表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/26

6失うほどの 想い

秋藤椿姫



 どれほど待ち侘びただろうか?


 こうやって明良くんの背中を見ながら歩くのを。


 待ち侘びていた時間はわかっている。秒単位で把握してる。


 でも、その時間が私には永遠のように長く感じて。


 明良くんに避けられることが身体が引き裂かれるより辛くて。


 もしかしたらそんな日は訪れないのかも知れないと不安になって。


 だから、今という瞬間が嬉しい。


 自転車を転がしながら歩く明良くんの足が、ゆっくりになった。


 慌てて私もゆっくりにしようとした……けど、それをやめる。


 今までは明良くんの後ろ姿を追いかけてた。


 大きい背中に、ずっと守ってもらってた。これからもずっとそうだと思ってた。


 けど、今は違う。頑張って成長したから。


 明良くんの隣を歩けるぐらい、頑張った。


 頑張ったんだ。


 だから、肩を並べて歩いてみる。


 後ろからでは見えなかった明良くんの顔がハッキリと見える。


 今までとは違う景色に、視線が泳いでしまう。


 それでも明良くんを覗き見る。


 こうして並んでみると身長差があることに驚いてしまう。


 遠くから見つめて、身長、抜かされちゃった。って思ってた。


 今は、明良くんが私を自然と見下ろして、成長した明良くんを感じられる。


 恥ずかしくて直視はできないけど、それだけで幸せ。


「なぁ、椿姫」


「ひぁぃ!」


 不意に声を掛けられたせいで変な声がでちゃった。


 なに……なに今の声! ないない! 私の声にそんなのない!


 なしなしなしなし! 今のなし! 私じゃない!


 そう心の中で叫んでも、明良くんの心配そうな表情で私の声だって現実が突きつけられる。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫。だから。気に、しないで」


 鍛え上げた学校にいる私、仮面モードで切り抜けようとしたけど。


「昔はよくここで遊んでたよな。花で冠作ったり、段ボールで滑ったり」


 明良くんのその言葉に足を止める。


 懐かしむように川を見つめる明良くんに、私も視線を川へと移す。


 忘れる筈がない。明良くんと遊んだ日々を。


 結婚指輪と見立てて花の指輪を左手の薬指にはめてもらったり。


 ウェディングカーに見立てて段ボールで芝生を滑って結婚を誓った。


 あの時から私達はそこまで見据えて一緒にいた。


 だから、また仲直りして、こうして一緒にいられて嬉しい。


「久し振りだな」


 そう久し振り。こうしてこの河川敷にいるのは。


 久し振り……。ん? 久し振り? 明良くんと一緒にここにいるの?


 本当に久し振りだっけ?


「……久し振りじゃない」


 全然久し振りじゃない!


 数日前、明良くんに覆い被さられた!


 もう少しでキスまでいきそうになった!


 あのときは出来なかったけど……私はしてもよかった!


 いま思うとキスの後に謝られても全然よかった!


 むしろして欲しかった!


 大チャンスだった!


「久し振りじゃない、か。……ひ、久し振りじゃなかったっけ?」


 思い出してる! 明良くん思い出してるもん!


 惚けてるって顔に出てる! 今までクールだったけど顔が赤くなって可愛いもん!


 でもダメ! その嘘はダメ! 絶対に認めさせたい!


 だって、私と一緒にいた時間だもん!


 明良くんからキスを迫ってきたんだもん!


「ひっ、久し振りじゃない! 覚えてないの!」


「あー、いや。確か自転車に乗って通りがかったんだよな」


「それだけじゃない!」


「そうだっけ?」


「そう! だってあの時、明良くんは私に……。きっ、きっ、スを……」


 明良くんの顔が、瞳が、唇が目の前に来て私と……重なる。


 それを思い出したら恥ずかしくて言葉が出てこなくなった。


 悔しい気持ちで一杯になって、不思議と目に涙が溜まる。


「うぅー……」


 言葉にならない。うなり声しかあげられない。


「まあまあ。記憶違いは誰にでもあるから」


「ちがう!」


 明良くんの意地悪! 小さい頃から……こんな感じだったけど!


