11成長と 変化
佐野明良
勉強休憩、ということで適当にお菓子を並べてモグモグ食べる。
のはいいのだが、何を話せばいいのかわからない。
小さい頃、椿姫となんの話しをしていたか?
河川敷で遊んだり、雪遊びをした思い出はもちろんある。
けど、部屋で一緒にいる時はなにを話していたか? というと覚えていない。
ちらちと椿姫を覗き……。チビチビお菓子を食べている彼女から目を逸らす。
いや、ほんと。小さい頃はよく椿姫を意識しないでいられたと思ってしまう。
もし幼馴染みじゃなかったら高嶺の花のクラスメイトで終わってた。
挨拶されただけでその日が楽しくなるレベルの存在の違いだ。
引き込まれる蒼眼にシャープな顔立ち。
お菓子を食べる仕草ですら気品を感じてしまうのは、実際にそうなのか、或いは容姿によるものなのか。
昔はアイスクリームを鼻に付けてたのになぁ。
「椿姫はさ」
変わったよな。
その言葉が出かかったが、それを止める。
変わった。なんて俺が言えたことじゃない。
結果論だが、俺が避けていたことで椿姫は変わったかも知れないのだ。
もし一緒に居続けていれば、落ち着いた雰囲気を纏い、美しさを感じる椿姫にはならなかった可能性もある。
人見知りで、身内だけになると子供みたいにはしゃいで、甘えん坊の椿姫のままだったかも知れない。
「なにかしら?」
真っ直ぐにこちらを見据える視線も、昔より幾分か鋭い。
「いや、なんでもない」
ははっと笑いながら誤魔化して、お菓子をひとつまみするが。
「なんでもなくない」
「へっ?」
予想外の言葉に変な声を出してしまう。
「無理にとは言わないけど、私に対して何か言ってくれるならなんでも言って欲しい」
微かに目を伏せて、寂しそうにそう言う椿姫。
なんでも言って欲しい、か。
そうだよな。なんでも言わないと伝わらないんだもんな。
それで椿姫に迷惑かけたわけだから。
「椿姫は変わったなって、思っただけだよ」
「変わった? 私が? それは成長したけれど」
言いながら自分の身体を見る椿姫。
「見た目はそうだけど。喋り方とか性格もさ」
口調に距離を感じてしまうのは、俺の主観かも知れない。
それでも前の口調はもっと砕けてて、気持ちがよく伝わってきてて。
なにを考えているかがすぐにわかってた。
それが今の椿姫は、いまいち何を考えているかがわからない。
慎重というか、他人行儀というか。
表情も昔に比べると表に出なくなっている。
「昔は甘えん坊だっただろ? 菓子の時も『食べさせて』って言ってたし」
「それはっ。そうだった、けど」
雛鳥みたいに服引っ張って、こっちを見てきて。
よく食わせてやってたな。
俺の方が小さいぐらいだったのに。
「まあ変わったって言うか、椿姫の言うとおり成長かもな」
流石に高校生でも『食べさせて』ってお願いしてこないか。
「じゃ、じゃあ食べさせて、くれる?」
幼い頃の恥ずかしい話しで顔を真っ赤に染めている秋藤が、俯き加減にこらを見る。
……逆に。逆にこの歳だから有りより有りって話しか? もしかして。
いや、まあ、そうだよな。一緒に勉強する仲なんだから『あーん』は有りか?
「べ、別にいいけど」
椿姫にあまり弱さを見せたくないのが正直な所。
『恥ずかしいから』
なんて断るわけにはいかない。
卓袱台に広げられているお菓子は三つ。
どこにでもあるポテトチップ。
少しだけお洒落を意識したポッキー&プリッツ。
そして女の子に媚びすぎて逆に不自然なマシュマロ。
ポテチ、はさすがにないな。こんなのを差し出すのは頭が可笑しい。
となればマシュマロ?
いやこれはあれだ。小さすぎる。
どれだけ先端を持っても食べさせた時に接触する恐れがある。
ま、まあ。俺は別に椿姫に指先をちろりと舐められるぐらいいいんだが?
