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幼馴染みに愛されているが、それに気付かない男の子  作者: すなぎも
一章

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9/28

5雨宿りと 濡れた彼女

※本編終了後の追加エピソードです。

佐野明良



 あまりにも天気がいいので思わず徒歩で通学してしまった。


 我ながらなんでこんなことをとも思ったが、気分がいいのでオールOK。


 放課後まで快晴が続き、さ~て帰るぞ友達に別れの挨拶をして教室を出る。


「いい天気~♪ ふふふ~ん♪ ふふふ~ん♪」


 あまりの天気の良さに、思わず鼻歌を口ずさんでしまう。


 校門を抜けて三つ目の角を曲がったあたりで、ぽつ、ぽつ、と大粒が肩を叩いた。


「う、うそだろ……」


 天気予報は晴れのはず。

 傘なんて当然、持ってきていない。


 制服を濡らしたら母さんに『バカねえ、アンタ』と呆れられる。


 ここは雨が強くなる前に近場で雨宿りするのが諸葛亮公明。


 ということで商店街を駆ける。


 豆腐屋の軒の下で立ち止まるほどの度胸はない。


『どうしたい明良、こんなところで?』


『母さんに呆れられるのが嫌で。少し雨宿りさせてください』


『がははっ! まだまだ子供だねえ!』


 なんて、豆腐屋のおじさんにバカにされるのはまっぴらごめんだ。


 人目の付かない雨宿りが出来る場所は——神社。


 商店街の裏手、段差の多い石畳の先。あそこなら誰にも見られない。はず。


 走り出すと、雨が強まり始めた。


 商店街の裏手にまわり階段を一気に駆け上がる。


 拝殿の屋根下に滑り込むと、更に雨が強まった。


 ザーザー音を立てて降る雨は、数十秒あたれば制服はびしょ濡れになる強さ。


「ギリギリセーフ。これも日頃の行いってやつだな」


 助かった助かった。

 雨宿り代としてお賽銭を入れ、ついでにお願いごともしちゃう。


「椿姫と仲直りできますように。俺が逃げずに謝れますように」


 目を閉じて強く祈っていると、近くに人の気配を感じた。


 こんな天気に参拝ですか?


 なんて言える訳もなく、恐る恐る目を開く。


 そこにいたのは椿姫だった。


 髪の毛の先まで濡れて、制服のYシャツは肌に貼りついている。


 白いシャツはところどころ色が濃くなり、椿姫が動くと皺が動く。


 肩で呼吸を整えながら彼女は無言で俺を一瞥し、すぐに外へ逸らした。


 どうやら椿姫も雨宿りに来たようだ。


 どういう巡り合わせだよ……。とも思うが、懐かしさも感じる。


 小さい頃、椿姫とここで、雨宿りをしたっけ。


 あの時は、雨に濡れた椿姫が寒いと騒ぐから、Tシャツを広げて一緒に入った。

 身体を寄せ合い温めあったが……いま思うと、とんでもないことをしてたな。

 どちらも無知の子供だったからできたことだ。


「へくちっ!」


 懐かしんでいると、隣からくしゃみが聞こえて来た。

 あまりにも可愛らしいそれに、思わずちらりと見てしまう。


 濡れたシャツは肌に張り付き、身体のラインを見せつけているようだ。

 襟元からちらりと見える奇麗な鎖骨。

 奇麗な金色の前髪からは、雫がぽたり、ぽたりと胸元に落ちている。


「……」


 なにも見なかったことにして、鳥居の向こうに広がる世界を見つめる。


 全く俺は何を考えているんだ。相手は椿姫だぞ。

 疚しい気持ちを抱く前に、謝罪だろうがバカたれが!


