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奈緒と彩夏



 店を出た花柳彩夏は、階段に腰かけてタバコを燻らせようとしていた奈緒を見つけた。

 少しだけ躊躇い、意を決するように生唾を飲み込むと彩夏は声を上げる。


「ね、ねえ」


 その言葉に、奈緒は誰が来たのか気が付いたようだった。

 ちらりとした視線を向けると、少しだけ眉根を動かして呟く。



「……なんだ。まだ何か、言いたいことがあるのか」



 その声は冷たい。口調からも奈緒が彩夏のことをよく思っていないことはすぐに分かった。

 彩夏は、そんな奈緒に向けてまた少しの躊躇いを見せると、すぐさま頭を下げて、呟く。



「ごめん! さっき、あたし……。余計なことを言った」



 その言葉に、奈緒が大きく目を見開いた。

 まさか、素直に謝れるとは思ってもいなかったのだろう。

 奈緒はポカンとした表情で彩夏を見つめたが、すぐにその表情を真剣なものへと変えると、タバコを大きく一口吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


「…………驚いたな。まさか、謝れるとは思ってもいなかった。……でも、その謝罪は私に言うべきことじゃない。一条に言うべきものだ」

「……うん。さっき、謝った」

「……そうか」


 呟き、奈緒はもう一度紫煙を燻らせた。

 会話が途切れて、気まずい空気が二人の間に広がる。


 その気まずさに耐えられなかったのだろう。彩夏は、もう一度謝罪の言葉と共に頭を下げると、その場を後にしようと奈緒に背中を向ける。

 奈緒の口から言葉が飛び出したのは、その時だ。



「花柳、といったか? さっき、モンスターに殺されかけたって言ってたけど……。何があったんだ?」

「……別に、大したことじゃ――――」

「良ければ、聞かせてくれ。ただタバコを吸うだけってのも、味気ないんだ」


 奈緒はそう言うと小さく笑った。

 その言葉に、彩夏は背後を振り返ると小さく呟く。


「一条っていう、男の人が言ったことに比べたら、本当に大したことじゃない。モンスターってやつがこの世界に出てきた時に、ユッカたちと――友達と一緒に、モンスター退治に行こうって話で盛り上がって……。それで、SNSとかの情報を頼りにモンスターを探して、実際に出会って……殺されかけた。ただ、それだけ」

「呆れた。わざわざ死にに行ったのか。殺されかけたのも、自業自得だ」

「なん――!! ッ、…………ああ、そうだよ。その時は、モンスターの怖さなんて、知らなかったんだ。自業自得だよ!! あの時は、本当に……ただ、遊びの感覚だったんだ」


 彩夏の言葉は、だんだんと小さくなっていった。


「六人でモンスターに挑んで、私以外、全員が死んだ。運が良かった。アイツが、ユッカたちの死体に気を取られてる隙に、運よく逃げることが出来て、あたしだけが生き残ることが出来た」

「…………」

「あたしは、友達を見捨てて生き残ったんだ! あたしが……。あたしだけが……!」



 悔しさを滲ませるように彩夏は拳を握り締める。

 その様子を見つめていた奈緒は、紫煙を吐き出すと、ゆっくりと口を開く。



「モンスターに殺されかけて、モンスターが怖くならなかったのか?」

「ならない。アイツらは、ユッカたちの敵だ。あたしが、アイツらを殺す」



 彩夏は、奈緒の言葉にそう返事をする。

 そんな彩夏を見つめて、奈緒は表情を隠すようにタバコを燻らせた。


 若いな、と奈緒は思った。


 彼女が感じている憤りは、元を正せばすべて自分で招いた結果だ。その考えの浅さ、甘さゆえに彼女たちは自ら身を滅ぼし、彼女ただ一人が運よく生き残っただけにすぎない。

 けれど、だからと言って。奈緒には、彼女が死んだ仲間の敵を討つというその考えを否定することは出来なかった。

 モンスターに殺されかけて、恐怖を感じて立ち直れない人もいる。

 きっかけは彼女たちに落ち度がある話なのかもしれないけど、その結果として彼女がこの世界に立ち向かうと決めたのなら、それを否定する必要はないと思った。



「……固有スキルは、いつから?」

「モンスターから運よく、逃げ切れた時に。なんか条件がどうのって出てたけど……よく分からない」

「そうか……」


 呟き、奈緒は視線を落とす。

 すると、そんな奈緒に向けて今度は彩夏が質問をしてくる。


「七瀬さん……だっけ。七瀬さんはどうして……あの、一条って人と一緒にいるの?」

「なんでって、なんで? どうしてそんなことを聞く?」

「だって、あの人……。あたしらよりも強いんでしょ? だったら、あの人と一緒に居るの、大変じゃない? あの人ひとりで、何でも一人で出来るってことだろうし」


 その言葉に、奈緒は小さく笑った。

 それから、タバコを燻らせ大きく息を吐き出すと、吸い殻を携帯灰皿へと仕舞い込む。


「何でも出来てしまうから、だ。アイツの固有スキルを聞いただろ? アイツは、アイツ自身が諦めない限りは何でも出来てしまうんだ。これまで、アイツが何度死んだか聞いたか?」


 その言葉に、彩夏は首を横に振った。

 奈緒は、その仕草を見て呟く。


「二十九回、だそうだ。そのうちの二十三回は、同じモンスターに殺され続けてる。頭を潰され、砕かれ、両足を失くして、身体を喰われて。それでも、何度も、何度も、何度も立ち上がって、アイツは今ここにいる。アイツに全部を任せていたら、アイツはこれから一体、何度死ぬことになる? 何度死ねば、アイツは救われる? 死に続けるアイツを助ける奴は、この先出てくるのか?」


 その言葉に、彩夏は何も言えなかった。

 奈緒の言葉を聞いて、彩夏は想像する。モンスターに殺されかけたあの日、もしも、両足を失くしていたら。もしも、頭を潰されていたら。身体中の肉を喰われていたら。それでも、果たして自分は今、友達の敵を討つのだと言えるのだろうか?



(あたしは……。そんなこと……出来ない、かも)



 彩夏は心の中で呟いた。

 実際に殺されかけたからこそ、身近に迫る死の恐怖を知っている。

 だからこそ、その先にある死という存在そのものに恐怖する。



「だから、何も出来ないかもしれないけど。私は、アイツを支えようとそう思ったんだ」



 奈緒は静かにそう言った。

 その言葉に、彩夏はまた、さきほどの自分の発言を思い出して恥じた。


「……ごめん」


 小さく、彩夏は呟いた。

 その言葉に、奈緒は小さく笑うと腰を叩いて立ち上がる。



「別に、私には謝らなくていいさ。ただ、一条にはもう一度しっかりと謝ってやってくれ」

「……うん」

「さあ、もう戻ろう。そろそろ私の酔いも覚めた。話に付き合ってくれて、ありがとな」



 奈緒はそう言って彩夏の肩を叩くと、店内へと入っていく。

 彩夏は、叩かれた肩へとそっと触れると、奈緒の後ろを追いかけたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 多分あれだろうな、友達を殺されて自分は すごく悲惨な人生だろうと思ってイライラしてたんかな 自分もまだ十代だからズレてるかもしれないけど 気がつくと自分のことしか見えてなくて 他人のことをお…
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