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9報告と 相談

佐野明良



 椿姫と仲直りをしたことを報告しなければいけない相手がいる。


 小松原アヤメ。


 椿姫が誰よりも慕っている友人にして、保護者のような存在。


 椿姫にとって初めての友達と言える人物だ。


 気付いた時には小松原はそこにいて、俺達の肩を持ってくれていた。


『だっさいことすんなよ』


『ちょっと背が高くて乳がデカくて金髪なだけじゃん』


『佐野がいなくても喋れるじゃん』


『ほら見ろ。笑ってた方が可愛い』


 小学生の時、俺一人の力じゃ椿姫を守り切れなかったかも知れない。


 あるいは俺まで孤立していたか。


 そうならないように周りを宥めて色々と根回ししていたのが小松原アヤメだ。


 飄々としていて何を考えているかまるでわからない。


 優しいようで鬱陶しいし、やる気がなさそうで恐ろしい行動力を持っている。


 一人でいる事が多いのに友達が多く、よく嘘や冗談を言うのに皆の信頼を得ている。


 不思議な魅力がある女の子。


 周りと比べて背が小さく、カーディガンの袖が余りふらふらしている。


 やる気のなさそうな目にはクマがあり、極度な撫肩と猫背でだらしない。


 そんな彼女が友人に挟まれて歩いてきた。


「落ち着け。落ち着けよ、俺」


 下駄箱の影に隠れて気持ちを落ち着かせる。


 小松原と話すのも中学二年生以来だ。


 椿姫と距離を取ってから女の子といるのが恥ずかしくなり、小松原も避けていた。


 しかし、それはもう終わり。


 小松原にもあの時の事を謝って、椿姫の事を報告する。


 そしてあわよくば相談に乗ってもらう。


 顔を出すと、小松原が目の前に迫っていた。


 ……よし! 椿姫に謝った俺にもう敵はいない! イケるイケる!


「よう、こまつば」


「テスト期間って半日で終わるから楽でいいよな」


「ほんとそれ。早くテスト期間にならんかなー」


 小松原を含む三人が会話をしながら、俺の横を素通りしていく。


 ……声を、掛けられなかった。


 小松原というより、小松原の友達があまりにも派手な女子だから声を掛けることを躊躇ってしまった。


「まあ、明日にすればいいか」


 しょうがない。今日はタイミングが悪かった。


 明日。明日また小松原に声を掛ければいい。


 焦る必要はないんだ。


 そう自分に言い聞かせて靴を履き替えようと中腰になったところで。


「相変わらず冴えない顔してんね、アンタは」


 その声に前を向くと、そこに見えたのは小松原の小さな顔。


「うおぉ! びっくりした!」


「ははっ。そんなビビんなよ。自分よりちっこい相手にさ」


 彼女らしいニヤニヤとした笑み。


 その嬉しそうな表所に、何が楽しいんだよ、と何度つっかかったか。


「で。アタシを見つめてなにしてたの? まさか告白?」


「んなわけないだろ。俺が小松原に」


 告白なんてする筈がない。というのは少し失礼か?


 そんな考えで発言を止めた俺に、小松原は「ん?」と首を傾げている。


「小松原に謝りたいことがあるんだ。それと、報告とか色々」


「ほーん……。色々ねえ」


 小松原は悩むように校庭を歩いている友人二人の背中を見てから。


「いいよ。聞いたげる」


「悪いな」


「けど、甘いもん奢ってよ。寝起きで頭が回らないからさ」


 がっつく俺を人差し指で止め、彼女は「にしし」と楽しそうに笑った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 場所は変わって何処にでもあるようなファミレス。


