5今までの 代償 そして
秋藤椿姫
スマートフォンが震える。
『お手伝いしていただきありがとうございました』
という内容だった。
別に御礼を言われるようなことはしていない。
ただ、同じクラスの男の子に、他のクラスの女子友達が一緒にご飯を食べたがっていると伝えただけ。
友達がなんで私に相談してきたか、と言えば好意を持っている男の子と小中高とたまたまた同じだっただけ。そしてその男の子がたまたま明良くんといつも一緒にいる子で、たまたま今日ならみんなの都合が良かった。
いきなり一対一では緊張するから三対三で遊びに行くといい。
というのはごく普通のアドバイスで、そうなれば、最近私と一緒にいる事で友達から嫉妬をされている明良くんがメンバーから外されるのは至極当然のこと。
女子に慣れていない男子高生の嫉妬は、冗談と本気の半分半分。
『なにで最近秋藤と一緒にいるんだよ!』
『なんかあったのかよ!』
とじゃれ合っていたのは何度も見ていた。
明良くんは誤魔化していたけど……色々あったよね?
『また何かあったら相談して。今度はお昼をご馳走してね』
入れた筈の傘が何故かなくなり、友達に仲間外れにされて呆然としている明良くんは少しだけ可哀想。
だけど、大丈夫。
明良くんには私がいるんだから。他の子なんて必要ないもんね?
床に落ちている本を確認してから教室を出て図書室の階へ。
下の階から教室を見つめていると、明良くんが出てくるのが見えた。
不思議そうに本を見ながら歩いているところを見ると、図書室に届ける様子。
壁に遮られて姿が見えなくなった。
目を閉じて想像する。明良くんがゆっくりと階段を降りて、ここまで来るのを。
念のためにストップウォッチで秒数を確認し、図書室へ入る。
「あっ。秋藤先輩。こんにちわ」
「こんにちわ」
「今日は」
「あまり私語しちゃダメよ」
「し、失礼しました!」
何度か声を掛けてくれている後輩ちゃん。
私に好意を持ってくれているのはわかっている。
また後でお話しして上げるから、今日はごめんなさい。
番号札をもらい席に着くと、そのあとすぐに明良くんが入ってきた。
ギリギリのタイミング。これで明良くんは私の隣に座るはず。
普通だったら気付かないだろうけど。
「運がいいですね。秋藤先輩の隣を引き当てるなんて」
あの子だったらそんな軽口を知り合いでもない明良くんに伝えてくれる。
自分の気持ちに素直で良い子。
後でご褒美を上げようかな?
数秒後に隣に誰かが座った。
見なくても雰囲気と香りでわかる。
明良くんだ。
すぐにでも凝視したい。白々しく本を持つ手を掴みたい。
そう思うも、頭に入らない文字を目で追いかけて気持ちを落ち着ける。
「バナナミルクとレモンティーの最新刊」
明良くんならそう口に出しちゃうよね。
バナナミルクとレモンティー。明良くんがハマっている漫画。
バトル有りラブコメ有りギャグ有りシリアス有りほのぼの有りグロ有りエロ有りSF有りグルメ有り任侠有りホラー有りの漫画。
噂では近日、実写化と舞台化、アニメ化と映画化をするらしいけど。
ごめんね、明良くん。私にはこの漫画のよさがわからない。
だから、昔のような関係に戻ったら、直接良さを教えてね。
私。待ってるから。
そう想いながら明良くんと目を合わせて、漫画へと視線を戻す。
『あっ。つい口に出しちゃった』
って驚いている顔も可愛い。好き。愛してる。キスしたい。
「その漫画。読んでるんだな」
「見てわからない?」
「あっ。そ、そうだな。すまん……」
冷たくされて落ち込んでる明良くんも可愛い。大好き。愛おしい。婚約したい。
もうちょっと落ち込んでいる明良くんを見たいけど、それはまた今度の機会。
「読みたいの?」
「えっ? いいのか?」
「ええ。どうぞ」
本を手渡し。
「下に置いて。私が読めないから」
「へっ?」
「えっ?」
一緒に首を捻り合う。
私だって一緒に読むことが変だって気付いてる。
けど、惚けた振りをする。
一緒にこの漫画を読まないと意味がない。
一緒に読んで、明良くんがこの漫画の主人公のように、ヒロインの私に謝る。
そうして欲しいから今日はこうしているのだから。
「最初からで、いいよな?」
「ええ。もちろん」
戸惑いながらも明良くんは私に見やすいように本を置いてページを捲る。
正直、私はこの最新刊を何度も読んだ。
だから読む必要なんかない。
ただ、明良くんが……。謝って、きやすい、ように……。
意識が途切れ途切れになる。
瞼が重い。
ここのところ明良くんと関わって、ドキドキし過ぎて寝不足になっていた。
計画を立てるにも上手くいくかいかないかと不安で眠れなかった。
それに、やっぱり明良くんの隣にいると落ち着く。
家のベッドで横になるよりも、明良くんを隣に感じている方が、心が安らぐ。
起きていないと。
起きて、明良くんの、言葉を、聞かないと。
「秋藤――」
名前を呼ばれたのを最後に、私の意識は微睡みへとのみこまれた。
――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――
――――
――
肩が優しく叩かれた。
寝ぼけ眼で顔を上げると、ボンヤリとした輪郭が見える。
明良くん?
