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1始まり と 思い

 俺には気になっている人がいる。


 秋藤椿姫。


 同じ歳で、同じ高校のクラスメイトで、隣に住んでいる、いわゆる幼馴染み。


 彼女とは物心がついた時から一緒にいた。


 家が隣で子供が同じ歳だから自然と両親が仲良くなって、そのせいで幼稚園に入る前からよく遊んでいた。

 気が小さくて人見知り。いつも何かに怯えていた彼女の手を引っ張り、外を連れ回していた記憶が今も残っている。春が来れば桜の木に登り、夏が来れば川辺で遊ぶ。秋が来れば落ち葉を集めて焼き芋を焼いて、冬には一緒に小さいかまくらを作っていた。


 眠くなった同じ布団で寝て、汗を掻いたら一緒にお風呂に入った。

 肌が触れあうことに気を遣う事なく、家族のように時を過ごした。


 そして、小学生の時もその関係は変わっていなかった。

 他の友達を作りながらも俺と秋藤はいつも一緒にいて。

 登下校も、学校でも、家でも一緒にいて。


 それが当たり前だった。

 なんの疑いもなく、家族のように一緒にいたのだ。


 だけど、そんな当たり前は急に崩れた。


『アイツ女子といるよ。ダサくね?』


 中学校に入学した時だ。そんな陰口が聞こえてきたのは。

 俺が入学した中学校は地域の三つの小学校から形成されるものだった。

 小学生の頃は、それこそ幼い頃から俺と秋藤は一緒にいるということが根付いていたので周りにとってもそれが当たり前になっていたが、他の小学から来た奴等からすれば、それが少し異質に見えたのかも知れない。


『まさかあれで付き合ってるわけじゃねえよな? 釣り合わないだろ』


 聞いて直ぐはなにを言っているのかわからなかった。


 女子もなにも秋藤と一緒にいるのは当たり前。

 付き合うにしても、付き合わないにしても、釣り合わないなんてことはない。

 

 だって小さい頃から一緒にいたのだから。



 秋藤は日本生まれの日本育ち。当然国籍も日本だが、父親が日本人、母親がアメリカ人のハーフだ。その御蔭で肌は他の子に比べて一際白く、髪は日を反射するほど綺麗な金色。目を覗き込めばガラス玉のように美しい蒼眼。


 それに加えてかなり大人びていた。


 小学生高学年の頃には既にランドセルは全く似合わず、初見の人なら二度見は必須。伸びるのは縦方向だけではなく、他の子より早く下着を着けなければいけなくなったと泣きつかれたこともある。


 対して俺は、田舎丸出しのクソガキだ。


 中学生になっても子供の頃から通っている床屋でスポーツ刈りを続け、眉毛は毛虫が張り付いているのかと思いたくなるほどの毛量。成長期が訪れず身長は男子の平均以下で、当然秋藤よりも小さかった。学生服もぶかぶかで、いま思えばよく虐められなかったと思うほどだ。


 釣り合っていない。


 その言葉の意味に気付いたのは中学二年生のとき秋藤と初めてクラスが別になった時だった。

 体育の移動中なんの気なしにクラスを覗くと、彼女を中心にお洒落な生徒達が談笑している風景を見た。

 第一ボタンを外し、髪の毛を染めて、ワックスで整えている男子生徒生徒達。

 スカートを折り、シャツのボタンを外して幼い鎖骨を見せている女子生徒。


 その中心で秋藤が笑っていたのだ。


 その時が初めてだった。


 秋藤椿姫を離れた所から見たのは。


 そして、彼女が異質な存在。


 お洒落をしている、可愛いと言える生徒達からも更に浮いて美しく認識したのは。


 男友達から何度か言われたことがあった。


『よく秋藤さんと一緒にいられるね』


『恥ずかしいとか、その、恐くないの?』


 その発言に何を言っているんだと思っていた。

 意味のわからないことを言うな。

 秋藤は人見知りで内気な、少し頼りないただの女の子。


 そう思っていたはずなのに、トイレの鏡で自分の姿を見た時、泣きたくなるほど恥ずかしくなった。


 そこからは俺が秋藤を避け続けた。


 着いてくるな。ほっといてくれ。鬱陶しい。男と女だから。お前にも友達がいるだろ。

 素っ気なく対応して、男友達と遊ぶから着いてくるなと突っぱねて、二年生の夏休みが明けた頃には話すことはなくなっていた。

 学校を出るタイミングをわざとずらして、顔を合わせても目を逸らして。

 あまりにも幼稚で愚かな事をした、と今なら言える。


 素直に自分のダサさを認めて、容姿に気を遣えばよかった。

 彼女に頼られる男に少しでもなろうとすればよかった。

 もし周りから批判されても、努力をして胸を張っていればよかったのに。


「またあの頃みたいに……。とは言えないよな」


 子供の頃のような関係には戻れない。

 秋藤が自分の部屋から俺の部屋に飛び込んできたり、一緒に登下校したり、お風呂に入って裸を見せ合ったり、くだらない話しをしながら登下校をしたり。


 俺も大人になった。


 高校生になり、それなりに身嗜みに気を遣うようになった。中学三年で成長期を迎え、身長は秋藤より高くなり、それどころか平均よりも上だ。部活に入っていないので二の腕が少しぷにぷにしているが、それは筋トレをすることで解消しよう。


