花柳彩夏
目を覚ました花柳彩夏は、不機嫌だった。
もともと、寝起きが良くないのかもしれない。もしかすれば、気持ちよく寝ていたところを起こされたことが気に入らなかったのかもしれない。
その理由は結局のところ定かではないが、彼女は、寝起きの機嫌の悪さを隠すことなく、マウンテンパーカーのポケットから棒付キャンディーを取り出し口に咥えると、ムスッとした表情のままアーサーの話を聞いていた。
「……というわけで。彼らが協力してくれることになった」
寝起きの彩夏にアーサーが事のあらましを簡単に説明し終える。
彩夏は、アーサーの言葉に小さく舌打ちを漏らすと、すっぽりと顔を隠すようにして被ったフードの奥から、じろりとした視線をアーサーへと向けた。
「……信じられない」
開口一番に、彩夏はそう言った。
その言葉に、アーサーが笑いながら口を開く。
「ハハハハハ! 分かる、分かるぞその気持ち!! 私もはじめ、彼らの戦いをこの目で見た時には、そう思ったものだ!!」
「そうじゃなくて。アンタが言ってるから、その話自体が信じられないって言ってんの」
「あれ!? そっちだった!?」
アーサーが彩夏の言葉に声を上げた。
「当たり前でしょ。アンタ、すぐ話を盛るじゃん。しょうもないことを大袈裟に話すの、アンタ、好きでしょ?」
「フハハハハハハハ!! まさにその通りなので否定はしない!!」
「うっざ。褒めてないっての。あと、声が大きい。うるさい。ついでにオヤジ臭いし」
「それは今、関係なくない!?」
彩夏は、大袈裟にリアクションを取るアーサーに向けて再び舌打ちをすると、その視線を明達へと向けた。
「……それで? この二人がそうなの? あの、ウェアウルフを倒したって?」
「うむ。嘘ではないぞ。私がしっかりと、その瞬間をこの目で見ていた。その後に討伐をしたことを示す、反転率が減少したことを知らせる画面も出ていたから間違いない。……ちなみにだが、その画面は、君のところにも出ていたと思うが?」
「……寝てたから、知らない」
彩夏は呟くように言った。
どうやら、彼女は一度の睡眠における眠りが深いらしい。
呟かれるその言葉に、アーサーはニヤリとした笑みを浮かべると、彩夏に向けて言った。
「うぅむ、良くない。良くないなぁ!! 睡眠は大事だが、君はもう少し緊張感を持つべきだ。いくらここが外よりかは安全とは言え、いつだってモンスターは襲ってくる。アイツらは、こちらの都合など考えないぞ? 周囲の音が聞こえないほど眠ってしまうのは、オジサンは感心しないなぁ!!」
「…………うっざ」
彩夏は、アーサーの言葉に舌打ちをした。
それから、少しだけ何かを考えるような仕草をすると、彩夏は『進行度』と呟いて宙を見つめた。
「……日付が変わってるけど、確かに、反転率が2%のままだ。ウェアウルフを倒したってのは本当なのか……。アーサー、この二人のレベルは? もう見たんでしょ?」
「一条くんがレベル13。七瀬くんがレベル40だね」
口元に小さな笑みを浮かべながら、アーサーが言った。
「どっちが七瀬?」
「お嬢さんの方だ」
その言葉に、彩夏は奈緒を見つめた。
「ふーん……」
値踏みをするような、不躾な視線が奈緒に向けられる。
奈緒は、彩夏の視線に少しだけ気圧されるように一度身を引いたが、すぐに気持ちを改めるように表情を引き締めると口を開いた。
「な、なんだ?」
「別に? ……ただ、オバサンがウェアウルフを倒したようには見えないなって思って」
「オバッ――!?」
彩夏の言葉に、奈緒が声を上げて目を見開いた。
そんな奈緒に向けて、彩夏はさらに言葉を続ける。
「見た目も地味だし、弱そうだし。いかにも、って感じの〝真面目ちゃん〟じゃん。アーサー、本当にこのオバサンがウェアウルフを倒したわけ?」
「ね、ねえ? 初対面で、いきなり失礼すぎない? 私はまだ二十七で、オバサン呼ばわりされるような年齢じゃないんだけど?」
オバサンと呼ばれたことが気に障ったのだろう。奈緒は、ニコリと笑いながら丁寧な口調でそう言った。
その言葉に、彩夏は鼻で笑うと口を開く。
「二十七? なんだ、やっぱり思った通り、オバサンじゃん」
「――――――――」
奈緒の顔が固まった。見れば、その口元がピクピクと痙攣しているかのように引き攣っている。
奈緒は、怒りを堪えるようにゆっくりと息を吐き出すと、手に持っていたウィスキーのグラスを一息に呷った。それから、アーサーに向けてニコリとした笑みを向けて、立ち上がる。
「ウィスキー、ご馳走さまでした。では、私たちはこれで。……いくぞ、一条」
「うわぁぁあああ!! 待って、待ちたまえ!! 行かないで!!」
半ば歩き出していた奈緒の服を掴み、アーサーが慌てるように声を上げた。見れば、いつの間にかオリヴィアも奈緒の進路を塞ぐように回り込んでいて、慌てた顔で両手を広げている。
「なんだ? まだ何か?」
奈緒は、アーサーの手を振り払うとじろりとした視線を向けた。
「すまなかった! 彼女も悪気はないんだ!! 口が悪いことは謝ろう、本当にすまない!! その、彼女はちょうど難しい年頃なのだ。君も経験があるだろう? 子供の言うことを真に受けないでくれ!!」
「おい、ジジイ。保護者面すんな。あと、誰が子供だ? ウチはただ、思ったことを言っただけだろ。アラサーはもう十分オバサンじゃん」
「もう、ちょっと!! 君は黙ってて!!」
ほとんど泣くような表情となって、アーサーは叫ぶように言った。
「一条くんも! 黙って見てないで、七瀬くんを止めてくれ!!」
助けを求めるようにアーサーが明を見てくる。
その言葉に、明は一つ大きなため息を吐き出すと、奈緒へとその視線を向けて言った。
「奈緒さん。一旦、落ち着きましょう。奈緒さんがオバサンなら、俺もオジサンです」
「ああ……、うむ。フォローにはなってないね、その言葉」
明の言葉にアーサーが呟いた。
それから、わざとらしく頭を抱えると、今度はオリヴィアへと助けを求めるようにアーサーはその視線を向ける。
「ああ、どうしようオリヴィア……。どうやら、この中で一番の常識人が私のようだ」
「それはない」「ないだろ」「ありえない」
奇しくも、アーサーの言葉に三人の言葉が重なった。
その言葉に、アーサーは少しだけしょんぼりとした表情になると、明達を見渡す。
「……君たち、実はもう仲良しとか……。そんなこと、ない?」
呟かれるその言葉に、明達は誰ひとりとして言葉を返さなかった。