10予想外の 誘い
秋藤椿姫
やっぱり中学の頃とは違う。
今の友達と遊ぶのは楽しい。
アヤメちゃんの言う通りかも知れない。
明良くんのことは好き。大好き。愛してる。
学校が終わったら絶対明良くんと一緒にいようと思ってた。
告白してもらおうと思ってた。
けど、友達に遊びに誘われて、アヤメちゃんに言われたことを思い出して、一緒に遊んで。
やっぱり楽しかった。
これからも、できれば友達として過ごしたい。
お風呂でそんなことを考えて、部屋に戻ってスマホを見る。
「ラインだ。誰からだろ?」
楽しかった! また遊ぼうね!
という連絡はよく来る。
最初は必要かな? と思ってたけど、くれない友達と遊んだ後、もらって嬉しいものだと気付いてしまった。
くれる子は、一緒に楽しんでいてくれたんだって思えるから。
けど、来てた連絡は違っていて。
そしてそれは明良くんからのもので。
『テスト勉強一緒にしないか?』
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えっ? えっ? えーっ!? えええのえー!?
明良くんからデートの誘い! 明良くんから? 明良くんから!
いやいやいやいや! いやーいやー! 全然いやじゃないけどいや!
明良くん好き! 愛してる! やっぱり明良くんさえいれば誰もいらない! 地球なんでどうなってもいい! 宇宙空間で永遠を過ごすことによって時間という概念を超越したモノに進化していく過程で2人で1つの生命体になりたい!
「はっ!」
あまりの嬉しさで意識が飛んでた。そのうえ思考が低下してた気がする。
気付けば既読をつけてから20分が経過してる。
早く返信しないと!
「えっと、えっと……」
なんて返していいかわからない!
嬉しいしもちろんOKだけど、なんて返していいかわからないよ!
もしよければ今からでも一緒にいたいけど、なんて返していいかわからない!
「好きです……じゃない。愛しています……これも違う。今日も一緒に寝たい……違う。今度は思い切り抱きしめて……でもない。次に会った時は覚悟してます……これでもない。私になんの勉強を教えて欲しいのかしら……絶対に違う!」
あーもうわからない! なんて返していいかわからない!
「そうだ!」
こういう時こそアヤメちゃん!
すぐに電話をすると。
「もしもーし? なにさ。こんな時間に」
「アヤメちゃん! 明良くんが明良くんで! テストの明良くんだから私が明良くんなの! だから一緒に明良くんが明良くんで明良くん! それでアヤメちゃん!」
「あー……そ。誘ってくれてありがとう、是非。とでも返しておけば? それからは流れで」
「流石アヤメちゃん! ありがとう!」
「寝不足にならないように早めに寝なよ。夜更かしは肌に悪いかんね」
「っ! 頑張る! あと、好きだよ、アヤメちゃん!」
「へいへい」」
すぐさまアヤメちゃんに教えてもらった通りに返信すると。
『じゃあ明日の13時に。俺んちでいい?』
明良くんの、部屋?
あまりの幸せに意識が遠のいていく。
「待って、あと、ちょっと、だから。もって、私の、意識……」
必死に指を動かして。
『わかった。』
送信ボタンに指が触れた――ところで私の意識は吹き飛んだ。
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ぶおぉーん。という掃除機の音で目を覚ます。
時間を確認すると10時。
昨日は確か……なんだっけ?
目ぼけ眼でスマホをいじって、なんとなくラインを開いて。
「そうだ! 明良くんと! 13時!」
いま10時だからあと3時間しかない! 早く準備しないと!
すぐさまシャワーを浴びて身体を入念に綺麗にする。
すぐに髪の毛を乾かして部屋に戻って服選び。
こんな時のために明良くん好みの服は何個も揃えてある。
すぐに選んで姿鏡で全身を確認。
身なり確認……よし!
鞄に勉強セットを入れて……残り1時間。
意外に時間がなくなっちゃったけど。
「遅刻しないように行っておかないと」
明良くんの家までは多めに見積もって徒歩1分。
今から出ても59分前の到着。
明良くんの誘いなんだから全然はやく着いたなんてことはない。
そうと決まれば明良くんの家へ。
玄関前ゆっくりと待ってあっという間に12時40分になった。
十分前行動の十分前だからもう大丈夫。
気持ちを落ち着けて、チャイムに手を伸ばし。
「う、動かない」
押せば明良くんに会える。
そして勉強の時間が始まる。
待ちに待った明良くんと一緒に過ごせる時間。
それなのに。き、緊張で手が動かない。
行け! 行くのよ椿姫! 明良くんが待ってる! だから!
