8アヤメの 想い
小松原アヤメ
晴天 + 無風 = 昼寝日より。
ここの生徒達は元気なのかアホなのか、それをわかってない奴多過ぎ。
遊ぶのも話すのも放課後で充分。
授業中と昼休みは寝るのが学生の本分。
これ常識ね。
芝生の上にビニールシートを敷いて寝転がる。
眩しいけど気持ちい……。この調子ならすぐ寝られる……。
………………………………………………。
なにかモシャモシャ髪を触られる感触がする。
「んぅ……。ん?」
目を開くと秋藤の顔があった。
「おはよう、アヤメちゃん」
「あぁ……。秋藤。どったの? ってかなにしてんの?」
学校であんま話しかけんなって言ってるのに、言うことを聞かないねコイツは。
アタシみたいな不真面目生徒と一緒にいるとこ見られてもいいイメージないのに。
「アヤメちゃんとお話したくて。膝枕の練習しながら待ってたの」
「膝枕なんか練習するもんじゃないっしょ」
「そんなことないよ。明良くんにしたとき気持ちよくなってもらわないと」
「あっそ。相変わらずだね、秋藤は」
ガキの頃から明良くん明良くんってなにも変わらない。
それだけ好きな人がいるってのは素直に感心するけど。
アタシには理解できないね。
「それで、話しって?」
「そう! お話したくて! ねえアヤメちゃん!」
「急にテンション高いなぁ。学校で出さないんじゃないの? それ」
「そうだった、いけない……。こほん」
秋藤が気持ちを入れ替えると、瞳がキラキラしたものから一気に冷たいものになる。
あんまこの秋藤と話したくないんだけど、捕まっちまったならしょうがない。
内容はわかりきってることだし、さっさと済ませよう。
「アヤメさん」
「急に真顔でさん付けされると恐いんだけど」
「貴方が言ったんじゃない」
「まあそうだけど。それで、なに?」
「ギュッと抱きしめさせてくれないからしら?」
いきなりの言葉に思考が停止する。
はぁ? 抱きしめたい? アタシを?
「なに急に」
「ギュッとしたいの。アヤメさんを」
聞き間違いじゃなかったか。また面倒な事を言い始めたよ、この子はさ。
「普通に嫌だけど。そういうの佐野にしてやればいんじゃん」
「あきら……佐野くんには当然する。むしろ私はされたい派。骨が軋むぐらいの力で」
「いや聞いてないし」
何回も聞かされてるから知ってるし。
「けど、アヤメさんにもしたいの。アヤメさんにはしたい派よ。優しく包み込むぐらいの力で」
「いや知らんけど」
それは初耳だし知りたくなかった。伝えてくるなよそんなこと。
「頭いかれた?」
今までも散々佐野関連で付き合わされてるから頭いかれてるのは知ってるけど。
まさかアタシにまでそのいかれ具合をぶつけてくるようになったとは。
だとしたら身の危険を感じる。嫌な匂いがぷんぷんしてきた。
そうなれば逃げるが吉日。
「なっ」
判断が一瞬遅かった。
あっけなく押し倒されちまった。これは困ったね。
「な、なに急に。恐いんだけど」
「昨日、明良くんとこんな感じになったの」
知ってるよ。アタシが河川敷に突き落としたんだし。
「それで?」
「明良くんに押し返されて、そのままキスをされたの」
見てた見てた。見てられないぐらい熱々な遣り取りだったけど、見てたよ。
「おめでとう」
「ありがとう。だからアヤメさんをギュってしたい」
……はぁ?
「関係なくない?」
「関係なくない。私はアヤメさんに感謝してるの。だからギュってしたい」
「いやそういうのいいから……。近い近い! 顔を近付けるな!」
いやいやいやいや普通に無理なんだけど! なになになに! なんでこんなことされてんの! 散々協力してきた結果がこれ!? ない! 有り得ない! ガキの頃からの付き合いだけど流石に同性にキスされるのはない! ってかアタシのファーストキスなんだから勘弁してマジで!
マジで!
