第0h話:届かぬ人
「あなたの話を聞けば聞くほど、あなたほど〝我が道を行く〟人も珍しいし、あなたに競合する人もいるとは思えないんですけど、あなたにもその方面で敵わないと思わせる人っているんですか?」
一人が彼に聞いた。
確かに、彼は祓い屋でもなければ憑き物落としでもない、怪異退治人でもなければ宗教者でもない、怪異に出会って身の危険を感じても、特に能力で解決しているのではなく、知恵と思考で切り抜けているようだ。そして音の録音の仕事でも、その場での判断で通している。
人に依頼されて音を録音する仕事というものをやってる人がどれだけいるかは知らないが、みなそんなやり方なのだろうか。
「まず、私には行けないところに行ける人には敵いませんね」
「ほう、それはどういうところですか?」
彼は飲み物を一口飲んで、
「別役実という演劇人がいるんですけどね、「帰ってきたジョバンニ」という作品を書いてまして、冒頭に国中を歩いている放浪者を何人も集めまして、全国に張り巡らされた線路を走る汽車の音を聞かせて、何の機関車がどこを走っているか当てさせるんですけど、それが的中するんですよ。そういうのは私には無理です」
「なるほど」
「さらに、最後に流された鉄道音が、放浪者が一人も答えられなくて困惑するんですけど、そこに主人公が「銀河鉄道が走る音だ」と呟いて話が始まるんですが、そういう私の辿り着けないところの音を録ってくるように言われても、無理ですね」
「あぁ」
「さらにさらに言いますとね、最近オカルト界で「きさらぎ駅」という、行ったら帰ってこられないんじゃないかってところもありますから、そういうところに行って帰ってこられる人には、敵わないですよ」
「なるほど、確かにそういう、人の行けないところがあるのは解りますが、銀河鉄道にしろきさらぎ駅にしろ、実在するかは解らないところじゃないですか。もっと実在するところで行けないところって、あるんですか?」
「ありますよ」
「あります。ただし、私は行ってないので、人から聞いた話ですけどね」
皆が集中する。
「この話をした人は、音を録っている人ではなくて、画家なんです。
山で神の鳥を見た人がいました。私たちには馴染みがある火の鳥の姿形なんですけど、火の鳥だって不死鳥、フェニックスなわけですから要素は世界中に最大公約数として広がっているんでしょう、別におかしいことではないんですけど、画家はその人から詳しく話を聞いて、描いた姿は神々しい鳥と光と炎、それは火の鳥と同じなんですけど、さらに真言を散りばめているんですよ。これは有名なマンガ家先生も書いていたのかもしれませんけど、とりあえず私は記憶がないです、
確かに神の鳥なら、明るさや熱さだけでなく、神意も言葉となって湧き出ていることでしょう、さらに絵には描けないでしょうけど、音楽や香りも出ているんじゃないでしょうか、
私はその光景を、絵を通じて想像するしかないんですけど、まぁ確実に私の想像を超える、それ以外のものもあふれ出ていていることでしょう、私がそこにいたら、耐えられないでしょうね。あまりの畏れ多さに打ちのめされて、その場で命を絶つんじゃないでしょうか、そういう神様に会う人は、やはり徳を積まないと会う資格がないと思うのですよ。
ちなみにその画家も、真言や祝詞、言祝ぎの儀式に精通していて、絵で表現できるんでしょうけどね、私は勉強も修行もしてないので、経験談の又聞きでも話せないと思います。
だからまぁ、神様のいるところに行って、真言を録音してきてくれと頼まれても断ります」
なるほど。
「ただ、ですね…」
言葉を濁してまだ続ける。
「一口に神様と言いましても、神様もさまざまですからね。この宇宙、天地を創った天つ神、それに対して国つ神がいて、イザナギ、イザナミ、天照大神あたりまでは人の形をしていますが神々しくて、天照大神の弟であるスサノオノミコトになると人間味が強くなって、たしか人間の女性をお嫁さんにしたでしょう、そこから神様の血を引くけど人間の割合が多くなっていきますし、さらに妖怪も神々が零落した姿という人もいまして、土地神様とか禍つ神とか、そういう神様には、コンタクトが可能かな、と思うことはあります」
「ふーん。…あれ?でもそれって、きさらぎ駅に結構近くないですか?」
「きさらぎ駅は体験者が少なくて、情報が少なすぎますからね、探し当てるのは無理ですよ。しかし土地神様なら、その土地に情報が多くあるケースから、もともとは情報があったのに伝えられなくなってなくなってしまったこともありますから、探し回ること自体はできます。
探して見つかれば成功ですし、見つからなかったら勘弁してくれと」
書家であり画家であり造形作家の紫舟さんの作品を個展で見まして、打ちのめされました。
「ガラウェイ」「風日白鶏」、そして「加具土命」。