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3中毒性のある 食事

佐野明良



 なんで俺ばっかりが、と思いながらも先生の命令を断れない。


 教室の席が一番前の真ん中だからか、授業で使用した資料を片付けておいてくれとよく頼まれる。


 倉庫に運ぶぐらい自分でやってくれ。もしくは毎回俺じゃなくて日直に頼め。と思うが、それを言うのは少し恐い。

 もし嫌われたら? 目を付けられたら? と考えると面倒ぐらい我慢してしまう。

 

 ネットでよく見る『俺が苦労する事で他の人達が楽になれたら』という気持ちにはなれないが、まあそれをしていると自分に言い聞かせて今日も堪える。


 自然とそう考えられるようになれたら、いいとも思うし。


 資料を戻して教室に戻り、続いて学食へ向かう。


 予想通り学食は生徒達でごった替えしていて、見渡した限り空いている席はない。


 いつも一緒に昼を食べている友達の姿が見えたが、俺の席はない。

 というのも俺がとらなくていいと言っているからだ。


 以前、席を取って置いてもらったにも関わらず、先生達に次から次へと色々なことを手伝わされて昼を食べられなかったことがあった。


 ただでさえ学食は混むので、行けるかはわからない俺の席を取っておいてもらうのは友達にも悪いし、座れず待たせてしまう生徒達にも悪い。

 

 だったら俺が一人で食べればいいやという、なかば投げやりな考えだ。


 定食を受け取るまでには席が空けばいいなー、と前向きに考えていたが、残念ながら現実はそう甘くはなかったようだ。

 空いたとしても、俺と同じように飯を持って徘徊している生徒達に座られてしまう。


 ……にしても今日はやけに混んでいる。


 何かイベントでもやってんのか? と思ったところで目の前の席が一つ空いた。


 向かい合って食べる二人席で、立ったのは一人だがなりふり構っていられない。

 向かいが立ち上がることを確認せずにトレーを置いて、腰を下ろしながら顔を見る。


「ここいいですか?」


 俺が相手を認識したのはしっかり椅子に尻が着いてからだった。


 俯き加減に片目をちらりとこちらへ向けて食べ物を飲み込む彼女。


「……どうぞ」


 決して大きな声でなく、それでも食堂の喧騒をすり抜けしっかりと聞こえてくる淡々としていて、どこか冷えた声音。


 相手は椿姫だ。


 予想外の相手に思わず置いたトレーに手が伸びるが、ここで逃げると後に面倒なことになると腹を括る。


「悪いな」


「別に。私の席ではないから」


「そ、そうか。はははっ……」


 軽い挨拶をしてから食事を始める。


 さてはて、どうしたものか。


 まさかたまたま座った席の向かいが椿姫だとは。

 急いでいたとはいえ自分の甘さに腹が立つ。


 しかしなぜ椿姫が一人で?

 いつもは友達四人で食べていたはずだ。一人でなんて見たことがない。

 いくら今日の食堂が混んでると言えど椿姫達が別々で食べることはない気がするが。


 直ぐに先ほどまでこの席にいた人を確認しようとしたが、既に姿は見当たらない。

 果たして椿姫の友達だったのか、それとも知らない人か。


 先に食べ終わって直ぐにいなくなったところを見ると友達じゃないんだろうけど。

 

 と、どうでもいい悩みは置いておく。

 今はこの状況をどうにかしなければいけない。

 

 昨日、椿姫の下着を覗いたことを謝るべきか?


