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5届かない 謝罪 そして

佐野明良



 放課後の天候は大雨土砂降り。


 朝の天気予報では降水確率40%と降るよりの予報。


 当然俺は鞄の中に折りたたみ傘を入れたような入れなかったような……。


 結果として入ってないわけだから入れなかったんだろうけど。


「なんでだ。40%だぞ。いつもは入れてるだろ」


 天気予報を信じていない俺は20%から折りたたみ傘を入れるようにしている。


 自転車通学ならそんなことはしないだろうが、電車通学では持って置いた方がいい。


 びしょびしょに濡れた状態で電車に乗るのは躊躇われる。


 周りからの注目は集まるし、なにより嫌な顔をされるだろう。


 だから、しょうがない。こんな時は友達と時間を潰して雨があがるのを。


「じゃあな佐野!」


「グンナイボーイ!」


「お先に卒業してきまーす!」


 友達が嬉々として教室を飛び出していく。


 どうやら今日は他のクラスの女子達とお食事会があるらしい。


 いやいやそんなのあり得ねえだろ現実と鏡を見てから嘘吐けとと全員の頬を叩いたのだが、どうやら本当だったらしい。

 廊下でこれら一緒に行く女子と合流して仲良さそうに六人組が姿を消した。


 壮絶なドッキリだろうと校庭を見下ろしていると、先ほどの六人が校門を出ていくのが見えた。

 夢じゃなければ今からでも『ドッキリでした!』と驚かせて欲しいものだ。

 ……いや本当に。早く後ろから肩叩いいつもの汚い笑みを見せて欲しい。


「色々となんでだよ状態なんだけど」


 なんで? 可笑しくない? なんで? なんでなの?


 俺ら地味グループだよ? なんで女子に食事に誘われるの? あり得ねえって。


 百歩譲って誘われたとするよ。財布扱いで高級料理たかられたとするよ。


 なんで俺抜きなの? 可笑しくね? いつも一緒にいるじゃん。ねえなんで?


 なに? あの中に『佐野が一緒なら行かなーい』って女の子でもいたの?


 そんなのある? どんだけ嫌われてるんだよ。自分で自分が恐くなるわ。


「まあ最近頑張ってたもんな」


 地味ながらもアイツ等も最近は身嗜みを整え、女子に話しかけたりしていた。


 原動力は俺がちょくちょく椿姫といるからというなんとも可笑しい理由だが。


 それで女子にご飯を誘われたとなれば、頑張りが実ったということだ。


 そもそも俺と椿姫はアイツ等が嫉妬する遣り取りをしてないんだけど……。


「結局、最後は自分から動くかどうかなんだよな」


 諦めて席に着くと、床に本が落ちていることに気が付く。


 拾い上げるとどこかの偉人が書いたポエムがつらつらを書かれていた。


 残念ながら俺にこんなものを読む趣味はない。


 雨が上がるまでの暇潰しにもならない。


「どうしよ」


 拾ったはいいが、だれの持ち物なのかわからない。


 背表紙の貸し借りカードを見ると、最後は三年の名前が書かれていた。


 なんでこんなものがこんなところに……。とも思うが、このままにする訳にもいかない。どうせやることもないし、しょうがないので図書室まで届けに行こう。


「図書室なんていつ振りだろうな」


 入学して初めの学校案内で行ったとき以来か。


 扉を開けると静かな部屋だった。


 手前の受付では女子生徒が本を読んでおり、奥には規則正しく机が置かれている。


 背の高い本棚が幾つも並べられ、その文字を目に入れるだけで眠くなってくる。


「すいません。これ、落ちてたんですけど」


 受付の生徒に本を渡して出ようとすると。


「はいこれ。番号札のところに座ってください」


「いや、俺は別に」


「運がいいですね。秋藤先輩の隣を引き当てるなんて」


 その言葉に足が止まる。


 席を見ると、確かに椿姫の後ろ姿が見えた。


 正面は中庭を向いており、カウンターのような造りになっている席。


 隣と仕切りがないので座りやすいとは言えないが、テスト前で混み合っており、運が悪いとあそこへ座らされるようだ。


 秋藤はその端の席になっており、今は隣に誰もいない。


 見せられた札番号と席順を見ると、間違いないようだ。


「どうしたんですか? もしあれでしたら席かえますけど」


「いや、もらっとく」


 番号札をもらい、適当な本をとって隣の席へと座る。


 椿姫は本に集中しているようだ。


 こちらに気付かず読書を続けている。


 話しかけるつもりだったが、図書館は雨の音が耳障りなほど静か。


 この中で声を出すのははばかられる。


 それなら適当に時間を潰そうとしたところで。


「バナナミルクとレモンティーの最新刊」


 椿姫が読んでいるのは俺が最近はまっている漫画。


 それも最新刊。


 内容としてはバトル有りラブコメ有りギャグ有りシリアス有りほのぼの有りグロ有りエロ有りSF有りグルメ有り任侠有りホラー有りのなんでも有りの有り有り漫画。


 噂では近日、実写化と舞台化、アニメ化と映画化を一斉にするとかしないとか。


「…………?」


 つい出してしまった声に反応したのか、椿姫がこちらを見た。


 目があい、瞬きを2回ほど挟んでから視線が漫画へと戻される。


 無視された。と考えるべきか、図書室だからか、と考えるべきか。


 まあ無視をされてもおかしくない関係なんだけど。


 最近、顔を合わせることは多いけど、嫌われるようなことばっかりしてる気がするし……。

 

 よし、ここは俺から声を掛けてみよう。


 アイツ等を見習って、俺も踏み出さなければ。


 自然な流れを作った後、椿姫に謝るんだ。


「その漫画。読んでるんだな」


「見てわからない?」


「あっ。そ、そうだな。すまん……」


 あまりの火の玉ストレートの返事に気分が落ちてしまう。


 いやそうなんだけどさ。俺が悪いんだけどさ。


「読みたいの?」


「えっ? いいのか?」


 まさかの申し出。


 さっきのでバカかと思われたが、そんなことはなかったか?


