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1始まり と 仕込み

 私には愛している人がいる。


 佐野明良くん。


 運命的に同じ歳で、神が性を育めと与えたと言える同じ高校のクラスメイトで、将来は同じ屋根の下で過ごせとの啓示と言えるお隣さんで、誰にも切れない赤い糸で結ばれた幼馴染み。


 もう高校生だけど、明良くんと初めて会った瞬間からこれまでの全てを鮮明に覚えてる。

 

 家族以外のみんなが恐くて物陰に隠れていた私の手を引っ張って色んな景色を見せてくれた。

 春が来れば桜の木の下でお花見をしながら愛を誓い合い、夏は虫取りをして汗を掻いたからとお風呂場で裸を見せ合った。秋は焼き芋を食べてお腹いっぱいになり、子作りのように一緒のお布団で寝て、冬には雪でかまくらを教会と見立てて婚約を誓った。


 小学生になってもその関係は変わらなかった。


 ハーフという外見で浮いてしまった私を優しく導いてくれた。

 男の子から厭らしい目で見られた時は、前に立って守ってくれた。

 女の子から嫌がらせをされた時も、懸命に誤解を解いてくれた。


 彼がいなかった私は虐められたと思う。


 自分の外見が浮いている自覚もあったし、極度の人見知りだったこともわかってた。


 けど、明良くんがいたから平和に過ごせたし、友達もたくさん出来た。


 だから、ずっと一緒にいられると思ってた。


 結婚出来る年齢になったらすぐに籍を入れて、永延に二人で過ごすと思っていた。


 中学二年生になったあの時までは。


 中学二年の時、明良くんと違うクラスになったのは初めてで凄い不安だった。


 なんで先生はこんな意地悪をするんだろう?

 私達はずっと一緒にいる運命共同体なのに。


 はじめはそう考えたけど、


『寂しいけど、お互いに楽しもうな! 椿姫も頑張って友達つくれよ!』


 明良くんにそう言われて考えを改めた。


 結婚したとしても、離ればなれになる時間はある。

 一瞬たりとも離れない関係なんてない。

 これは私達に与えられた試練。

 その予行練習なんだって。


 人見知りは直ってないけど、明良くんに褒めてもらうために友達を作ろう!

 これまで協力してもらった成果を見せて心配させないようにしよう!


 そう考えて張り切ってたけど、意外とすんなり友達は出来た。


 進級初日に色んな人に話しかけられて、気付けば私の周りには沢山の人がいた。

 答えにくい事を聞いてきたり、テンションがずっと高かったりで、一緒にいるのに気を遣ったけど、楽しく喋っている姿を明良くんに見てもらえれば褒めてもらえると思って我慢した。


 だけど、結果は違った。


 体操服の明良くんが廊下から私を見てるのに気付いたから必死に笑顔を作った。

 小学生の時の友達と違って身長の事とか、髪の毛の事とか、胸のことか……。

 答えにくい事を沢山聞いてくる。

 なにもないのに異性に触れられると気分が悪くなる。

 周りで騒がれると頭が痛くなる。

 

 それでも笑顔を作って、必死になって成長した私を見せようとした。


 その日から明良くんに避けられるようになった。


 意味がわからなかった。

 なんで? なんで? なんで?

 そんな疑問が頭の中をぐるぐる巡っていた。


 仲の良い友達に相談して、気を遣う友達にも遠回りに質問して、お母さんに相談したり、お父さんに相談したり、明良くんの両親にも相談して、夜遅くまで自分の中で考えて……。


 思春期の男の子ということを知った。


 女の子と一緒にいるのが恥ずかしい時期、っていうのが男の子にはある。


 だから明良くんは私を避けてる。


 現に明良くんは私だけじゃない。他の女の子ともあまり仲良くしてなかった。

 