「ギュってさせてくれないならキスするけれど」
「意味わかんないから!」
「ギュッとさせてくれる?」
「それは……」
抱き付かれるのもしんどい……けど、再び顔が接近し始めた。
「わかったから! キスは嫌だから! 抱きしめるぐらいいいから!」
「ありがとう! アヤメちゃん!」
「ぐぇー!」
秋藤が思い切り抱き付いてきた。
アタシとしてはのしかかられてるのと変わらない。
アタシにはない乳が押し当てられ、色々な意味で胸が苦しくなってくる。
諦めて青空を静かに見上げて涙を堪える。
あぁ、種漬けプレスってこんな感じなんだろうなぁ……。
「アヤメちゃんの御蔭で明良くんとキス出来たよ。ありがとう」
「あっそ。そろそろいい? 他の奴等に見つかったら面倒なんだけど」
「そうね。ごめんなさい。あと、いつも本当にありがとう」
ようやく解放される……と思ったら、最後に再び身体を締め付けられる。
「ひっ!」
「あっ、そうだ。今日はアヤメさんのご飯も作ってきたから」
起き上がって何事もなくご飯を広げる秋藤。
「なんでそんな平然としてられるんだか」
こんなのレイプと変わらない。
畜生コイツめ、いつも愛情表現が相変わらず重いんだよ。
危うくファーストキス奪われるところだった……。
さささと広げられた昼飯を食べ始めると。
「そんな匂い嗅ぎながら食べなくてもいいのに」
「佐野に入れてるのと同じの入れられてたらたまったもんじゃないから」
「あれはあきら……。佐野くんのだけにしか入れないわよ。別に食べても問題ないものだし」
「そうかも知れないけど。得体の知れないものなんて食いたくないの」
信用するべき所としちゃいけない所が秋藤にはあるかんね。
「味は美味いんだけど」
果たして佐野は何を食わされているのか……。
知らない方がいいこともあるか。
アタシには関係ないことだしスルースルー。
アレには特有の匂いが有ることに作ってる秋藤が気付いてないみたいだしね。
「そういや話しってキスしたってだけ?」
「そう! ……いえ、それだけじゃないわ。実は困ってる事があって」
「なに」
「佐野くんと仲直り出来たのはいいのだけれど。学校では今まで通りに接したいって言ってきたの」
「なるほどねー」
普通そうするっての。特に佐野なら。
「ま、しょうがないっしょ」
「しょうがない事なんてなにもないでしょ? だって私と明良くんはもう家族のようなものなのよ? 幼い頃に婚約は済ませているの。少しだけ距離を置く事になっていたけど、それを婚約破棄したとは捉えることは出来ないはず。心の中ではお互いを愛し合っていたのだし、またこうして元の関係になれると分かっていたのだから。であれば関係が元通りになった今ならもう周りに隠す必要なんてないじゃない。むしろ公表していくべきだと思うの。私と明良くんの関係性を。婚約は隠すにしても、お付き合いをしているということは全面に出していくべきだと思うわ。そうすれば学校でもイチャイチャできるのだし」
いきなり恐いなぁ。アタシじゃなかったら気絶してるか逃げ出してるっての。
しかも要約すると。
「秋藤がイチャイチャしたいってだけっしょ?」
「そうだけど!」
「そうだろうけど」
あれだけ好きな佐野とようやく一緒にいられるようになったんだから、興奮するのはわかるけどさ。興奮し過ぎて自分のことしか考えられなくなってんね。
「佐野だって一緒にいたいんじゃないの」
「当たり前でしょ? 一緒にいたいに決まってる」
「でも『お互いの為に』とか言ってたんじゃないの?」
「なんで知っているの? 私と明良くんの愛に割り込もうなんて例えアヤメちゃんと言えど」
「いや佐野ならそう言うと思っただけだから」
だから恐いって。アタシと言えど殺しに来るってか? んなろぅめ。
少し色んなところがデカいからって調子にのんな。
「一緒にいたいならいればいいじゃない? なんでわざわざ隠すようなことを」
「ん、まあ。あれでしょ。説明すんの面倒いなぁ」
そんなの佐野に聞けって話しだけど、まあしょうがない。
コイツは佐野の言葉を聞いてるようで聞いてないから。
アタシから説明してやるか。
「秋藤は佐野と一緒にいたら、もう佐野しか見ようとしないじゃん?」
「明良くんがいる以上、他を見る必要がないもの」
「でも今の友達って秋藤なりに頑張って作ったんじゃないの?」
「それはそうだけど。けど、それだって明良くんに成長したところを見て欲しかったから」
「最初はそうでも今は違うんじゃない? あの背の高い奴とかとご飯食べてるとき割と楽しそうにしてんじゃん。元気そうな奴に付き合ってバドミントンしてる時も楽しそうだし」
「それは」
小学校の時はちょくちょく見てたよ、アンタが佐野以外の奴と楽しそうにしてんの。
でも、中学の秋藤は終わってたね。
イケてる奴等に囲まれて、佐野に成長してる姿を見せられてるって勘違いしてさ。