 許せない思いで気持ちで明良くんを睨み付ける。


 そんな明良くんの表情が不意に陰った。


 その瞬間に背中がなにかに押された。


 ぶつかったという感覚とは違う。


 なにかが当たってから、強く押されるような感覚。


 明良くんもそれは同じで、二人して身体を傾けながら。


「危ない!」


 明良くんが咄嗟に私を抱き寄せる。


 急にダメ! と抵抗したくなるが、地面に叩き付けられた衝撃に力が入らなくなる。


 そのままゴロゴロと河川敷を転がり落ちる感覚は、懐かしい。


 明良くんと仲直りするためと、友達のアヤメちゃんに付き合ってもらった。


 何度もアヤメちゃんと一緒に転がり落ちた。アヤメちゃんは本気で嫌がってたけど。


 そんなことを思い出しながら……目を開ける。


 目の前に明良くんの顔があった。


 呼吸をすると明良くんが吐いた息が私の体内に入り込む。


 顔を動かすと鼻先が擦れ合う。


 明良くんの黒眼に、私の顔が映っているのが見える。


 下敷きになっている明良くんが手足を動かそうとして。


 私は咄嗟に手首を掴んで股の間に膝を置く。


「つ、椿姫? どいてくれ」


「いや」


 明良くんの黒眼に映っている私は、恐い顔をしていた。


 目を見開いて、明良くんを見つめている。


 私が明良くんを見ているのか、明良くんに映っている私を見ているのか。


 訳が分からなくなってくる。


 でも明良くんの匂い、呼吸、暖かさが感じられる。


 昔みたいな関係に、戻ったんだもんね?


 だったら、しても大丈夫だよね?


 そう考えたら身体が勝手に動き出し、明良くんの唇に私は近付いて――。。


「ダメだ」


 おでこに手が当てられて進行を妨害される。


 流石は男の子。力は圧倒的に明良くんの方が強かった。


 手首を握っているのにも関わらず、明良くんは手を自由に動かしている。


「思い出してくれた?」


「なにを」


「久し振りじゃないってこと」


「さあ。どうだったか」


 この期に及んでもとぼける明良くん。


 男らしくない……。けど、そういう素直になれないところも可愛いと思う。


 けど、私もここは退かないよ?


 ずっと、今日という日を待ってたんだから。


「昔したみたいにキスがしたい」


「なんだよ急に」


「もう1回あの時みたいにって言ってくれたのは明良くんだよ?」


 校門で聞いた言葉は忘れない。


 とぼけてもちゃんとボイスレコーダーで記録してある。


 だから、逃がさない。


「あの時って……。確かに小さい頃にもこんな事はあった」


 明良くんも覚えてくれている。


 だったら。


「けど、あの時と今は違う。そうだろ? 昔は昔。今は今だ」


 あの時とは違う? 昔は昔で今は今?


 それって、どういうこと?


 私じゃダメだってこと?


 あの時の事を謝ってはくれたけど、昔の関係には戻らない。


 また、今までの関係を続けるってこと?


「いやっ」


 聞きたくない、そんなこと!


 だってずっと我慢してたんだから!


 昔みたいな関係に戻るって……。


 だから。


「肩を並べて歩いてくれた。後ろに下がらずに、隣を歩いてくれた。だから俺も覚悟を決めたんだ」


 身体が宙に浮いた。


 明良くんが身体を起こしたせいで、吹き飛ばされた。


 背中が地面に叩き付けられる。


 なにがなんだかわからなくなる。


 目を開けると、明良くんの顔が目の前にあった。


「思い出した。最近もこんな感じになったな」


 明良くんのその言葉に、冷静さを取り戻す。


「やっぱり、思い出してた」


「本当は最初から思い出してた」


 開き直る明良くん。


 けど、その表情は真剣そのもの。


「俺は昔より、今の関係を築きたい。後ろじゃなくて、隣に椿姫が来てくれたように。だから」


 明良くんがなにを言いたいのか……理解できた。


 そして、もしそれが現実になったら、私は耐えられそうにない。


「昔とはちがう?」


「ああ。昔とは少しだけ違うな」


「そう」


 目を瞑る。


 それがどういう答えになっているか、わかってる。


 昔は明良くんが目を閉じてくれたから。


 けど、今は……。


 そう思って、唇に温かい何かが触れて。


 思わず目を開いて。


 明良くんの顔が見えて。


 私の意識はそこで途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 続編ありがとうございます。 更新楽しみにしております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