「先輩。先輩!」
その声に意識が一気に覚醒する。
慌てて周りを見渡すと、図書室にいるのは目の前にいる後輩ちゃんだけ。
外は完全に暗くなっており、時刻は19時を回ったところだった。
「あき……。他の生徒は?」
「みんな帰りましたよ。図書室も閉める時間ですから」
「そう」
帰ってしまった。
明良くん。
昔の明良くんならこういう時、どうしていただろうか?
きっと私が起きるのを待ってくれていた。
きっと自らの手で起こしてくれていた。
きっと、私を置いていかずにおんぶしてでも連れ帰ってくれた。
起こさないように。優しく、見守りながら。
「先輩。早くしてください。閉めますよ」
「ええ」
今日こそは謝ってもらえると、そう思って考えに考えた作戦だった。
それなのにも関わらず、途中で寝てしまうなんて。
なんでこんなことに。
なんで。なんで……。
「先輩。ストーカーに狙われてますか?」
「どうしたの? 急に」
「隣に座ってた男、あれヤバイですよ。秋藤が起きるまで待ってるとか。俺がおんぶしてでも連れて帰るとか。挙げ句の果てには幼馴染みだからって恐ろしい妄言いってましたから」
「……そう。あの人が」
「先生呼んで無理矢理かえってもらいましたけど。先輩は人気者なんですから気を付けてくださいね。まだそこらに潜んでるかも知れませんよ」
「ならいいのだけど」
「? なにか言いました?」
「いえ。なにも」
そう。明良くんがそう言ってくれていた。
よかった。明良くんに捨てられた訳じゃない。明良くんはいてくれようとしてた。
それがわかっただけでもホッとする。
「あと脅されたら言ってくださいね?」
「どういうこと?」
「あの男。寝ている先輩の顔をちらちら見たり、写真を撮ろうとしてましたから」
写真……。
えっ? 私の寝顔!
「わたしと先生でスマホの中身を確認して写真がないことは――」
そこからの後輩ちゃんの言葉は入ってこなかった。
なんで……。なんで……。なんで!
なんで寝顔なんて!
言ってくれればいつでも撮らせてあげるのに!
むしろ撮ってもらいたい! いっぱい明良くんに撮ってもらいたい!
最高の状態の私を! 胸を張って明良くんの隣に立てるような私を!
それなのに、なんで寝ている私の寝顔なんて……。
っていうか寝顔を見られてた?
いやっ。寝顔。見られてたなんて。
「先輩? わたしは鍵を職員室に返しますので。気を付けて帰ってくださいねー!」
後輩ちゃんに軽く手を挙げて急いで昇降口を出た。
外は真っ暗だ。1人で歩くのが不安になるほどに。
嫌なことばかりだ。
今日こそ。今日こそは明良くんに謝ってもらえると思ってた。
それなのに、小さい頃とは変わってしまったと勘違いして明良くんを裏切って。
最悪の状態をずっと見られて……。
もう嫌だ。消えてしまいたい。
「帰るのか?」
誰かに声を掛けられた。
なんでこんな時に。
誰であろうと相手にする余裕はない。
今日は。今日だけは、側の私を捨てて、早くお家に帰りたい。
横になりたい。
「珍しいな。秋藤がそんな暗い顔するなんて」
誰が。私のなにを知っているのか。
「珍しいっていうか久し振りだな。昔はいつも、そんな顔してたもんな。椿姫は」
「なにを」
顔をあがる。
そこには自転車に跨がっている明良くんがいた。
「なんで? 明良くんが」
「もしかしてまだ寝てるかと思ってな。念のため迎えに来たんだけど」
そう言って恥ずかしそうにはにかむ明良くん。
なんで。なんで? 今まで私が全部仕組んでたのに。
明良くんが話してきやすいように。
考えて。計画立てて。ようやく明良くんと一緒にいられるようにしてたのに。
こんなの、想定してない。
「寝てて聞こえなかったよな?」
「なにを」
「中学生の時、冷たくしてごめんって」
いきなりのことに、頭が付いていかなくなる。
「あの時さ、秋藤といるのが恥ずかしくなっちまって。秋藤は子供の頃から可愛いのに、俺はだらしないはな垂れ野郎だっただろ? それに気付いちまってさ」
「違う」
「髪型はスポーツ刈りだし、制服はぶかぶかだし。眉毛もボーボーでださかったよな」
「そんなことない」
「だから、秋藤の隣にいる権利がない……。なんて言ったらいい訳だよな。単純に、一緒にいると恥ずかしくなっちまうって。それで逃げてたんだよ」
身動きのとれない私に、明良くんは自転車を降りて近付いてくる。
「あの時はごめんな。自分に自信が持てなくて。でも、今ならって思ってさ。秋藤が許してくれるなら、もう一回あの時みたいに仲良くなれたらって思うんだけど」
息が詰まる。呼吸が出来ない。苦しい……。
それぐらい、嬉しい。
「ずっと、待ってたんだから」
そう言って、私は明良くんに近付く。
昔の関係ってなんだっけ?
今はもう、色んな気持ちがいっぱいで思い出せない。
だから私は。
明良くんの思いきり抱き付いた。
おわり