「ええ。どうぞ」


 本を渡され読み始めると。


「下に置いて。私が読めないから」


「へっ?」


「えっ?」


 再び顔を見合わせてお互いに首を捻り合う。


 なんで椿姫が一緒に読むの? 別に読む必要なくない?


 と思うのだが、椿姫の表情は純粋そのもの。


「最初からで、いいよな?」


「ええ。もちろん」


 漫画を置いて読み始めると、椿姫が肩を寄せてきた。


 少し動けばぶつかってしまう距離に、顔を覗かせてくるので視界に頭が入り込む。


 いつ見ても綺麗な髪の毛に、俺からは決してしない甘い香り。


 椿姫に気をとられてページを捲る手が止まってしまうが、すぐに我に返り捲る。


 意識しないよう必死に文字を追いかける。


 それと同時に椿姫の目線や仕草に注目をした。


 椿姫も全部は読んでいない筈だ。


 だったら、ここは彼女を優先させた方が良い。


 俺は後でゆっくり読もう。


 その考えで、椿姫が目を逸らしたらページを捲り、本を見ているときは捲らず。


 彼女のペースに合わせることに集中をする。


 なんとなくで漫画の内容を頭に入れていると、主人公がヒロインに謝っているシーンに差し掛かった。


 自分の感情を優先してしまい、仲間達とヒロインに迷惑をかけたことを謝っている。


 俺も、そうだった。


 自分の感情を優先してしまい、椿姫を遠ざけてしまった。


 そのせいで、きっと、椿姫を傷つけてしまった。


 謝らなければいけないと思う。


 謝るために、身体を少しは鍛えて、身嗜みを整えて、お洒落を勉強して……。


 そして、椿姫の隣に立てればと思う。


 昔のように、前に立つ必要はない。


 せめて隣に立てればと。


 漫画では主人公が謝ると、ヒロインは涙を流しながら抱き付いた。


 これまでの想いをぶつけられ、主人公も同じように涙を流している。


 呼吸を整え、覚悟を決める。


「秋藤。ごめんな。中二の時に、避けて。あの時は、自分が恥ずかしくなって。秋藤は周りから注目されるほど可愛いのに、俺だけガキのままで。だから、その。一緒にいられるように頑張って。だから、その。あの時は本当にごめん。だから昔みたいに」


 緊張し過ぎて途中から何を言っているかわからなくなっていた。


 それでも自分の気持ちを包み隠さず伝えようと言葉を続けようと口を開き。


 ぽんと、肩に秋藤の頭がぶつかった。


 どういうこと? 許してくれた?


 漫画みたいに身体を預けてくれたのか?


 そう思うと嬉しさやら恥ずかしさやらが一気に込み上げさらにテンパりそうになり。


「あ、あの。……秋藤?」


 彼女を見ると、身体をこちらに預けたまま、安らかな呼吸を繰り返していた。


「寝てる?」


 瞳は閉じられ、長い睫毛がよりいっそう目立っている。


 桜色の唇が一定の間隔で動き、妙な気持ちが沸いてくる。


 首を伸ばせば振れられる距離にある美しい顔から、俺は目を逸らした。


「テスト近いもんな。眠いよな、そりゃ」


 来週か、再来週だったか、中間テストがある。


 椿姫の成績は常に上位だ。

 そして、それは努力からのものだと俺は知っている。


「もうちょっとだった。もうちょっと。次は伝えられる。よし」


 自分にそう言い聞かせて。


 肩にのしかかる程よい感触に緊張しながら。


「明良くん……。一緒に、いたいよ……」


 俺は、バナナミルクとレモンティーの最新刊を読むことにした。



 ――――――――――――――――――――――――――――

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 ――――

 ――


 家に帰りベッドに寝転ぶ。


 今日は学校から歩いて帰ってきた。


 まだまだ肌寒い季節だというのに、左肩にはまだ椿姫の感触が残っている。


 スマホをイジリ、一つの画像を開いた。


 そこには椿姫の寝顔が表示されている。


 さっき、こっそり撮ったものだ。


 もちろん俺の肩や腕は少しも映っていない。


 椿姫の一枚絵。


「……ホーム画面にしたら、流石に退かれるよな?」


 懐かしいという気持ちと、可愛いという気持ち。


 妹のような想いと、それとは違う好意の両方が混ざり合っている。


 スマホがヴヴヴと震え、手から滑り落ちて顔面へとぶつかった。


 なんだよと送られてきたラインを見ると。


『ダメだった……。俺達。ダメだったよ……』


 という友人三人が態とらしく肩を落としている写真が送られてきていた。


 それを見て、つい笑ってしまい、電話をすると。


『佐野! ダメだ! へまっちまったよぉ!』


『今すぐカラオケに来てくれ! 慰めておくれよぉ!』


「なんだよお前ら」


『俺等にはお前が必要なんだ! 誰よりも!』


「嬉しくねえよ。それに」


 誰よりも、か。


 全くしょうがない連中だと。


 俺はジャケットを羽織り、買ったばかりの自転車に跨がった。

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