 はたまたそれは置いておいて、朝自転車に乗せてくれたことに感謝するべきか。


 そんな思考を巡らせながら、カレーをパクり。

 ぐぬぬ、好物なのに味が全くしない。


 昔はあれだけ仲が良かった椿姫にここまで気を遣うとは。


 ちらりと椿姫を覗き込むと、教室で見るいつもの彼女。

 感情があまり見られない表情で黙々と箸を進めていた。


 ふわふわの卵焼きが箸に挟まれてぎゅっと縮まる。

 美味しそうなそれを目で追いかけていると、薄い唇が開き口の中に吸い込まれた。

 ゆっくりと咀嚼している口元。

 ごくりと飲み込み食べ物が繊細そうな喉を通過するのが窺える。


「あまり、食べているところを見ないで欲しいのだけど」


 視線を逸らして微かに頬を朱色に染めている椿姫。


「わ、悪い。懐か……。美味しそうだったから」


 食べられている所はあまり見られたくないもんだ。

 それも異性にまじまじと見られるなんて、セクハラで訴えられるレベル。


 誤魔化すように俺もカレー口に含む。


 椿姫は、今度はちくわの煮物を口に含んだ。


 ちくわも美味しそうだ。そして、懐かしい。


 椿姫は自分で作ったお弁当を持って来ている。


 二段の小さいお弁当箱に入っている色とりどりのおかずは、俺も昔、椿姫に作ってもらって食べていたもの。


『いつも守ってくれるから……。なにか明良くんにしたい』


 そう言って始めたのが料理だった。


 最初のうちは親に教わって作っていたが、慣れたらとにかく俺の味覚に合わせてくれていた。卵焼きは甘い方が良いと言えば砂糖を多めに入れて、焼きそばは濃いめと言えばソースたっぷりの焼きそばが出てきた。


 もちろんはじめのうちは味が濃かったり薄かったりでうまくいってなかったが……。


 中学生の頃には、俺の胃袋は完全に椿姫に握られていたと言っても過言ではない。


 大人しい椿姫が活き活きとした表情を見せるのが料理をしている時だった。


 だから俺もあれこれ色んな注文をしたりして。


 美味しいと伝えると嬉しそうに笑う椿姫が見たくて、妥協のない採点をしていた。


 思い返していると、ますます目の前にある食べ物が美味しそうに見える。


 色々な感情が混ざり合っているせいか身体が微かに震えてきた。


 堪える様にカレーを食べるが、なぜか視線が椿姫のお弁当から離せない。


 美味しそうな卵焼きが持ち上げられ。


「あっ」


 箸から滑り落ちてテーブルへと落下する。


 椿姫は逡巡した後、食べない方がいいと判断したのか、蓋の上に卵焼きを置く。


 ……食べないのかな? 卵焼き。そりゃまあ机の上っていってもあんまり綺麗じゃなさそうだし、無理に食べる必要はないから食べない方が安全だよな。美味しそうだけど、そうだなぁ。


「そんなに食べたいのなら。食べていいけど」


「あっ、いや。これは」


「落ちてしまったから、腹を下しても知らないけれど」


「ああ、まあ。そうだよな」


 勿体ない、とは思うが落ちたもの食べる意地汚い奴だとは思われたくない。


 思われたくないが。


「……食べさせてあげましょうか?」


「へっ? いや、なんで」


「食べたそうに見ているからよ」


 自覚はなかったがジッと落ちた卵焼きを見つめてしまっていたらしい。


 すぐにカレーに手を伸ばして誤魔化そうとした。


 その時。


「はい。口開けて」


 椿姫が卵焼きを摘まんでこちらに向けてきた。


「それは、流石に」


 これはいわゆる『あーん』という行為だ。


 女の子に食べさせて貰うという、よく付き合ってるカップルがやる甘々な青春。


 いきなりそんなことをされても困ってしまう。


 周りの生徒達がちらちらこちらを見始めているし、それになにより恥ずかしい。


 もしこの卵焼きを食べた後、なんて椿姫に伝えればいいのか。


「なんてね」


 卵焼きが引っ込められる。


 その前に俺の身体は勝手に動き、椿姫の箸ごとパクリと卵焼きに齧りついていた。


 自我が止めろと訴えているのに身体が勝手に動いた事。と言っても信じてもらえないだろうが、そんな感じ。


 何をやってるんだと考えるより先に卵焼きの味や栄養が俺の身体を駆け巡る。


 懐かしい味に感動しているせいか、電流が駆け巡るよう全身が微かに痺れる。


「やっぱり美味いな、椿姫の料理は」


 ぽろりとそう零れた。


「そ、そう」


 椿姫はどんな思いで俺を見ていたのか。


 すぐにお弁当と箸を片付けてその場を後にする。


「待ってくれ椿姫!」


 呼び止めると、椿姫はこちらを首だけで振り返る。


 逃げる椿姫を勢いで止めてしまったが、言うことは考えていなかった。


 しかし、このままだと気まずいので……。


「お、美味しかった。また、作ってくれると嬉しいな。もちろん、いまとか、直ぐじゃなくて」


 無理矢理言葉を出した結果がこれだった。


 自分でもよくなにを言っているかはわからない。


 それでも俺の気持ちが伝わればと思ったが。


「そう」


 椿姫はそれだけ言ってその場を後にした。


 なぜ椿姫の顔が真っ赤だったのか。


 冗談で出した卵焼きに俺が齧りついてしまったせいか、或いは……。


「また卵焼き食べたいなぁ」


 そう考えながら食べたカレーは、少し物足りないものだった。

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