9知っている 怒り
小松原アヤメ
よく寝たよく寝た。
昼は秋藤に妨害されたけど、それでも授業中に寝たから充分。
寝起きであんま頭まわってないから甘いもん食いたいなー。
「今日なにする?」
「とりあえず甘いもんを」
と言いかけたところで冴えない顔した奴が下駄箱の影に隠れるのが見えた。
隠れるのが少し遅いっての。
あの感じは秋藤の事をアタシに報告しに来たんだろうね。
わざわざ自分の口で伝えに来るなんて律儀な奴。
秋藤がアタシに佐野のことを話すなんてわかりきってることなのに。
恐いもの知らずのクソガキ時代からは考えられない気遣い者になったもんだよ。
「ごめん。今日別件があった」
「そーなの? まあいいけど」
話しながら進んで佐野が隠れてるところに差し掛かると。
「よう、こまつば」
「テスト期間って半日で終わるから楽でいいよな」
「ほんとそれ。早くテスト期間にならんかなー」
……えっ? なに? 話しかけてこないの?
かぁー、根性ないねえ。アタシの友達にびびっちまってるよ。
今の佐野ならしょうがないけどさぁ。
秋藤の事なんだからもうちょっと根性見せて欲しいもんだね。
「じゃあね」
「あいよー」
友達と別れて振り返ると、佐野が肩を落として靴を履き替えようとしていた。
無邪気なガキから真面目な男に成長したって感じだねえ。
どっちがいいのかわからんけどさ。
ちょうど顔を上げるタイミングでアタシは佐野に声を掛ける。
「相変わらず冴えない顔してんね、アンタは」
「うおぉ! びっくりした!」
「ははっ。そんなビビんなよ。自分よりちっこい相手にさ」
驚かせるとびびるところは昔から変わってないのね。
その顔が面白くて何回もビビらせてたけど、やっぱ面白いね。
「で。アタシを見つめてなにしてたの? まさか告白?」
「んなわけないだろ。俺が小松原に」
小松原に、なにさ。告白する訳ないってか?
知ってるよ。アンタが好きなのは秋藤だからね。
「小松原に謝りたいことがあるんだ。それと、報告とか色々」
「ほーん……。色々ねえ」
それも知ってる。だからアンタに突っかかったんだから。
「いいよ。聞いたげる」
「悪いな」
「けど、甘いもん奢ってよ。寝起きで頭が回らないからさ」
ちょうどいいや。
不思議とパフェって自分の金で食べたいと思わないからね。
奢ってもらお。
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久々のパフェは……まあ予想通りの味。
普通に美味しいから機嫌は上々。
「そいで。話しってなにさ」
「ああ。……中学の時、避けて悪かったって謝りたくて。今さらだけど、マジでごめんな」
「別に謝るようなことじゃないっしょ。アタシだって嫌いな奴と一緒にいたくないし」
「小松原を嫌いになった訳じゃないんだ。ただ女子といるのが恥ずかしくなって」
「いいっていいって。本当になんも気にしてないから」
本当にどうでもいい。
アンタが避けてた理由、こっちは知ってんだから。
思春期で可愛い女の子といるのが恥ずかしいかったんでしょ?
可愛いアタシを避けてたなんてちょーどうでもいい。
別にショック受けてもないしね。
むしろアンタがアタシを女として見ていたことに驚いたよ。
「要件はそれだけ?」
「いや、もうちょっとある」
「ほいじゃもう1個頼むね」
これからカロリー使うから、次はちょっと高めのにしてやろう。
そうしよう。
「実は昨日、椿姫にも謝って仲直りを」
「はぁ? 意味わかんないんだけど」
知ってるよ。意味もわかってる。
ま、けどさ。それは怒らせてもらうよね?
「今さらなに言ってんの? アンタが秋藤と仲直り? 有り得ないんだけど」
「いや、それは」
「マジで言ってる? キレそう」
キレそー! ってのはないけどさ。
それは今の話しさね。中学の時はマジで頭に来てたから。
周りの視線にビビって秋藤から逃げるなんて、情けねえ腰抜けってね。
それが耐えられるからガキの頃は秋藤の前に立ってたのにさ。
「あの時のことを俺から椿姫に謝って」
「それがなに? アンタ秋藤になにしたか理解してんの? どんだけ悲しませたと思ってんのよ? それで、ようやく立ち直ったところでそれ? 身勝手過ぎない?」
「悪かったと思ってるから謝って」
「アンタの中じゃ謝ればなにしてもいいって訳だ? そんな責任感がない軽い奴なの? 普通に見損なったんだけど」
こんなこと、アタシだって言いたくない。
怒るって疲れるし、面倒だし。もう過ぎたことだしさ。どーでもよくなってる。
でもさ。言う奴が他にいないから。
しょうがないからアタシが言ってあげるよ。
「アタシを避けたのはいいけどさ。秋藤のは違うよね? どう考えてもアイツは佐野を必要としてたじゃん。それなのに避け続けたんだよ? 意味わかってんの?」
秋藤はずっと佐野のこと好きだからね。
惚れてる弱味ってやつ?
