インターバル
本日2話目の投稿です。
「この世界にある街そのものが、異世界にあるダンジョンに置き換わるまでの時間。そうとも、考えられますね」
その言葉に、奈緒は難しい顔となって押し黙り、アーサーもまた同意を示すように神妙に頷いた。
「うむ。モンスターの強化は、反転率と共に進むダンジョン化への過程でしかなかったと、そういうことだね」
明はアーサーの言葉にため息を吐き出した。
「……そういうことになりますね。でも、だからと言って、俺たちがやるべきことは今までと何も変わらない。街が異世界のダンジョンに置き換えられていようがいまいが、結局のところ、この世界に現れたボスモンスターを倒さないと世界の反転は進んで、モンスターは強化されてしまう。街がダンジョン化していることは頭に入れつつも、今はそう難しく考えなくてもいいかと」
「……確かに、それもそうだな。一条、解析してから他に何か、分かったことはあるのか?」
奈緒は、明の言葉に納得するように頷くとそう言った。
その言葉に、明は再びウェアウルフへと解析を使用して、その画面を見つめながら呟く。
「あとは……。そうですね、魔素ってやつが、そこらのモンスターよりもボスモンスターの方が高いってことぐらいでしょうか」
「魔素?」
その言葉に、奈緒が小さく首を傾げた。
その様子を見て明は、奈緒に魔素のことについて教えていなかったことを思い出す。
「そういえば、まだ言ってませんでしたね。解析や鑑定のレベルを上げると、見ることが出来るようになるやつです。奈緒さんやアーサーにもそれがあって、俺たち人間は魔素率が0%。一方で、コイツ――ウェアウルフの魔素率は17%と、モンスターと人間とではかなり差がありますね。……それと、その魔素ってやつは武器にも含まれてるみたいで、俺の武器――斧や鉄剣といった、モンスターから奪った武器にも魔素が数%ほど含まれていました」
「私の銃にも、その……魔素ってやつが入っていたのか?」
「あー……。いえ、そういえば、入っていませんでしたね。奈緒さんの持つ銃の魔素含有量も0%でした」
「ふぅむ、なるほど? つまり、その魔素とやらは、いわゆる異世界にしかない物だと、そう思ってもいいみたいだね」
奈緒と共に明の話を聞いていたアーサーが言った。
「私たちの魔素率が上昇することはないのか?」
奈緒がウェアウルフへと視線を落としながら呟く。
その言葉に、明は首を横に振って答えた。
「そればかりは、何とも……。もう少し魔素ってやつについて調べてみれば分かるかもしれませんが……今は、調べてる時間がないですね」
言うと、明はウェアウルフの首と身体を手に取り、持ち上げた。
「どうするつもりだ?」
ウェアウルフの身体を抱えた明に向けて、奈緒が言った。
「ミノタウロスの時は死体が消えちゃってたのでどうしようも無かったですけど、一応はボスの死体ですし、何かに使えないかと思って。ほら、軽部さんのところに『解体』スキルを持ってた人がいたでしょ? あの人に解体してもらえば、それなりの素材が手に入りそうじゃないですか?」
言われて、奈緒は誰のことを話しているのかが分かったのだろう。
「ああ、柏葉さんのことか」
と小さくその人の名前を口に出すと、明が抱えた首の別れたウェアウルフの死体へと――特に、その傷口から地面に滴るどす黒い血へとその視線を向けた。
「お前の考えは分かったが……。そのまま運ぶのはどうかと思うぞ。せめて、何かの袋に入れたりしてくれ」
むせ返るような血の匂いが気になったのだろう。奈緒は、鼻の頭に皺を寄せながらそう言った。
明は、奈緒の言葉に「それもそうか」と納得をすると、軽く周囲を探索して持ち運べるものを探す。その途中で雑居ビルの一角に入っていたブティックを見つけて、ボロ切れ同然ともなった病衣を脱ぎ捨て、新たな衣服へと着替えた。
明と同じように服を着替えた奈緒と合流して、店内にあったゴミ袋を手に持ちウェアウルフの死体をどうにか袋の中へと詰め込むと、それを持って明達は再び休憩に使っていたマンションへと戻った。
そうして、『自動再生』による傷の治癒を待ち、モンスターと戦えるぐらいには回復した明達は、休憩に使っていたマンションの一室を出た。
時刻は午前零時すぎ。
以前ならば、世界反転率が3%となるその時間だが、今回は違う。ウェアウルフを倒したことで減少した世界反転率の進行は、日付が変わったにも関わらず未だに2%台を維持したまま、その動きを止めていた。
「ふぅむ。もしかすれば、今は進行度の帳尻合わせをしている段階なのかもしれないね」
アーサーは、もう一人の固有スキルを持つ仲間が居るという場所に明達を案内する道すがら、カウントを止めた反転率の進行度に関して持論を展開していた。
「君たちがウェアウルフを倒したことで、世界反転率とやらの進行速度はさらに減ったわけだろう? 今までは日付が変わるごとに1%増えていたものが、例えばだが、明日の零時に1%増えることになったとする。そうすると、現段階における反転率――2.88%というこの数字は、現状ではいささか増えすぎているというわけだ。そこで、その帳尻を合わせるために反転率の進行が一度止まる。……いわゆる、今はインターバルの真っ最中というわけだね」
「インターバル、ね」
その言葉に呟くようにして言ったのは奈緒だ。
ウェアウルフの入った死体袋と斧を手に持ち両手の塞がった明に代わって、身体強化のレベルを上げたことで持ち上げられるようになった〝豚頭鬼の鉄剣〟を、奈緒はその手に握り締めている。
「それが本当なら、今のうちにボスを討伐するべきなんだろうな」
「そうですね。ですが、それもそう簡単じゃない」
アーサーの背後を追いかけるようにして歩いていた明は、その言葉に小さく呟いた。
ある一定の数値に達した際に、この世界に現れたモンスターの強化が行われる反転率の進行は、この世界で生き延びるための難易度に関わってくるものであり、全人類がどんな手を使ってでも解決しなければならない課題の一つだ。
しかし、この三日間で生じた進行度の減少はたったの二回。それも、すべて一条明という死を持って過去を繰り返す男の手によってどうにか掴み取った結果であり、逆を言えば、一条明が居なければ人類は未だにボスを討伐出来ていなかった可能性があった。
(この猶予の間に、どうにかして準備を整えないと……)
自分の手で世界を救う、なんて気負った考えをするつもりはない。
けれど、ボスを倒さねばモンスターが強化されていく現状を考えると、行動を起こすしか方法がないのも事実だ。
奈緒と――大切な人と共に、この世界で生き延びるためにも、ダンジョン化した街に巣食うボスを倒す。
そのためにも今は、ウェアウルフを討伐し判明した新たな力――シナリオを使って、ボスと対等に戦うことが出来る仲間を増やす。
それが、一条明の掲げた当面の目標だった。
(とは言っても、シナリオの発生条件がまだ分からない。奈緒さんは『俺と共に戦う意思があるのかどうか』が条件にあるんじゃないかって言ってたけど……。それも、結局あやふやだ。だからこそ今は、先天的に固有スキルを持っているこの人と、その仲間の人の力が必要なわけだけど……。まずは、俺たちと上手く協力できるのかどうかを見極めないとな)
明は、アーサーの背中を見つめながら心の中でそう呟いた。