11本当の 私
秋藤椿姫
勉強休憩。
といっても今日の私は何も学べていない。
ノートを見れば大量に並ぶ『明良くん』の文字。
どれだけ数式を解こうとしても明良くんの波動を感じて集中できない。
今もそう、お菓子の味なんてわからない。
ただ、明良くんが触れたポテトチップス、明良くんの指が掠ったマシュマロを食べることで明良くん成分を摂取するので精一杯。
明良くんこそが最大の調味料。脳みそがとろけるほど美味しい……。
「椿姫はさ」
「なにかしら?」
「いや、なんでもない」
ははっと、何かを誤魔化すように笑う明良くん。
その顔を見たのは、初めてじゃない。
中学2年生の時、私を避け始めた時も見せた笑顔。
本心を喋ろうとして、思い止まってしまった表情。
「なんでもなくない」
「へっ?」
もう繰り返さない。
待つばかりの私じゃないから。
明良くんが来てくれないなら、私から行く覚悟はできてる。
「無理にとは言わないけど、私に対して何か言ってくれるならなんでも言って欲しい」
恥ずかしいから目を見ては言えないけど、それが私のホントの気持ち。
「椿姫は変わったなって、思っただけだよ」
伝わったのか、明良くんはあっさりと続きを口にしてくれて。
それが言い止まる意味がわからなくなるほどの言葉で。
「変わった? 私が? それは成長したけれど」
変わった自覚はない。
外面は作り上げてるけど、中身はそのまま。
身体は、自分で言うのも恥ずかしいけど成長してるけど。
「見た目はそうだけど。喋り方とか性格もさ」
喋り方? 性格……?
「昔は甘えん坊だっただろ? 菓子の時も『食べさせて』って言ってたし」
「それはっ。そうだった、けど」
言ってる意味がようやくわかった。
私は変わってない。
アヤメちゃん接している時が本当の私で、子供の頃のまま。
『秋藤は相変わらずだね』
ってずっと言われてる。
けど、明良くんには外面で対応してる。
だから明良くんは私が変わっちゃったって思ってるんだ。
「まあ変わったって言うか、椿姫の言うとおり成長かもな」
違う……。違う……。違う!
本当は違う! なにも変わってない!
昔みたいに砕けた喋り方でお話したいし、何気ないことを本音で言い合いたい。
表情は固めてるけど、心の中でいつも焦ってるし、その表情を見て欲しい。
私の本音と本心を知って欲しい!
「まあ変わったって言うか、椿姫の言うとおり成長かもな」
成長でもない!
ただ、ただ、私は……。
本当の私を前面に出して、明良くんに嫌われないかが恐いだけ。
明良くんに甘えて、頼りっぱなしで、子供みたいに燥いで、手間を取らせて。
その姿を見せて、明良くんがまた離れちゃうんじゃないか?
そう思ったら、今の外面が外せなくて。
「じゃ、じゃあ食べさせて、くれる?」
それでも明良くんに知って欲しい、私は変わってないってこと!
明良くんに甘えたい。構って欲しい。守って欲しい。好きでいて欲しい。
だから。
「べ、別にいいけど」
そう言って明良くんは並べられたお菓子を見つめる。
食べさせてくれる時に指を舐められそうにないポテトチップ。0点
食べさせてくれる時に指を舐められる可能性はないけど、ポッキーゲームに発展する可能性があるポッキー&プリッツ。希望を込めて50点。
食べさせてくれる時に高確率で指を口内に押し込められるマシュマロ。100点!
絶対にマシュマロ! マシュマロ! 他に選択肢なんてない!
マシュマロなら口移しでもいい! むしろ口移しの方が食べやすい!
むしろ私がマシュマロになって明良くんに食べられたい!
こんなとき、昔の私だったら『マシュマロがいい!』って言えたのに。
今の私は、色んなことを考えて、卑しいと思われたくなくて、それを言えない。
けど、けど、絶対にマシュマロ!
それでも明良くんの手がポッキーに伸びる。
それはダメ! ポッキーゲームに行けばいいけど、明良くんからそれをしてくれる可能性は低いからダメ! 止めて!
願いが通じたのか、手の行き先がポッキーからマシュマロへ!
それそれマシュマロ! 明良くんの手でふにふにしたマシュマロ! マシュマロなしで明良くんの手の方がいいけど、妥協してマシュマロ!
の筈が、コースが逸れてポテトチップスへ。
ないないないない、それはないよ明良くん。
万が一にもそれはない。
あぁ、やっぱりマシュマロ! それそれ!
「そいじゃ、ほい」
「っ!」
差し出されたのはポッキー。それもポッキーゲームが始まらないただの棒。
悔しい。けど、ここで不貞腐れる訳にはいかない。
そんな子供な部分を見せるのは可愛くないから。
チョコの部分をさくさく食べて、明良くんが掴んだ部分を口の中でペロペロ舐める。
このまま延々に舐め続けたい。けど、その思いは届かずとけてしまった。
「なにを笑っているの?」
私はこんなに悲しんでるのにっ。
「いや、本当に椿姫は成長したなって思ってさ」
またそれ。
変わったよ。本当に。ただ、本当の私は子供みたいだから。
「そんなに、私は」
変わってない。って言っても信じてもらえない。
まだ本当の私で明良くんと接するのは恐いから。
だから。
「ここに座って」
「なんだよいきなり」
「いいから」
ベッドを背もたれにして明良くんと並んで座る。
こうしてるだけで、昔の記憶が蘇ってくる。
心の中で深呼吸をして、床に置かれた明良くんの手を、そっと握る。
「な、なんだよ本当に」
返事は、できない。
私より大きい明良くんの手。
友達と手を繋いでいるのとは訳が違う。
ただ手を触れているだけなのに、目が開けられなくなるほど緊張して。
胸が痛くなるほど心臓の鼓動を感じる。
私の手よりも大きくて、ゴツゴツしてて、頼もしい。
「覚えてる? 小学5年生の時も、こうして同じことしていたの」
「5年の……。ああ、違うクラスになって椿姫が大泣きした時か」
「っ!」
良い思い出ばっかり蘇って、なんでこうなったかは置き去りにしてた。
恥ずかしい……。けど、小さい頃にもこうしてた。
明良くんの手を握って、ずっと泣きながら駄々を捏ねてて。
同じクラスになれないのなら、ずっとこうして2人でいたいって
「私は、変わってないよ。恥ずかしいから、今はこうだけど」
「じゃあ、いまお腹空いたって言ったら?」
そんなこと言っても、この手は絶対に離さない。
明良くんとずっとこうしていたいから。
私は、我が儘で、甘えん坊だから。
大好きな人の手を強く握る。
「明良くんは、どっちの私がいい?」
「どっちがいいって言われると、どっちもいいな」
「そっか。なら、それでいいけれど」
ありがとう、察してくれて。
今はまだこんな口調で、表情を表に出せないけど。
いつか、明良くんの気持ちがもうちょっとわかったら。
私の想像じゃなくて伝わってきたら、きっと本当の私で接したいから。
明良くんの手をもっと強く握りしめた。