 昔までとはいかなくとも、友達のような、普通の幼馴染みの関係に戻れたらと思う。


 あの時、避けてしまったことを謝りたいと思う。


 これが、高校生になり更に綺麗になった秋藤の制服姿を見て芽生えた恋心なのか。


 はたまた女性として成長を続ける彼女に抱く邪な思いなのか。


 或いはただ昔を懐かしんでいるだけなのか、自分でもわからない。


「それでも前に進まないとな」


 独り言を零しながら風呂を出る。

 リビングに立ち寄って牛乳を飲んでから二階にある自分の部屋へ。

 

「なんか暑いな……。あれ? 窓締めたっけか」


 四月と言えど風呂上がりは暑い。

 窓を開けてから風呂に行くのが日課だったが、どうやら忘れてしまったようだ。

 火照った身体を冷やすため、カーテンを広げて窓を開ける。

 涼しい風が肌を撫で、気持ちよさに気分を踊らせながら正面を見た。


 そこには、いま正にブレザーをハンガーに掛けている秋藤が見えた。

 

 俺と秋藤の部屋は窓で向かい合っている。

 恐怖心を捨てて飛び込めば移動できる距離にある。

 そして、秋藤は自分の部屋で着替えをしていた。


 こちらに気付かず、白く細長い腕がスカートを下ろした。

 黒いストッキングに包まれた足が露わになり、続けてシャツのボタンに手をかける。

 一つ、二つと外してシャツを脱ごうと華奢な肩が金色の髪の隙間から微かに見えた。


 生唾を飲み込む。

 彼女を避けてきた間、意識していなかったといえば嘘になる。

 むしろ秋藤を意識して、意識し続けてきた。


 もし成長したらまた彼女の隣に立てるだろうか?

 そんな煩悩と葛藤しながら、彼女の姿を追い続けていたのだ。


 撫でたくなるような細い足に、抱きしめたくなる華奢な身体。

 明かりさえも反射する綺麗な金色の髪が靡いて――秋藤がこちらを振り返る。


 ばっちり目が合い、普段は鋭い蒼眼が大きく見開かれた。

 

 すぐに視線を下げるが、半脱ぎになり開かれたシャツは秋藤の身体を殆ど隠さず、黒い下着が支える柔らかそうな胸に視線が向いてしまう。


「いや、ちがっ」


 言い訳をしようとするが、秋藤は目を見開いたまま動かず、暫くしてから鼻の下に手を添えた。

 それがなんの仕草なのかわからないが、冷静になったのか顔が一気に赤くなる。近くにあったタオルケットで身を包み、こちらを睨み付けてから窓を開けた。


「いつまで見てるのよ」


 秋藤の顔は真っ赤だった。

 うぅー、と小さな声を漏らしながら、俯き加減でこちらを睨み付けられる。


「これは違う! たまたま窓を開けたら秋藤が着替えてて! 決してわざとじゃ」


「変態」


 小さな声でそう伝えられ、強い音と共に窓を閉められた。

 つんっ、と態とらしく顔を逸らされてカーテンが閉ざされる。


 ……とんでもないことをしてしまった。

 もしこのことを学校で言いふらされたらどうなることか。

 たまたまにしても、覗き野郎だ変態野郎だと言われるに違いない。


 既に学校での立場は明確になっている。


 秋藤はスクールカースト上位に位置している。

 部活に入り賑やかなお洒落な、所謂リア充の集まりに所属している。

 という訳ではない。

 

 知的で大人しい、気軽に声を掛けるのが躊躇われるような女子グループ。

 燥いでいる連中からはよく声を掛けられているが、どこか距離をとっているような。

 誰からも一目を置かれて、誰とでも仲良くしている存在。


 対して俺は地味&地味のMr.地味。

 同じような冴えない友人達と教室の隅に集まっているグループだ。

 不良やお洒落な奴等に目を付けられず、明日いなくなっても誰も気付かないような生徒達。


 そんな立場で秋藤の着替えを覗いたなんて噂が流れた日には……。


「最悪だ」


 それに、印象も悪くなってしまった。

 これからまた仲良くなれたらと思っているのに、まさか覗きすることになるなんて。


 とりあえずカーテンを閉めてから枕に顔を埋める。

 

「あぁもうどうしたら。……なんか甘い匂いがする。母さん、枕カバー洗濯してくれたのかな」


 学校での不安と、脳裏に焼き付いた秋藤の綺麗な裸。


 そして、それを打ち消すような甘い香り。


「どうやって、秋藤に謝れば」


 そう考えているうちに意識が朦朧とし、そのまま眠りに落ちていくのがわかった。

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