6恥ずかしい とぼけ
佐野明良
いつ振りだろうか?
椿姫と一緒に帰るのは。
避け始めた時、椿姫は泣きながらあとを追いかけてきていた。
『なんで!』
『どうして!』
『一緒にいたいのに!』
大きな声で、小さな声で。震える声で。
椿姫は何度も何度もそう伝えてきていた。
俺はそれを振り払って一人で帰り続けたんだ。
どれだけ彼女を傷つけたのか。
あれだけ一緒にいたのに。頼ってくれていたのに。
それを俺は……。
自転車を転がしながら動かす足を、遅くする。
もう椿姫の前を歩く必要はない。
彼女は弱くない。
もはや俺より強いかも知れない。
だから、前を歩くんじゃなくて、これからは隣を歩きたい。
そう思っていた。
肩が並ぶ。
珍しい、いや、初めてのことだ。
椿姫が自ら隣に立ってくれたのは。
いつもは頑なに俺の後ろから出ることがなかった。
ずっと背中を追いかけてきてくれていた。
だから、椿姫もきっと……。
隣を見ると、椿姫はつま先を見るように下を向きながら歩いていた。
キョロキョロと動く蒼眼がこちらを見ては、逸らされる。
なんと声を掛けたらいいのかわからない。
椿姫は俺の事を許してくれた、筈だ。
椿姫の方から昔のように抱き付いてきてくれた。
その時もまた泣かせてしまったが、表情が数年ぶりに見た笑顔だった。
だから昔のように接すれば良い。
と、思うも、どんな会話をしていたか思い出せない。
考えても考えても答えは出ず。
「なぁ、椿姫」
「ひぁぃ!」
素っ頓狂な返事に、思わず足を止めて椿姫を見る。
俯いて肩を縮めている椿姫。耳まで赤くなった顔に少し心配してしまう。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。だから。気に、しないで」
誤魔化すようにスタスタと歩き出す椿姫に。
「そういえば、昔はよくここで遊んでたよな。花で冠作ったり、段ボールで滑ったり」
足を止めて川を見る。
場所は河川敷。
花を集めて冠を作りプレゼントし合ったり、河川敷を滑り降りたり。
夏はよく川に入って水の掛け合いっこをしていた。
小学生高学年にもなると、親同伴のもと釣りをしていた。
そんな思い出が蘇る。
「久し振りだな」
「……久し振りじゃない」
椿姫に強く否定される。
ハッと彼女を見ると、吊り上がった目付きで睨まれていた。
が、目が合うとすぐに逸らされ頬が朱色に染まる。
これじゃまともに会話が出来そうにないが。
「久し振りじゃない、か」
その言葉に思い返すと……確かに久し振りではない。
つい数日前だ。椿姫と河川敷を転がり落ちたのは。
あの時、不意に身体を襲った謎の力はなんだったのか?
今でもそれはわからない。
ただわかるのは、あのとき俺は椿姫にキスしようとしたということだ。
覆い被さり、瞳を閉じた椿姫は余りにも綺麗だったから。
引き寄せられるようにキスを迫ってしまった。
「ひ、久し振りじゃなかったっけ?」
いま思うと恥ずかしいことをした。
下手をすれば犯罪者として通報されていただろう。
出来れば思い出したくないことで。
「ひっ、久し振りじゃない! 覚えてないの!」
まさかのまさか。椿姫が怒りながらこちらに詰め寄ってきた。
顔を赤くしながらも間近に迫り、こちらを見上げて睨み付けられる。
「あー、いや。確か自転車に乗って通りがかったんだよな」
「それだけじゃない!」
「そうだっけ?」
「そう! だってあの時、明良くんは私に……。きっ、きっ、スを……」
そこまで勢いよく言い、椿姫が止まった。
暫く返事を待っているが、それが来る事はなかった。
涙目になり、そのあと俯いてしまい。
「うぅー……」
悔しそうに唸り始める。
椿姫も思い出している。俺がキスを迫ったのを。
しかし、恥ずかしくなり口には出せないようだ。
成長しても、この手の話しは苦手のようだ。
「まあまあ。記憶違いは誰にでもあるから」
「ちがう!」
必死になって否定をしてくる椿姫。
昔もこんな感じだったっけ?
大人しくて人見知り。
だけど、仲良くなれば意外と大胆なところがあったり、元気な姿を見せてくる。
それが秋藤椿姫だ。
彼女の懐かしい姿を見ていると、その後ろに薄らと人影が見えた。
不穏な雰囲気を醸し出していた。
思わず背筋が凍るほどに。
いつからそこにいたのか。
しかしそいつ――椿姫の親友と言える人物。
小松原アヤメは俺と椿姫を迷うことなく河川敷へと突き落とした。