表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

7寝起きの 寝顔

佐野明良



 寝苦しい。


 四月下旬は寒かったり暖かかったりで意外と面倒だ。


 特に寝る時となれば尚更。


 布団であったり毛布であったりタオルケットであったり。


 どれをどのタイミングで外していくかよく悩む。


 下手に薄手にして窓を開けようものなら朝起きた時に大変な思いをする。


 かといって布団も毛布もと残していると寝ている間に跳ね飛ばして風邪を引く。


「あっつ」


 夜中に目が覚めそう言葉が勝手に出る。


 ベッドの上で半身を起こし、月明かりが差し込む窓をあける。


 飛び込んでくる肌寒い風が汗を冷やして心地よい。


 その涼しさで一気に目が覚めた。


「ふぅー」


 と息を吐きながら見るのは、向かいの椿姫の部屋だ。


「寝てるかな」


 秋藤椿姫。


 俺の……幼馴染みである。


 昔あった過ちを彼女に謝り、そして、河川敷でキスをした。


 思い返すと身体が再び熱くなる。


 ぎゅっと力を入れて閉じられた瞼に、震えながらも控えめに突き出された唇。


 触れたのは一瞬。当然、柔らかく、暖かい感触も一瞬だ。


 それなのに、思い返すと触れた箇所が熱くなり、今でも当たっているのではないか? と錯覚してしまう。


「椿姫は……。どう思ってるんだろうな」


 唇を重ねた瞬間、椿姫は意識を失ってしまった。


 それが何故なのかはわからない。


 テスト前で寝不足だったからなのか。


 河川敷を転がり落ちたのでその痛みが遅れて来たのか。


 俺のした行為が気絶するほど嫌だったのか。


 或いは……。

 

 暫く窓を見つめていても、変化はない。


 真夜中に同じタイミングで起きて顔を見たいと想い合う。


 そんな展開は起こりはしない。


「そりゃそうだよな」


 なんとなく残念な気持ちになって、寝ようかと布団を引っ張る。


 なんか重いなーと想い隣を見ると、そこにあったのは椿姫の寝顔。


 月明かりに照らされる輝く金色の髪の毛。


 染み一つない白い肌。


 静かな寝息を繰り返す桜色の唇。


 俺の服を弱く掴んでいる細い指。


「そうそう。椿姫はここにいるんだからたまたま窓を開けたら顔を合わせるなんてことはねえ……。って、そういうことじゃねえだろ!」


 なんで椿姫がココにいるんだよ!


 俺は確かに気絶した椿姫をおぶって家に運んだ筈だ。


 椿姫の母親にしっかりと預けて、なにやらニヤニヤと面白可笑しく笑われた。


 それなのになんで椿姫が隣で寝てんだよ!


 と、色々と思うところはあるが、椿姫の寝顔を暫く見ていると落ち着いてきた。


 うん、まあ、なんていうか、やっぱり、かわいい。


 寝ている椿姫を見ると純粋にそう思う。


 そして、なんでここに居るんだという疑問が消し飛んでしまう。


 幼さは、周りの女子達に比べて少ない。


 大人っぽいのが椿姫の魅力で、だから男子高生に人気がある。


 それでも、こうして無垢な顔で寝ているのを見ると、まるであの頃のようで。


 だから……。


「寝てるよな? 椿姫。椿姫ー」


 小声で呼びかけるも反応はない。


 それならば、と。


 椿姫の白い頬をツンツンと突く。


 柔らかい……というのもあるが、ふにふに動くのが面白い。


 続けて頬を撫でるように動かすと、くすぐったかったか。


「むぅ……」


 いやいやと首を横に振る。


 まるで小動物のようである。


 それならば。


「寝てるよな?」


 俺は、椿姫の唇に人差し指を押し当てた。


 ぷにっと唇を指が押した――瞬間、椿姫の口が開いた。


 咄嗟に退こうとしたが間に合わず、唇だけで指が加えられる。


 そして、チロリと指先が舐められた。


 流石にヤバイと手を引っ込めようとしたところで、いつもはスムーズに開く扉がギギギと音を立てて開いた。


 数センチの隙間に浮かび上がるのはたった一つの眼球。


 ギョロギョロと部屋を見渡した後、黒眼がこちらを睨み付ける。


「……なに? 殺すよ?」


「ご、ごめん」


 姿を見なくても声音でわかる。


 妹の紗雪である。


 相も変わらず反抗期を全開にしている。


 どうやらさっきの声で起こしてしまったようだ。


「殺すよ?」


「だからごめんて」


 冷静に言葉を返す。


 角度的に紗雪から椿姫は見えていない。


 布団は流石に膨らんでいるが、この暗闇では気付かない筈だ。


 それより、ずっと椿姫に指が舐められている。


 くすぐったいが、表情に出ないよう気を引き締め。


「いぢっ」


 指が噛まれた。不意な事に変な言葉が出てしまう。


「いぢっ? ふーん……。殺されたいんだ」


「ち、違う!」


「ふーん……そっかぁ……へぇー……そっかぁ……」


 怒りが頂点に達してしまったか、ギギギと扉が開かれていく。


 不味い! 流石に紗雪に椿姫がここにいることがバレたらどうなるか分からん!


「こ、今度の土曜日に駅前のプリン買って来てやるから!」


「ふーん……そっかそっかぁ……」


「しかも3つ! 1日に全部食べていい! 母さんは俺が説得する!」


 必死の交渉に扉が止まり。


「ふーん……。ふーん……」


 いつもはスムーズに閉じる扉がギギギと音を立てて閉じる。


 すぐに隣の部屋の扉がバタンと閉じられる音が聞こえてホッと一息。


 最後の方の『ふーん』はご機嫌な『ふーん』だったからなんとかなった。


 ともあれ、今週の休みは朝からプリン屋に並ばないといけなくなってしまった。


「まったく。お前のせいだぞ」


 甘噛みされている指を椿姫から取り上げる。


 小さい頃にこんなことは……あったようななかったような。


 月明かりに照らされる指先は光を反射するほど湿り、噛まれた後が残っている。


「……まったく。本当に殺されちまうんだからな。わかってんのか?」


 問いかけても、椿姫は無垢な表情ですやすやと寝ている。


 それが少し憎らしく。


「この野郎っ」


 可愛らしい。


 振り下ろした拳を頭のすぐ上で止めて、頭を撫でてやる。


 小さい頃を変わらない、さらさらの髪の毛。


 いつまでも撫で続けたい感触に、俺は飽きるまで椿姫の感触を堪能した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