自分に言い聞かせてもあまりの緊張で身体が動かない。
金縛りのように動かない身体と戦うこと数分――扉がいきなり開いた。
「つ、椿姫」
顔を覗かせたの明良くん。
まるで悪魔に囚われた私を助けに来てくれた王子様。
いつもの部屋着はジャージなのにしっかりお洒落してて格好いい! 好き!
「どうしたんだ? こんなところで」
「……いえ。ちょうどチャイムを押そうとしていたところだけど」
「そ、そっか。悪いな、変なタイミングで。入ってくれ」
言えない。会うのが幸せ過ぎてチャイムが押せなかったなんて。
絶対に変な子だって思われちゃうから。
「飲みもの持ってぐから。先に行っててな」
「ええ」
明良くんがリビングに行ったのを確認してから足早に明良くんの部屋へ。
まず体感するのは明良くんの香り……が、しない!
なんで? なんで? なんで!
なんで明良くんの香りがしないの!
好きなのに! 明良くんの香りが世界で1番好きなのに!
壁に掛かった制服に顔を埋めて吸い込む……けど、やっぱりしない!
すぐに部屋を見渡して――見つけたのは芳香剤。
貴方ね……。貴方なのね、明良くんの香りを消しているのは!
憎い! 憎い! 憎い! けれど、それは明良くんがよしとして置いた物!
心が震えるほど悔しいけど、頭を思い切り振るほど悔しいけど。
しょうがない。
そこで階段をあがってくる足音が聞こえて来た。
すぐさま座布団にすわって背筋を伸ばす。
乱れた髪を手櫛で整えて深呼吸。
机の上に麦茶を置いてから勉強道具を広げて。
「さっそく始めるか」
勉強を始める。
……やっぱり悔しい。明良くんの香り、大好きなのに。
でもダメ。明良くんの香りが好きなんて言ったら引かれちゃうかも。
けど、けど。
「匂い」
「ん? どうした?」
「芳香剤の匂いが、少し苦手で」
「わ、悪い! そうだよな! ちょっとアレだったよな!」
気を遣って明良くんはすぐさま芳香剤を仕舞ってくれる。
「よく紗雪に臭いって言われるからさ。そうだ! 今度一緒に買いに行かないか?」
「はい」
デートの誘いに脊髄反射で返事しちゃった。
けど違う! ダメ! ダメなの! ここで気持ちを伝えないとダメ!
「……いえ、それは、ちょっと。言いにくいのだけど」
だって芳香剤なんて使って欲しくない! 明良くんは使う必要なんてない!
だから一緒に買いに行く必要なんてない!
そう思っていると、明良くんの顔が真っ青に染まっている事に気付く。
まるで絶望の淵にたたき落とされたような……。
「あっ。ち、違うの! その」
そうだ、最初返事した通り明良くんは買い物に誘ってくれたんだ!
でもそれは芳香剤ので、だから一緒にはいけなくて。
えっと、えっと……。
「私。明良くんの、香りが、昔から好きだったから。だから、そっちを嗅がせて欲しいっていうか」
覚悟を決めて、気持ちを伝える。
明良くんの香りが好きだから、嗅がせて欲しいと。
今すぐに。
「そ……。そういうことか! なんだよかった。よかったよかった」
誤解がとけてよかった。
「じゃあ、いい?」
「えっ? まあ、いいってことになるな」
よかった、明良くんに引かれないで。
ということで明良くんの懐にお邪魔する。
「なにを」
顔が近付くと唇に向かいそうになるが、今回は違うと身体を動かす。
首元に鼻を近付けて、明良くんの香りを堪能する。
懐かしい香りが脳を突き抜ける。思わず意識が飛びそうになるけど、それを堪える。
幸せ……。でも、あれかな? 鼻呼吸だと毛で明良くん成分が半減しちゃうかな?
ということで最後はしっかり口呼吸で明良くんの成分を身体に摂取して。
「ごちそうさ」
違う! そうじゃないよね!
「いえ、ありがとう。さ、勉強をしましょうか」
「お、おう。そうだな」
冷静を装ってペンを走らせるも、頭に何も入ってきていない。
気付けばノートは『明良くん』の文字で埋め尽くされていた。
バレないようにすぐさま次のページへ。
気持ちを落ち着かせようと麦茶を飲んで。
「ふぅ……。よし」
「ふぅ……。よし」
「ん?」
「ん?」
重なる声に正面を見ると、目が合った。
か、かっいい……王子様ぁ……。
「べ、勉強するか」
「そ、そうね」
すぐさま勉強を再開させた。