3一刻を争う 間接キス
秋藤椿姫
明良くんはよく先生のお手伝いをしている。
本人は友達に『面倒臭い』とか『なんで俺ばっかり』と文句を言っている。
それは本心だと思うし、だったら断ればいいのにと友達によく言われている。
それでも断らないのは何処かで『俺が苦労する事で他の人達が楽になれたら』と考えているからに違いない。
面倒臭がりながらも、頼まれ事は断れない。
だからいつも明良くんの周りには友達がいる。
昔からそういうところは変わってない。
先生のお手伝いで学食に遅れてくる時もそう。
周りに迷惑をかけないように、友達に自分の席を取らせない。
本当は一人でいるのがあまり好きでもないのに、自分を犠牲にしている。
少しは我が儘をしていいのに、とも思うが、そういう所が明良くんの優しい所。
学食の入り口に明良くんの姿が見えた。
『やっぱり席は空いてない』
と口にはしていないけど、肩の落ち具合でそれはわかる。
明良くんは気付いていないだろうけど、今日はスペシャルメニューの日。
いつも以上に混むのは当然のこと。
だから、席が取れずに私が二人でご飯を食べていてもなにもおかしくない。
当然のことなんだ。
それに、別件も同時に進められて丁度いい。
自然と箸を進めて――トレーを持った明良くんがこちらに歩いてきた。
「また後で日程の連絡を入れるから」
「はい。今日はありがとうございました。お待ちしております」
「上手くいくといいわね」
声を掛けると、相談してきた女の子は席を立った。
そのまま消えるように人混みに紛れる。
彼女としても、この相談を誰かに聞かれたくはないはず。
だからか、姿を消すのが異常に早く見えたのは。
「ここいいですか?」
明良くんは私のことを確認もせずにトレーを置いて席に着いた。
『ダメ』
とは言わせない強引な動き。私にもそれ位の気持ちで来てくれて良いのに。
今は私に向けられている言葉だから間違ってはいないんだけど。
「……どうぞ」
そう伝えたところで明良くんは私の前に座ったことに気が付いたみたい。
ちょっとだけ表情が弱気になったけど、すぐに男らしくなる。
まるで私に漢だということをアピールするかのように。
「悪いな」
「別に。私の席ではないから」
「そ、そうか。はははっ……」
笑いながらカレーを食べ始める明良くん。
美味しくない、と思う。私の作ったカレー比べたら。
学食のカレーは万人に受けるようにか甘口で、どちらかといえば液体に近い。
ジャガイモは小さいしお肉は堅い。ルーと白米の割合が明良くん好みじゃないから食べずらいに違いない。
私が……。私が学食のおばちゃんなら明良くんを唸らせるご飯を毎日作れるのに。
辛さは市販の中辛と辛口の間。香辛料は全部で八種類。ジャガイモは二口サイズの大きめカットにお肉はレアに近いミディアム。牛肉よりも豚の方が好きというのがお財布事情には良心的。割合はご飯が4でルーが6のおかわりを見据えた配分。漬物はつけないけれど飲み物はココアで統一。
……そうだ。明日から学食で働いてはどうだろうか?
そうすれば毎日、明良くんにご飯を作って上げられる。
それはもうお嫁さんと言っても過言じゃない。
料理の腕を磨いたのも全て明良くんに笑って欲しいから。
明良くんも喜んでくれるに違いない!
と思っているところでポケットの中でスマホが震えて我に返った。
ちらりと見ると、『集中』という友達からのアドバイス。
どこから見ていてくれているかわからないけど、これには感謝。
せっかくの機会を妄想で潰すところだった。
作ってきたお弁当を明良くんによく見えるように食べる。
私を見せる、というよりも料理を見てもらうように食べ進め。
すると思い通りに明良くんは私の料理に釘付けになった。
「あまり、食べているところを見ないで欲しいのだけど」
「わ、悪い。懐か……。美味しそうだったから」
懐かしいし美味しそうってことだよね?
そうだよ。懐かしいし美味しい。食べれば止められなくなるような美味しさ。
明良くん好みに私が改良に改良を重ねたものだから。
他とは違うところは、最後に振りかける愛の白い粉。
決して違法ではなくて、合法でなんの問題もない。
ただ少しだけ、一度食べたら病み付きになりがちな粉を入れている。
久し振りに食べたくて、身体が震えてるかな?
そんなに見つめて……それだけ私を欲してくれるのは嬉しいな。
自然と卵焼きを落とす。
「あっ」
少し悩んだ仕草をしてから端に寄せると、明良くんは卵焼きを食べたそうに見つめていた。
「そんなに食べたいのなら。食べていいけど
「あっ、いや。これは」
「落ちてしまったから、腹を下しても知らないけれど」
「ああ、まあ。そうだよな」
口ではそう言ってるけど、身体は正直みたい。
卵焼きをずっと見てるから。
「……食べさせてあげましょうか?」
「へっ? いや、なんで」
「食べたそうに見ているからよ」
そう言って卵焼きを箸で掴み明良くんに差し出す。
「はい。口開けて」
「それは、流石に」
恥ずかしそうに顔を赤らめて目を泳がせる明良くん。
可愛い。好き。卵焼きじゃなくて私を食べて欲しい……。
「なんてね」
卵焼きを食べさせるつもりはない。
今日は私の料理を思い出して欲しいからこういうことをしたの。
また椿姫の料理が食べたい。ごめん、謝るから、また昔みたいに毎朝俺のご飯を作って欲しい結婚しよう愛してる。
そう本心で伝えて欲しかったから。
だから卵焼きはお預け。
食べられる前に箸を引っ込める――前に、明良くんが卵焼きを食べていた。
「やっぱり美味いな、椿姫の料理は」
まるであの頃を思い出させるかのような笑顔。
そして、それ以上に私が手に持っている箸。
明良くんの口に入り、出てから何秒経過した?
それにより空気中のものが触れてどれほどの鮮度が低下?
いや、考えている暇は。
いまはとにかく私の口に。
そうすれば婚約の儀が。
否。
明良くんを前にそんなはしたないことは出来ない。
すぐに真空パックに。
「待ってくれ椿姫!」
呼び止められる。
名前で呼んでもらえて嬉しい筈なのに、今はすぐにでも家庭科室に行きたい。
それでも、名前が呼ばれて身体は熱くなっていた。
「お、美味しかった。また、作ってくれると嬉しいな。もちろん、いまとか、直ぐじゃなくて」
……嬉しい。これはもう、プロポーズ?
直ぐにじゃなくても、また私にご飯を作って欲しいって。
「そう」
返事は出来ない。
わかってる。明良くんも冷静じゃないって。
それに、やっぱり先に謝って欲しい。あの時の事を。
ご飯は絶対に毎日つくってあげたい。
作らせて欲しい。
だから、いまは、少しだけ、箸を優先させてね。




