでくる間にゴブリンを解体して、取り出した心臓を丁寧に袋詰めにすると、背中のリュックサックへと仕舞い込んでいた。どうやら、持ってきていたリュックは素材を入れるためのものらしい。
「そろそろ、次のモンスターを相手にしましょうか」
パワーレベリング開始から二時間後。
柏葉のレベルが二つ上昇したことを確認した明は、柏葉へとそう切り出した。
「もう、ですか?」
と、柏葉が明の言葉に返事をする。その手には、パワーレベリング開始直後に壊れた鉄材破片に変わって、ゴブリンの石斧が握られている。
明は、柏葉に向けて頷くと言葉を返した。
「その石斧の攻撃力が3あるので、今の柏葉さんの筋力値ならキラービーぐらいならどうにかなるはずです。キラービーは、毒針が厄介なモンスターですが……。その毒針は、俺がへし折ってきます」
「分かりました。それなら……」
柏葉は明の言葉に頷いた。
明達は、キラービーを探して街の中を歩く。
その途中で幾度となくブラックウルフをはじめとしたモンスターに襲われたが、そのモンスターは全て明が相手をした。
キラービーによるパワーレベリングは順調に進んだ。
問題があるとすれば、キラービーが群れではなく単独で行動していることが多かったということぐらいだろうか。
「おっ」
その最中、ちらちらと『進行度』を見ていた明はふいに声を漏らした。
朝からじわじわと進んでいた反転率が、ついに3%となっていたからだ。
明は、すぐにスマホを取り出して時間を確認する。
(……ちょうど、正午あたりか。となると、ウェアウルフを倒してからさらに、半日ぐらいは進行速度が遅くなったって感じか?)
前回、ミノタウロスを倒した時も1%となる猶予が出来たのも半日だった。
(もう少しボスを倒さないと何とも言えないけど……。もしかして、ボスを一体倒せば半日は余裕が出来るようになってるのか?)
その考えが正しいのかどうかは分からない。
けれど、仮説立てるには十分な判断材料となるのは確かだろう。
(となると、反転率が4%になるのは今から一日半後……。今日がこの世界にモンスターが現れてから四日目だったから、六日目になると同時に反転率が4%になる計算だな)
警戒すべきは、モンスターの強化だ。
これまでに経験した中で、反転率3.37%までは何も起きないことは分かっている。
(3.37%っていうと……。今からだいたい十三時間後か? まだ余裕はあるな)
ざっくりと、明はスマホの電卓を用いて進行速度の計算をする。
(ひとまず、夕方ぐらいまではパワーレベリングに時間を割くことが出来そうだな)
明は、そう心の中で呟くと『進行度』の画面を消した。
◇ ◇ ◇
キラービーを相手にした、柏葉薫のパワーレベリング開始から数時間。
パワーレベリング相手であるキラービーのレベルがゴブリンよりも高いということも影響してか、柏葉のレベルは早くも15になっていた。
手慣れた様子で運ばれてきたキラービーを始末していくその様子は、パワーレベリング前に見せていた不安はない。淡々とした表情でゴブリンの石斧を振るうその姿は、さながらいっぱしの仕事人のようだ。
(……そろそろ、休憩するか)
朝から休みもなく動き続けて、もう随分と経つ。
適度に休憩を挟んではいるものの、このあたりでしっかりとした休憩を一度取るべきだろう。
「柏葉さん」
明は、自分でトドメを刺したキラービーへと向けて、解体用のナイフを滑らせていた柏葉へと声を掛ける。
「レベリングを一度中断して、食事にでもしましょうか」
「分かりました。って言っても、食べ物なんて持ってるんですか?」
キラービーから剝ぎ取った甲殻をリュックサックへと詰め込みながら、柏葉が小さく首を傾げた。
「ちょうど、さっき忍び込んだビルの中にある会社で、お菓子を見つけたんです。数は少ないですけど、小腹は満たせるかと」
笑って、明は手にした菓子袋を掲げた。
明達は、手近なガードレールに腰を預けると一つのお菓子を二人で分け合う。
その休憩中、明は雑談の話題として、今朝目にしたカルト集団のことを柏葉に聞いてみることにした。
「そういえば、今朝のことですけど。リリスライラっていうカルトの人が来てましたよ」
「ああ、あの……。またですか」
明の言葉に、柏葉が訳知り顔となると呆れた笑みを浮かべた。
「また? 何度も来るんですか?」
「少なくとも、私が知っている限りではこれまで何度も来ていますよ。言ってることも毎回同じ、あの病院にもともと入院していたような、モンスターとも戦えないような人達を生贄に差し出せばこの世界の混乱が治まるとか、願いが叶うとか、そんなことばかり。怪しい人達ですよね」
柏葉はお菓子の包装を破き、その中身を口にしながら言った。
「この世界にモンスターが現れてから、急に耳にするようになった人達ですし……。崇拝している相手が魔王っていうのも変だし、とにかく関わり合いになりたくないです。――――知ってますか? あの人たち、みんな同じような刺青をしてるんですよ?」
「刺青?」
「はい。チェスの駒に、ルークってあるじゃないですか。あんな感じの塔のマークに、大きな目を張り付けたような、そんなマークです」
言って、柏葉はアスファルト舗装の地面にしゃがみ込むと、ガリガリと石を削って地面にそのマークを描いた。
「こんなヤツです」
「……見たことないな。柏葉さんは、これをどこで?」
「いつだったかな。少し前に、リリスライラの人達が数人、病院に来たんですけど……。その場に居た人達と激しい口論になっちゃって、喧嘩が始まったんです。その時に、リリスライラの人達の腕とか、首筋に決まってそのマークが入っていたのを見ました」
「なるほど……」
明は、柏葉の言葉に頷いた。
おそらくだが、リリスライラという集団はその刺青のマークでもって、同じ信徒かどうかを見極めているのだろう。そうして、同じマークを持つ者同士で集まり、過激な行動を起こしているに違いない。
(モンスターだけでも厄介なのに、変な集団まで出てくるなんて……。どうなってんだよ)
明は、大きなため息を吐き出すと、柏葉へと視線を向けた。
「何か、他に知っていることはありますか?」
「えっ? んー……、いや、他には何も……」
「分かりました。いろいろ教えてくれて、ありがとうございます」
明は、柏葉へと頭を下げるとその話題を打ち切った。