 小さい頃からの女友達に話しかけられた時も言葉少なめで、顔を赤くして足早にどこかへ言ってしまう。


 だから、思春期の男の子。


 中学で出来た友達は不釣り合いに気付いたとかよく分からないことを言っていたが、笑って流しておいた。


 だって、私と明良くんは運命共同体。

 産まれた時から一生を共に過ごす。

 それは今だって変わってないことだから。


 でも、それでも私はショックだった。


 今まで通り明良くんと一緒にいられない。


 手を繋げないし、ご飯を食べられない。頭を撫でてもらないし、笑顔を向けてもらえない。


 だから……。だから、少し意地悪をしようと思う。


 高校に入ってから、ようやく明良くんが私に声を掛けてこようとしてる。


 中学の時より私に視線を向ける数は確実に増えてて、何度か喋り掛けようともしてくれてた。だから、思春期が終わって、また元の関係に戻りたいって思ってくれてるんだってすぐに気付いた。


 嬉しすぎて顔がニヤけてしまいそうになる。気持ちを爆発させて明良くんに抱きつきたい。また一緒にお風呂に入ったり、お布団で寝たりしたい。ご飯を食べさせ合って恥ずかしい思いをしたり、手を繋いで冷えた心を温め合いたい。


 昔とは違う。高校生だからそんなことをすればどうなるか、理解してる。


 それを踏まえても私は明良くんと昔みたいに過ごしたい。


 過ごしたい、けど、それは少しお預け。


 少し意地悪をして、そして……。


 本当の気持ちを確認したい。


 明良くんは私の事を愛してくれてる。ただ思春期だっただけ。


 そう思っているのに、そう思え切れていない私がどこかにいる。


 矛盾していることはわかってる。


 私は私のことも、明良くんのことも信じ切れていない中途半端者。


 私は明良くんの事を愛している。


 明良くんも私のことを愛してくれている。


 そう強く想っているけど、信じ切れていない自分がいる。


 だから、明良くんの言葉が欲しい。


『あの時は思春期だった。俺は椿姫の事が好きだ』


 その言葉を引き出したい。


 薄暗い部屋が更に暗くなった。


 さっきまで私の部屋を照らしていたのは、隣の家、明良くんの部屋から漏れるほんの僅かな光だけ。


 その光が消えた。


 スマートフォンを取り出してデジタル時計が一分たったのを確認してから立ち上がる。

 正面には明良くん部屋。カーテンが閉められていて中は見えないけど、明かりは消えてる。


 いつもの通り、お風呂に行ったに違いない。


 明良くんがお風呂に行くのは、遊びに出掛けたりしてない限り二十一時。

 何度も何度も確認したことだからわかってる。

 念のために一分待ったけど、戻ってくる気配はない。


 私は先端に吸盤が付いたアルミパイプを持って窓を開けた。四月の涼しい風が髪を靡かせたが、そんなことは気にもせずアルミパイプを数メートルの距離しかない、明良くんの部屋の窓に押し付けて、ゆっくりと空けていく。


 この時期は普通に過ごす時は窓を閉めるけど、お風呂上がりは暑いから窓を開けていく。それが明良くんの習慣。ついでに言えば、二階だから窓を閉めても鍵を閉めないということも調べ済み。