しかし椿姫に『小さいのを選んだ。やましい』と思われてしまうのは心外だ。
となればポッキー。むしろ最初から選択肢がなかったと言える。
そんな思いでポッキーに手を伸ばすと、なにか熱い視線を感じた。
目だけを向けると、なぜか椿姫が寂しそうな顔をしている。
理由がわからん。
が、なんとなくマシュマロの方に手を進ませるとパッと表情が晴れた。
念のため今度はポテチに手を伸ばすと、若干引いてる表情が見え、再びマシュマロに向かわせるとパッと表情が晴れた。
……あれ? 椿姫? それ、わざとやってる? あれ?
試しにもう一度ポッキーに行くと表情が曇り、マシュマロにやるとパッと晴れる。
マシュマロだ。椿姫が食べたがってるのは間違いなくマシュマロ。
単純にいま食べたいのがマシュマロなのかなんなのかわからない。
だが、椿姫はいま猛烈にマシュマロを欲している……気がする。
けどマシュマロを選択して大丈夫なのか?
不慮の事故で指先を舐められるのはいいとしよう。
あの時みたいに指先を舐められて、加えられて、甘噛みされて。
その表情を正面から見て、それで大丈夫なのか?
頬を朱色に染めて指を加えられた状況で、こちらを上目遣いで見られる。
学校で見る冷たい表情ではなく、小さい頃を彷彿とさせる甘えた表情で。
恥ずかしくてろくに目すら合わせられない状況なのに……。
「そいじゃ、ほい」
「っ!」
無理だ。我慢できない。この状況で椿姫にそんなことをされたら。
自分がどうなるかわからない。
そんな思いでポッキーを差し出す。
椿姫はどこか不服そうに頬を膨らませてはいるが、パクリと加えた。
その様子を見て思わず笑ってしまう。
「なにを笑っているの?」
「いや、本当に椿姫は成長したなって思ってさ」
小さい頃だったら、素直に『マシュマロ!』って言ってたからな。
表情に出るところは変わってないみたいだけど。
「そんなに、私は」
椿姫は食べ終えてから。
「ここに座って」
「なんだよいきなり」
「いいから」
椿姫に言われたとおり、ベッドを背もたれにして座ると、椿姫も隣に来た。
肩が触れ合いそうな距離に、床に置いていた手がいきなり重ねられる。
いきなり肌が撫でられぞわっとしたが、優しく掴まれると恥ずかしさに変わる。
「な、なんだよ本当に」
返事はない。
それでも椿姫は頭をこちらに傾けて、俺の肩へと乗せる。
ふわっと甘い香りが鼻孔を擽り、手に感じる熱さで鼓動が激しくなっていく。
「覚えてる? 小学5年生の時も、こうして同じことしていたの」
「5年の……。ああ、違うクラスになって椿姫が大泣きした時か」
「っ!」
息を飲むのが聞こえる。
顔は見えないが、耳まで真っ赤になっているのが髪の隙間から見える。
5年のクラス替えで初めて違うクラスになって、椿姫が大泣きしたんだよな。
嫌だ嫌だ、一緒がいい一緒がいいって聞かなくて。
泣きやんでようやく解放されると思ったら、こうして手を繋いで動かなくなった。
トイレに行こうにも愚図る椿姫に言い出せず、危うく漏らすとこだったんだ。
最終的には椿姫が疲れて、今みたいに俺に寄り掛かったまま寝ちゃった記憶がぼんやりとある。
「私は、変わってないよ。恥ずかしいから、今はこうだけど」
恥ずかしいから今はこう、か。
「じゃあ、いまお腹空いたって言ったら?」
意地悪に聞くと、手を握る力が強くなる。
昔と同じ。離してくれないってことだ。
「明良くんは、どっちの私がいい?」
「どっちがいいって言われると」
幼い頃の甘えん坊な椿姫と、今のクールで落ち着いている椿姫。
「どっちもいいな」
いずれは、どっちの姿も見せてくれるだろうから。
「そっか。なら、それでいいけれど」
更に握る手が強くなる。
重ねられているので俺から握る返すことは出来ない。
このドキドキする感がいつまで続くのか……。
なんて、そんな気持ちまで昔のまんまだ。
小さい頃は漏らすんじゃないかってドキドキだったんだけどな。