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4唐突な 壁ドン

秋藤椿姫



 本当のことを言えば自転車で高校に通いたい。


 電車は色んな人に見られるし、声を掛けられたりもする。


 幸い痴漢にあったことは一度もないけど、周りの友達はされたことがあるみたい。


 もし自分がされたらと思うと……身体の震えが止まらなくなる。


 それでも私が電車通学をしているのは、明良くんがそうしているから。


 最初はなんで電車通学をしているのか疑問だった。


 今の高校なら経済的にも時間的にも自転車で通った方が楽なはず。


 それなのになんで……?


 その疑問は簡単に晴れた。


 同世代の子達からお洒落を勉強している。それが理由だった。


 現に明良くんは女の子よりお洒落をしている男の子をよく観察していた。


 たまに『なに見てんだよ』と難癖を付けられるほどに。


 そうじゃなければホモなのかな? ホモだね。BLだね。と確信してしまいそうになるほどに。


 一部の女子達から影で、


『あの男子、いつもイケメン舐め回すように見てるよね』


『ホモ痴漢……。くぅ~、ナイスですねぇ』


 と本人が知ったら卒倒してしまう会話をしているほどに。


 別に女の子に出会う機会を増やそうとしている訳じゃない。


 絶対に……。


「秋藤さん。大丈夫?」


 場所は電車内。


 私の後ろに控えているのは帽子を被りマスクをしている男の人……に変装している、売れない女性の役者さん。

 Twitterで『女性限定。一時間千円でなんでもやります!』という、ちょっと変わった副業をしている方だ。


 私は今日。この方の一時間を千円で買わせていただいた。


「大丈夫です」


 伝えてから視線を動かして、窓に反射する明良くんを確認。


 今日も痴漢免罪を恐れてつり革を両手で掴み、お洒落な男子がいたらチラチラ見つめて女子高生にホモの噂をされている。頑張ってるのに少し抜けてるところが可愛い。大好き。結婚したい。


「始めていいかな?」


「……お願いします」


 明良くんがお洒落な男子に睨まれて視線を泳がし、私を認識した。


 それを確認してから私は俯いて、顔が赤くなるように歯を食いしばり力を入れた。


 後ろの役者さんが腰元をトントンと叩いてくる。


 周りから見れば痴漢のようだが、私からすれば力の足りないマッサージ。


 同性にやられている、それも私が依頼した事となれば嫌なことでもなんでもない。


 それでも私はそれに抵抗するかのように身体をよじる。


「明良くんの半裸」


 役者さんの言葉で風呂上がりの明良くんの半裸が思い出される。


 厭らしい考えを抑えようと必死に身体に力を入れて呼吸を整える。


 それでも妄想が堪えきれずに明良くんの方を見ると、目があった。


 やっぱり私と明良くんは結ばれている。


 そうじゃなきゃ目なんてあわない。嬉しすぎて涙が出てくる……。


 きっと助けに来てくれる。あの頃のように。


「ちょっと秋藤さん? 大丈夫ですか?」


「は、はい。気にしないでください」


 予定にない涙に役者さんに心配されてしまった。


 ここはなんとかこらえないと。


 そう思っていると。


「おはよう。椿姫」


 私にとっては神のお告げよりも嬉しい言葉が聞こえてくる。


 自分の名前を呼ばれても、それが私だと自覚できないほど嬉しい。


 やっぱり明良くんは、私が困っている時に助けに来てくれる王子様。


 大好き。


 その幸せを噛み締めながら振り返ると――いきなり明良くんの手が顔のすぐ隣を通過した。その勢いのまま扉に押し付けられて、明良くんの顔が目の前に迫る。


 か、壁ドン……。明良くんの、壁ドン……。


「あっ、悪い」


 全然悪くない。


「だ、大丈夫か?」


「ええ。大丈夫」


 全然大丈夫じゃない。なんなら幸せ過ぎて死んじゃいそう。


 意識を保ってるので精一杯。


 一生このまま幸せを感じていたい……なんてボーッとしていられない。


 正直、予想外だった。


 明良くんと向かい合う予定じゃなかった。


 私は扉を向いている筈だったのだ。


 それなのに、明良くんの身体が目の前に……。


 ダメ!


 痴漢から助けてくれたことになってるんだから、御礼を言わないと!


「……ありがとう。助けてくれて」


「あ、いや。その。なんだ。やっぱり、なんかされてたのか?」


「っ!」


 耐えられなかった。


 心配してくれた明良くんの顔が、昔のものと変わっていなかったから。


 照れや恥ずかしさを誤魔化すように頭を明良くんの胸元に押し当てる。


 少しでも冷静にならなければと深呼吸をすると。


「わっぷ」


 いきなり明良くんの胸が迫り顔が埋まる。


 明良くん特有の香りが鼻孔を貫き脳みそが破壊されそうになる。


「わ、悪い。でも、少し我慢してくれ」


 我慢……? 我慢ってなんだっけ?


 それになにに我慢? 我慢することなんて……。ない!


 身体が勝手に動いてしまう。


 目の前にある明良くんの身体に手を添える。


 昔よりしっかりしている腹筋。


 身嗜みに気を遣おうと、毎日筋トレしていることを知っている。


 まだ横腹は柔らかいけど、ムキムキより全然いい。


「ダメ……。ダメ……。ダメ。待って。本当に、ダメ……」


 このままだと明良くんに抱き付いちゃう。


 触れている手を広げて思い切り抱きしめたい。


 そのまま胸に埋まって身体を重ねて同化したい。


「本当にごめん。でも、押し返せないんだ。もうちょい我慢してくれ」


 明良くんがなにか言ってる。


 でも、私の耳には何も入ってこない。


 涎が垂れないように口をしっかり閉じる。


 そして、抱きしめてしまわないように『ダメダメ』と自分にひたすら言い聞かせた。

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