小学の友達はそれ見て『やっぱ秋藤さんは違う世界の人なんだ』って退いちゃって。
臆病なアンタはそれを敏感に察して、恐くなって声が掛けられなくなって。
それで友達がいなくなっちまったんだ。
でも、今は違う。
目はいつも佐野を追いかけてるけど、アイツ等といるとき笑ってるかんね。
「佐野はそういう関係も秋藤に持ってて欲しいんでしょ? 例えば、アタシがいなかったらどうよ?」
「絶対に嫌。明良くんとは違うけど、アヤメちゃんの事も愛してるから」
「佐野はいいけど、アタシに重いのやめて欲しいんだけど」
いや本当に。勘弁して欲しいね。
「そういう人って何人かいた方がいいんじゃないの? 私1人だけじゃなくて」
「そう、かしら」
悩む気持ちは、まあわかる。
知り合い程度の関係だと面倒事を増やされるだけだし。
特に秋藤の場合はよくダシに使われてたから。
秋藤と一緒にいるってだけで自分が凄いと勘違いした連中に付き纏われたり、同性から男を集めるのに使われたり。
ただま、今の友達はそんな悪い奴等には見えない。
中学校の頃と違って、秋藤が自分で友達を選んだからだろうけど。
だから、そいつらを捨てるようなことはして欲しくないね。
佐野に頼らず、アンタが自分で手に入れたものなんだから。
たぶんアイツも同じ気持ちで、それに気付いてやって欲しいんだけど。
気付く気配がないから話しを進めるけどさ。
「ま、不利益がないならわざわざ捨てる関係じゃないっしょ。秋藤が佐野とも友達とも上手くやれるならいいんだろうけどさ」
そんなことできなっしょ? アンタは器用なようで不器用だから。
今もほら、不満が顔に出てる。
「理解は出来るけど、納得してなさげだね」
「佐野くんとイチャイチャしたいっていうのは譲れない。けれど、今の友達と仲良くしたいって気持ちもあるもの」
それを言えただけで充分、アタシからしたら感動ものだよ。
たまたまだけど、やっぱり佐野と距離を置いて秋藤にとってはよかったと思う。
まだまだ危ういけど、しっかり成長したからね。
「だったらいいっしょ。帰ったら佐野と楽しくすれば。それに、佐野にだって友達がいるわけだし」
「そう、ね。また佐野くんと話し合ってみる」
「それがいいよ」
結果は目に見えてるけどね。
さて、話しも終わったし……そろそろけしかけてやるか。
「そもそも二人って付き合ってんの?」
っふ、って鼻で笑ってるけど、アンタにそんな余裕はないっしょ。
「アヤメさん、今さら何を言ってるのかしら。私達は婚約しているのよ?」
「じゃあどっちが告白したの」
「それは……。こ、告白なんてしなくても婚約しているのだから」
「ふーん、じゃあ付き合ってる訳じゃないんだ。婚約も2人で勝手にした口約束だし。案外関係性薄いねえ、アンタ等の関係って」
穴だらけなんだよ、佐野と秋藤の関係は。
全部ガキの頃の朧気な約束でしかないんだから。
それを秋藤は覚えてて本気にしてる。
佐野はそれが曖昧で本当の事だなんて夢にも思ってないんだからね。
さっさとさ、本物の男女になれっての。
「佐野に好きって言われた?」
「子供のこ」
「今の話し」
「い、言われて、ないけど」
「付き合いたいって言われた?」
「言われて、ないけど」
「ふーん……。じゃあただの幼馴染み止まりか」
「なっ……。なにを……」
あーあー、顔を真っ赤にしちゃってさ。でも、全部事実で言い返せないでしょ。
そんな涙目になってこっちを睨み付けても恐くないもんね。
悔しそうにスカートの裾を握りしめたら破けちゃうっての。
お次は頬を膨らませて唇を尖らせる? まるであの頃みたいだね。
「……キス、したもん」
「はぁ? なんて?」
「キ、キスしたもん! しかも昨日! 明良くんからキスしてきてくれた!」
自分でも苦しい言い訳だってわかってるのに強行突破に来たか。
可愛い奴め。
「キスなんて別に付き合ってなくてもする人いるじゃん」
「っ! じゃあ告白してらもらうからいいもん! 明良くんから! それでいいんでしょ!」
「そうしてらもった方がいいんじゃないの? そうじゃないとただの幼馴染みだかんね。アタシとの関係と変わんないんじゃない? アタシだって佐野とはガキの頃から仲いいし。そういえばアタシも佐野と小さい頃に結婚する約束したかも」
してる訳ないけどね。佐野に男としての好意なんて微塵もなし。
「ア、アヤメちゃんのバカ! すぐに明良くんの彼女になってみせるんだから!」
さっさとそうしてもらえってば。
その方が、お互いに幸せで健全な関係になるんだからさ。
かっかっか。
「そしたらまた教えてね。あっ、いつでも相談には乗るから」
「すぐに頼るからね! アヤメちゃんのバカー!」
走るの速いねえ。もう背中が見えないよ。
「さてさて。どうなるのかな」
さっさと二人が付き合って、さっさと二人が結婚して、さっさと二人が家族になってさ。
それでもアタシは秋藤の面倒を見なきゃいけないんだろうなぁ。
嫌ではないんだけど。