「へくち! へっくち!」


 二連続のくしゃみ。

 再び椿姫を見る――そんな場合じゃない。


 ブレザーとシャツを脱ぐと、冷気が身体に触れる。

 この気温で濡れた服を着ていては、くしゃみをするのも納得だ。


「これ。着るか?」


 脱いだそれを、椿姫のほうへ差し出す。


 と、差し出してから、これ大丈夫か? と考え直す。


「俺のなんて、嫌か」


 昔は一緒の服に入ってたけど、今では俺の服を着せるのも忍びない。


 寒そうなくしゃみを聞いて渡したが、痴漢と間違えられてもおかしくないか。


 すぐに手を引っ込めようとしたが。


「……あっち、向いてて」


 椿姫が服を受け取った。

 

 俺は慌てて背を向ける。


 背後で布が擦れる音が聞こえてくる。濡れたYシャツが肌から離れる微かな音。ぴちょりと、床に濡れたシャツが置かれ、タオルで身体を拭いているか、擦れる音が聞こえて来た。


 背中に指が微かに触れた。


 広げた腕が当たっただけだと自分に言い聞かせ、雨を降らせる空を見上げる。


「もういいわよ」


 振り向く。


 俺のYシャツとブレザーが、椿姫の身体にすっぽりと覆いかぶさっていた。サイズが合うはずもなく、袖は手の甲をすっかり隠して、萌え袖というやつになっている。襟が大きいせいで、首元がいつもよりずっと近く見えた。


「じろじろ見ないでくれる?」


「す、すまん。つい、可愛いなって」


「――ッ!」


 と、口にした瞬間、自分でなにを言ってんだと顔が赤くなる。


「違う! 違くてだな! 変な意味はなくて! その、なんて言ったらいいかわからないんだけど、本当に……。その、ごめん……」


 思わず口走ってしまった言葉。


 恥ずかしさを堪えるのが精いっぱいで、椿姫の方を見られなかった。


 言い訳にもならない言葉を並べたことに、自分が情けなくなる。


 睨まれているのか、隣から熱い視線を感じた。

 けど、目を合わせると怒られそうで、椿姫を見れない。

 目のやり場に困り、分厚い雲を見上げる。


『じゃあ雨をぜんぶ避けた方が勝ちな!』


『そ、そんなの無理だよ、明良くん!』


 懐かしい神社。再びこうして二人だけで雨宿りしていると、はしゃぎまわる昔の俺らの姿が、ぼんやりと見えた気がした。


「すんすん……」


 隣から物音が聞こえた。


 横目にちらりとだけ様子を窺う。


 椿姫は、腕の中に服を抱きしめるようにして、顔を少しうずめていた。


 嗅いでる、ように見える。俺の服を。


「……なによ」


 頬が朱色に染まり、わずかにふくらんだ。声は不機嫌っぽいのに、どこか恥ずかしさが感じられる。そのアンバランスな見た目と声音に、心臓が跳ねる。


「あっ、いや、その。服を締め付けてたから。やっぱり寒いか?」


「いえ。別に、寒いってわけじゃないけど」


「そうか。ならよかった」


 それ以上は踏み込めない。何かもっと言えたはずだ。たとえば、髪も拭いたほうがいいとか。ズボンも履くか? とか……。それはダメか。


「あー……」


 言葉にならない声が雨音にかき消されていく。我ながら情けない。


 雨が葉を叩く音が変わってきた。勢いが落ち、粒の数が減る。水溜りに広がる波紋がゆっくりになって、黒い雲が流れていくと、太陽が姿を見せた。


 通り雨が終わる。

 俺は一歩、前に出て呼吸を整える。


「だいぶ弱まってきたな」


 椿姫からの返事はない。それでも俺は、構わない。


「服、後で返してくれればいいから! 風邪には気を付けろよ!」


 俺の制服を着ている椿姫があまりにも眩しく見えて、自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。その声量が恥ずかしくなり、誤魔化すように足を前に動かす。


「じゃ、じゃあ!」


 水溜りを飛んで避けて走り出す。別に変な事じゃない。それなのに、まだ神社にいる椿姫を置いていっている気がして、鳥居の前で振り返る。


 椿姫は、俺のブレザーの袖口をそっと鼻先に当てていた。袖はぶかぶかで、手の甲がすっかり隠れている。萌え袖の端から、濡れた指先が少しだけ覗く。その仕草が、やけに小さく見えて、守りたくなる。


 ……やっぱり、椿姫って可愛いだって、改めて思う。


「なに?」


 問われ、さすがに思ったことは口に出せない。


「風邪には気を付けるんだぞ!」


 そう言って、俺は階段を駆け下りた。


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