 小松原はパフェをパクりと一口食べてから。


「そいで。話しってなにさ」


「ああ。……中学の時、避けて悪かったって謝りたくて。今さらだけど、マジでごめんな」


「別に謝るようなことじゃないっしょ。アタシだって嫌いな奴と一緒にいたくないし」


「小松原を嫌いになった訳じゃないんだ。ただ女子といるのが恥ずかしくなって」


「いいっていいって。本当になんも気にしてないから」


 小松原は表情を変えずにパフェを平らげ。


「要件はそれだけ?」


「いや、もうちょっとある」


「ほいじゃもう1個頼むね」


 すいませーん、とたまたま通りかかった店員に声を掛け、小松原は追加注文をする。


 本当に怒ってなさそうだ。


 小松原からしたら俺の存在なんてそんなもんか……と少し残念だが、助かったという気持ちの方が大きい。


 これなら椿姫の事を話しても問題なさそうだ。


 ささっと報告をしてしまおう。


「実は昨日、椿姫にも謝って仲直りを」


「はぁ? 意味わかんないんだけど」


 空気が一変した。


 小松原の今までとは違う怪訝な表情。


 下からこちらを睨み付け、小松原は大きな溜息を吐いた。


「今さらなに言ってんの? アンタが秋藤と仲直り? 有り得ないんだけど」


「いや、それは」


「マジで言ってる? キレそう」


 目が据わり指でコツコツと机を叩いていて怒りを表している小松原。


 ここまで不愉快さを外に出している小松原に、嫌な汗が一気に噴き出る。


「あの時のことを俺から椿姫に謝って」


「それがなに? アンタ秋藤になにしたか理解してんの? どんだけ悲しませたと思ってんのよ? それで、ようやく立ち直ったところでそれ? 身勝手過ぎない?」


「悪かったと思ってるから謝って」


「アンタの中じゃ謝ればなにしてもいいって訳だ? そんな責任感がない軽い奴なの? 普通に見損なったんだけど」


 小松原の言葉がグサリと胸に突き刺さる。


 確かに、俺に避けられて椿姫は落ち込んでいた。


 それこそ自殺するんじゃないかと心配になるほどに。


「アタシを避けたのはいいけどさ。秋藤のは違うよね? どう考えてもアイツは佐野を必要としてたじゃん。それなのに避け続けたんだよ? 意味わかってんの?」


 何も言い返せない。


 謝るだけで許してもらえる。昔のような関係に戻れるなんて虫のいい話だった。


「秋藤の優しさにつけ込んでそんなことして楽しい? どうせまた飽きたらポイって捨てるんでしょ?」


「ち、違う! そんな事しない! 俺は椿姫と」


 椿姫と……なんだ?


 昔のような関係になりたいと仲直りして、更に前に進みたいとキスをした。


 でも、告白をした訳じゃない。付き合っている訳じゃないんだ。


 今の俺と椿姫の関係は。


「秋藤となに?」


「つ、椿姫とは……。キスをした」


「へぁ?」


 小松原が目を見開いて口をあんぐりと開けている。


 瞬きを何回かした後。


「なに言ってんの? キス? アンタと秋藤が?」


「ああ。した。椿姫の合意の元で」


「……あっそ」


 背もたれに深く腰をかけて腕組みをする小松原。


「っていうか小松原が河川敷で俺達を押したんじゃないのか?」


「はぁ? 意味わかんないんだけど。いま喋り掛けないでくれる?」


「わ、悪い」


 あの時、背中を押したのは小松原だったように見えたが違ったのか?


 暗闇だったから薄らと見えただけだが、背丈も横幅も小松原と一致している。


 だけど、今日の態度を見るに違うと考えるのが普通か。


 むしろこれであのとき押してきたのが小松原だったら逆に意味がわからない。


 俺の見間違いだったか。


 小松原は考え込むように俯き、不意に片目を開いてこちらを見た。


「付き合ってんの?」


「付き合っては、いない」


「なにそれ。じゃあなんでキスしたの? マジで身体目当てで」


「それはない! 俺は、椿姫のこと好きだと思うし。だから、これから、その、そういう関係になれたとか思ってるし……」


 好きだ付き合うだと誰かに言ったことがないので恥ずかしい。


 自分で言ってて死にたくなってきた。


「告白すんの? 佐野から?」


「それは、まあ……」


「すんのかどうかって聞いてんだけど?」


 机が蹴飛ばされて微かに振動する。


 店員が持ってきたパフェに、小松原は一切の反応を見せなかった。


 睨むようにこちらを見続けている。


「告白は、するよ。俺から」


「なんで?」


「なんでって」


「なんでって聞いてんの」


「そ、そりゃ。好きだから」


「誰が誰を」


「俺が、椿姫を好きだから」


 くうぅ。なんでこんなこと小松原に言わないといけないんだ。


 別に椿姫の親友だからってこんなこと教える必要なんてないだろうに。


 ……でも、椿姫を好きなのは本当の事で、告白もしたいと思ってた。


 昨日、俺は眠れなかったんだ。椿姫が隣で寝ているから。興奮で寝られなかった。


 今までそんなことはなかったのに。椿姫が隣にいれば、むしろよく寝られていた。


 それなのに。


 だから、俺は椿姫に告白して、正式に付き合いたい。


 そこで初めて前に進めたということになるから。


「ふーん……。ま、いんじゃないの」


「へっ?」


 今までの流れて的に付き合うことに反対されると思っていたが。


「アンタもそこそこ頑張ったみたいだしね」


「俺が頑張った? なにを?」


 急になんの話しだ? 頑張ったってなんのことだ? さっぱりわからん。


 だが、小松原は満足そうに追加で頼んだパフェを平らげ。


「ごちそうさん。ちゃんと自分の口で言いなよ。色んな事をね」


 そう言って小松原は立ち上がり、ひらひらと手を振って店を出て行った。


「自分の口でって。告白は俺からするけど」


 色んなことって、なにかったか……。


 いや、あったよな。ちゃんと俺が説明すればよかったんだ。


 中学の時、自分がダサくて一緒にいるのが恥ずかしくなったって。

 だから暫く待ってて欲しいって。


 そうすれば、椿姫を悲しませる事はなかったのかも知れない。


「でも、次はないな」


 同じ事は繰り返さない。


 俺はもう、椿姫から離れることを考えていないのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アヤメちゃん全部解ってて色々良い方向に導いてて格好いい(((*≧艸≦)ププッ
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