急成長の代償
「……ひとまず、ここを出ましょうか。じきに、巨大蝙蝠の群れがここに来る。俺も奈緒さんも、今はまだ、まともに戦えるような状態じゃないですから」
アーサーが『隠密』で消えたことを確認すると、明はそう言った。
荷物を纏めて外に出ると、もう既に巨大蝙蝠が集まり始めていた。
手にした鉄剣を振るって、行き先を阻むように飛び出してくる巨大蝙蝠だけを斬り捨てながら、明達は外に飛び出す。
それから、明は奈緒に断りを入れてウェアウルフの死体を回収すると――そのついでに、前回と同じようにブティックへと足を運んで着替えを済ませた――今度はそのまま真っすぐに、自分たちの街へと戻ることにした。
その道すがら、明は奈緒に黄泉帰り前のことを説明することにした。
奈緒は、明の言葉に黙って耳を傾けていたが、自分が殺された箇所の話になると初めて明の言葉に口を挟んだ。
「――――そのことなんだが。一つ、気になることがある。一条、お前はあの二人に、自分が死ねば黄泉帰り……つまりは、過去に戻って繰り返すことを伝えたんだろ? その時の、その花柳っていうヤツの反応はどうだったんだ?」
「どうって……。単純に、俺の力を羨ましがっていましたよ。自分もそんな力が良かったって」
「……自分もそんな力が、か。お前のその力は、そう簡単に羨ましがれるものじゃないが――まあ、それはいい。今、大事なのはそこじゃない。一条。花柳は、お前のその力を知っていたんだよな?」
「ええ、まあ。そうですね」
「だったら、何かおかしくないか? 私が殺されたというその場に、お前が起きたその瞬間に姿を消していれば、ソイツが犯人だと言っているようなものだ。お前が死ねば、お前自身が過去に戻ることを知っているのに、どうしてそんな分かりやすいことをする必要がある?」
「それ、は……」
明は思わず言葉に詰まった。
奈緒が殺されたところを目にして思考が短絡的になっていたが、言われてみれば確かに、花柳が奈緒を殺したというのもおかしい気がする。
一条明がこの世界を繰り返せる力を持っていると分かっていながらも、状況証拠的に自分が犯人だと疑われるような分かりやすい真似を、わざわざする必要があるのだろうか。
「私たちが行ったっていうそのバーは、誰も入れないような場所だったのか?」
「……いえ。入ろうと思えば、誰でも入れるようなところですね」
「だったらなおさら、花柳というヤツ以外が私を殺した可能性が高いな」
奈緒はそう言うと、小さく息を吐き出した。
「花柳ってヤツの姿が見えなかったのは、私を殺したヤツを追いかけていたからじゃないか?」
「…………確かに、その可能性もなくはない、ですが」
だとすれば、あの雑居ビル――もしくはその周辺には、理由もなく人を殺すような殺人鬼が潜んでいることになる。
スキルやステータスがこの世界に現れて、モンスターを倒せば誰しもが力を得られるようになった。
それは、善人だけでなく悪人でも同様だ。
身に付けた力を、自らの快楽のために使用しようと目論む者も少なからずいるだろう。
もしかすれば前回は、たまたまそういった不運に巻き込まれただけなのだろうか。
「まあ、何にせよ。お前のおかげで私はまた、生きてるってことだな。ありがとう」
考え込んだ明に、奈緒はそう言うと小さく笑った。
その笑みを見つめて、明は思考を切り上げると小さく笑った。
(……どちらにせよ俺たちはもう、あの二人とは関わらない)
アーサーや花柳の力は強力だが、そのために奈緒を失うのは有り得ない。
その可能性が少しでもあるのならば、死に戻った先の人生では、その可能性を排除した選択肢を取れば済む話だ。
この力は、そのためだけにある。
大切なものを守るためならば、一条明はその言葉通りの意味で、自らの命を賭す覚悟がもうすでに決まっていた。
◇ ◇ ◇
街に戻る途中、明たちは何度かモンスターによる襲撃を受けて、その度に手持ちの武器で応戦をした。
その戦闘中、特に明が驚いたのは、奈緒が放つ魔法の威力だ。
魔力値が100を超えたことで、以前とは比べ物にならない威力となった奈緒の魔法――ショックアローは、襲い来るモンスターを一撃のもとに粉砕した。
飛び出した光の矢がモンスターに当たった瞬間、凄まじい音と共にその身体が衝撃で飛散したのを見た時には、さすがの明も開いた口が塞がらなかった。
おそらく、今の奈緒ならばウェアウルフを相手にしても一人で勝つことが出来るに違いない。
そんなことを、明は奈緒が魔法を放つ姿を見て、ぼんやりと考えた。
しかしながら魔法の威力が上がると同時に、奈緒は大きな欠点とでも言うべき問題を抱えていた。
自身の魔力値を急成長させたがゆえに、以前にも増して身体へと負担が大きくなっていたのだ。
シナリオによって得たポイントで、奈緒は『魔力回路』のスキルレベルを上昇させていたが、レベル2の魔力回路では膨大な魔力に耐え切れなかったらしい。
一発、一発と魔法を放つ度に奈緒の息は切れ始めて、やがて十発も撃てば奈緒の顔からは血の気がなくなり、全身にびっしょりと冷や汗を浮かべるほどだった。
「身体に流れる魔力の量に、回路の負担が追いついていないんですね」
と、明は息を切らす奈緒に向けて言った。
「……ああ。そう、みたいだ。これじゃあ、連戦は無理、だな」
言って、奈緒は額に浮かぶ冷や汗を拭う。
「一撃の威力は比べ物にならないが、一発一発を撃つたびに、心臓が大きく跳ね動くのが分かる。多分だけど、無理をすれば死ぬ気がする」
呟かれるその言葉に、明は奈緒の戦い方を考えた。
現状の問題を解決するには、まず『魔力回路』のスキルレベルを上げる必要がある。だが、聞けば『魔力回路Lv3』へとなるまでに必要なポイントは50とかなりの数だ。今すぐにこの問題を解決するのは難しいように思えた。
(一発一発の魔法が一撃必殺になった代わりに、数に限りがあるってことか……。となると、奈緒さんの役割は俺の後ろで戦況を見極めながら、魔法を放つって感じになるか?)
身体強化のスキルレベルも同時に上げているため、多少ならば明と共に前で戦うことも出来る。
とは言っても、そのステータス差は歴然だ。そこらのモンスターならば問題はないだろうが、ボス相手ともなればやはり、奈緒の武器はその威力の高い魔法となるだろう。
「ひとまず、ボス以外には魔法を使わないようにしましょう」
「あ、ああ……。そうするよ」
そう呟くと奈緒は、明の言葉に力なく笑った。