なにをされても文句を言わずにアンタを許すだろうから。
でも傷つけたのは事実なわけ。
それをなんの批難もされなきゃさ。
それは卑怯じゃん。
それに、同じ事を繰り返すかも知れないからね。
「秋藤の優しさにつけ込んでそんなことして楽しい? どうせまた飽きたらポイって捨てるんでしょ?」
「ち、違う! そんな事しない! 俺は椿姫と」
顔真っ赤にしちゃってさ。
必死だねえ、ガキの頃の元気な感じが少しは戻ってきたのかな?
それで。
「秋藤となに?」
「つ、椿姫とは……。キスをした」
「へぁ?」
はぁ? いやマジ? この流れでそれ言うの? テンパり過ぎてない?
あまりに意味不明だから変な声だしちゃったじゃんか。
ちょっと恥ずかしい気持ちにさせんなっての。
「なに言ってんの? キス? アンタと秋藤が?」
「ああ。した。椿姫の合意の元で」
「……あっそ」
いや知ってるけどさ、それは。
「っていうか小松原が河川敷で俺達を押したんじゃないのか?」
「はぁ? 意味わかんないんだけど。いま喋り掛けないでくれる?」
うるさいなぁ。気付かなくていいってそんなこと。
上手く隠れてるつもりだったけど、やっぱりダメだったか。
あそこ見晴らしいいからしょうがないけど。
友達によくわかんない草もじゃもじゃの服かりて頑張ったんだけどなぁ。
「わ、悪い」
押し切れたから良しとしとこ。
「付き合ってんの?」
「付き合っては、いない」
「なにそれ。じゃあなんでキスしたの? マジで身体目当てで」
「それはない! 俺は、椿姫のこと好きだと思うし。だから、これから、その、そういう関係になれたとか思ってるし……」
モジモジすんな気持ち悪い。
こっちは好きな人もいたことないのに2人してイチャイチャしやがって。
……なんか無性に腹立ってきた。水ぶっかけてやろうかな?
「告白すんの? 佐野から?」
「それは、まあ……」
「すんのかどうかって聞いてんだけど?」
あいったぁ……。身体に力いれたら足が机のポールにぶつかった。
まあ上手い具合に佐野がビビったからいいや。
「告白は、するよ。俺から」
おおよく言った。
でもムカつくから少しいじめてやろっと。
「なんで?」
「なんでって」
「なんでって聞いてんの」
「そ、そりゃ。好きだから」
「誰が誰を」
「俺が、椿姫を好きだから」
おぉ~。言うねえ言うねえ、この甘ちゃんがさ。
ま、言わせてるんだけど。ここまで言わせればいいでしょ。
もうコイツの照れ顔なんて見てたくないからさっさと帰ろ。
パフェ来ちゃったけど、まあいっか。
青春っぽい話して腹が膨れちゃったからね。
「ふーん……。ま、いんじゃないの」
「へっ?」
呆気にとられた顔してさ。
反対されると思ってたんだろうね。
流れからしたら反対される感じだから当たり前だろうけど。
でもま、別に言わなくてもいいアタシによく伝えに来たよ。
本当に律儀な奴さね。
「アンタもそこそこ頑張ったみたいだしね」
「俺が頑張った? なにを?」
頑張った頑張った。
あのクソガキが秋藤の隣に立っても違和感がないレベルになったんだから。
付き合ってる。ってなりゃまた釣り合わないって言われるだろうけどさ。
普通の男子ぐらいにはなってるよ、今のアンタは。
むしろ、チャラチャラしてたりヘラヘラしてる奴等よりよっぽどマシだね。
「ごちそうさん。ちゃんと自分の口で言いなよ。色んな事をね」
もうこんなことは懲り懲りだから。
アンタ等はしっかりお互いの気持ちをぶつけ合えば理解し合えるだろうから。
恥ずかしがったり、面倒臭がったりして自分の想いを隠すなよ。
アタシが面倒な役を押し付けられるんだからさ。
2年間。長かった、ようで短かったかな?
ま、これで少しは秋藤も離れをしてくれるだろうからいっか。
……アタシも、自分のことを少しは考えないとなぁ。