 しっかりと窓を開けて――躊躇うことなく窓の縁を蹴り飛ばして部屋に飛び込む。

 微かな浮遊感。落ちれば骨折は免れない高さ。窓に衝突すれば最悪の事態になる。

 フェンスの上に落下するのは、想像しただけで身震いしてしまう。


 でも、そんなことは百も承知。

 それでも私は明良くんの部屋へと飛び込んだ。

 ベッドに着地し微かな物音が立つ。暫く暗闇で耳を澄ませたけど、なにも聞こえてこない。


「明良くんの部屋。明良くんの匂い、久し振り……」


 暗闇になれた目で部屋を見渡しながら明良くん特有の匂いを堪能する。最近は清涼剤で掻き消されていた懐かしい匂いが鼻孔を突き抜け、身体が幸せに包まれる。


「……幸せに浸かってる暇はない」


 私は目的があって明良くんの部屋に忍び込んだんだ。

 パンツの一つ盗んでいきたいところだけど、うずく右腕を押さえて目的を果たす。


 所要時間は二分ほど。難しくない任務を終えて、視界の端に映るのはハンガーに掛けられてる明良くんのシャツ。


「ダメ、落ち着いて。もし持って帰ったら私は犯罪者。我慢。ここは我慢しなくちゃ」


 でも、明良くんのシャツを着たい。身に付けて匂いを嗅ぎながら身体を丸めたい。


 中学一年生の頃にもらったシャツはもうぼろぼろ。そろそろ新しいものが……。


 無限に沸いてくる欲求と葛藤していると、一階で物音がした。


 二階に上がってくる気配はないけど、もしかしたらお風呂を出たのかも知れない。


「落ち着いて、私」


 自分に言い聞かせてから懐に仕舞っていたスプレーを枕に一吹き。

 効果は安眠であったり快眠であったり睡眠であったり催眠であったり……。


 ともかく欲求を抑えて私は再び窓の縁に足をかけダイブする。

 無事に着地して急いで明良くんちの窓を閉めた。


 目的を果たせたと一息吐いている暇はない。


 自分の部屋の電気を点けてカーテンを開けて、暫く待機。


 明良くんの部屋に明かりが灯った。

 微かな光がカーテンの隙間から漏れているのが見える。

 その瞬間に私はブレザーを脱いでハンガーに掛けた。


 部屋にある姿見鏡を横見で確認。明良くんがこちらを見ていることを認識。

 気付かないふりをしてスカート脱ぎ捨てる。

 なるべく動きはゆっくりと、流麗に。

 ギリギリ明良くんに見えるか見えないかの角度を意識しながら。


 続けてシャツのボタンを外して肩まで脱いだ――ところで振り返る。


 目に飛び込んできたのは、上半身裸の明良くんだった。


 くっきりと見える鎖骨。シックスパックではないが、微かに割れている腹筋。

 胸元にあるのはピンク色で可愛い突起物。それが二つ。

 湿った髪の毛……水も滴るいい男。


「いや、ちがっ」


 突如として飛び込んできたアダルティックな光景に意識を飛ばされたが、戸惑いが混ざる明良くんの声に我に返った。すぐに鼻血が出ていないか、鼻の下に手を当てて確認する。


 うん。問題ない。問題ないけど……。


 予想外のサービスショットで顔が熱い。

 窓に映る自分の顔が真っ赤になっていることに気付く。


 タオルケットで身体を包んで窓を開ける。


「いつまで見てるの」


 久し振りにかけた明良くんへの言葉。

 声は震えていないか? 可笑しくなっていないか? 鼻血は出ていないか?

 不安になるけど、学校で培って来た厳しい真顔を必死に保つ。


 あまり見ていると再び窓から飛びかねないので目を伏せながら睨み付ける。


 うぅー……。


 抱きしめられたい。半裸の明良くんに。

 力一杯、この身体が軋むほどに。


「これは違う! たまたま窓を開けたら秋藤が着替えてて! 決してわざとじゃ」


 焦ってる。明良くんが、私の下着姿を見て、頬を赤らめて、必死に弁解しようとしてる。


 困ってる。照れている。興奮してる。


 どんなことを考えてるかわからない。


 でも、可愛い。


「変態」


 そう伝えて窓を閉める。あまりの興奮で閉める手に力が入っちゃったけど、つんっ、とあざとい演技はしっかりと熟してからカーテンを閉めた。


 ……なにも音は聞こえてこない。


 明良くんはいまどんな状況だろう。


 まだこっち見てる?


 私がカーテンを開けるのを待ってる?


 それとも飛び込もうとしてる?


 すぐに寝た?


 いろんな想像が止まらない。


 そして、心臓の鼓動がうるさくてどうにかなりそう。


 私はベッドにダイブしてタオルケットに丸まった。


「見たい……。見たい……。見たい……」


 いますぐ明良くんがどうなっているかを確認したい。


 けど、そんなことをしたら台無しだ。


 だから私は自分の気持ちを抑えて、枕を顔を暫く埋めることにした。

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