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目が覚めると、真っ青な空が広がっているのが見えた。大分寝ていたみたい。それにしてものどが渇いた……。二人とも呼べば来てくれるのかもしれないけれど、なんとなく少しでも歩きたい。ベッドから出るとまっすぐに扉へと向かっていった。
思っていたよりも高い位置にあるドアノブを回すために精一杯背伸びをしていると、不意にがちゃりと扉があいた。って、このままだとまずい。
「え、アラン⁉」
とっさに体を支えることもできず、体は自然と後ろに倒れていく。兄さまの驚く声を聴きながら、衝撃を覚悟して目をギュッと閉じた。
「あ、危なかった……。
どうしてここに?」
一向に来ない衝撃と、そんな兄さまの言葉にそっと目を開けてみる。すると、体は見事に兄さまに支えられていた。
「あ、ありがとうございます。
のどがかわいてしまって……」
「そっか。
今水を持ってこさせよう」
いうや否や、どこからか人がやってきて一礼して去っていく。今の人どこから来たの⁉ 驚いているうちに兄さまはいつの間にか僕のことを横抱きにして、またベッドに逆もどり。もう元気なんだけれど。
「さあ、アランはもう少し休んでいなさい。
あとでイシュン兄上が様子を見に来てくれるから」
「でも、もうたくさん寝ました。
もう元気です」
むっとしながら言うと、兄さまは柔らかく微笑みながら僕の頭をなでてきた。それであきらめると思ったら大間違いだからね。昨日やっと外で遊べたんだもん。今日も天気よさそうだし、外で遊びたい。
「そういって、昨日は倒れてしまったんだろう?
みんな、父上も心配していたんだぞ」
じっと目をのぞきながら言われてしまう。ううう。心配をかけてしまったのは悪いと思っているんだよ?
「だから、ひとまずイシュン兄上の許可が出るまではおとなしくしていなさい」
そういわれてしまっては、もうはーいと返事をするしかない。仕方がないと、ベッドにもぐりこもうとすると誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。
「申し訳ございません、坊ちゃま。
お水をお持ちいたしました」
「サイガ!
ありがとう」
うん、やっぱりすごく喉が渇いていたみたい。お水がとってもおいしい。渡されたお水をごくごくと飲んでいくとあっという間にコップ一杯分を飲みきってしまった。ひとまず満足したし、おとなしく寝ていよう。
次に目を覚ますとすぐにイシュン兄さまが来てくれた。そして様子を見てくれる。ひとまず、ベッドからは出ていいって言ってくれないかな。
「うん、まあ屋敷の中なら動いてもいいかな。
でも無理は禁物だからな!」
「うん」
やった。今日も一日ベッドにいなきゃかもって思っていたからうれしい。思わず笑顔になっていると、あー、かわいい、と言われながら頭をなでられました。
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「今日はわたくしが絵本を読んであげますわ」
昼食の後、僕はマットが敷かれた部屋に来ていた。壁際には背の低い本棚やぬいぐるみなどが置かれている。ここは子供部屋かな? にこにことご機嫌な姉さまに言われたところに座ると、うんしょ、と一冊の本を持ってきた。
「お嬢様、そちらはまだお坊ちゃまには早いと……」
「わたくしがアランに読んであげたいのです!」
困り顔のアベルとそれでも譲らない姉さま。これはどうするんだろう。きょろきょろと2人の顔をみていると、アベルが深くため息をついた。これはアベルの負けかな。
ぺらりとめくった絵本の1ページ目。そこにはどんよりとくらんだ背景に翡翠色と天色の瞳をした少女が描かれていた。
「むかし、このくにはとなりのくにとずっとたたかっていました。
みんながひへいしたたたかいをおわらせたのは、グリーンガーネットとアクアマリンのようなめをもつひとりのしょうじょでした。
そのしょうじょはそのごはじまりのまじょ、とよばれるようになりました」
高い声でゆっくりと紡がれる物語。その中のたたかい、という単語が引っかかった。そう、たしか僕もせんじょう、にも出ていた気がする。そうだ、それで次々と人が死んでいった。味方も部下もどんどん減って、でも同じくらい、いやそれ以上に敵国の人たちの命を……。
そう、そうして『ラルヘ』として生きていた。でも最後は面の人たちに殺されたんだ。
そしてこの少女。ルベーナ、だよね? 僕はあの子を守れなかった? 大切な、大切な妹、家族。なのに守れなかった……。きっと僕のせいで、怖い目に合わせた。ルベーナ。
「アラン⁉」
守りたかったのに守れなかったもの、奪っていった命、守り切れず1人残してしまった妹。いろんなものが頭をぐるぐると回っていく。姉さまが何かを言っているのが聞こえるけれど、何を言っているの? ああ、いきがくるしい。どうやっていきをするんだっけ?
「アラン!
ゆっくり息をするんだ。
僕の言葉と一緒に」
すって、はいて、とゆっくり繰り返す。イシュン兄さま? 兄さまが抱え込んでくれているからか、どくんどくんと心臓の音がする。
「そう、上手だね。
大丈夫、大丈夫だよ」
そのまま兄さまの温かい手が背中をなでてくれる。ようやく自分だけでちゃんと息ができるようになって、きた。どうして、こんなにも取り乱したんだろう。あれは『ラルヘ』にとっては日常だったはずなのに……。でも今の自分はアラン?
「マリーも、よく我慢したね」
そうだ、姉さまが絵本を読んでいてくださっていたんだ。後ろからヴー、という変な声が聞こえてきた。気になって振り返ってみると、そこには顔をしかめている姉さまがいた。えっと、どうして? 状況がわからなくてきょとんとしている間に姉さまの瞳からぽろぽろと涙がこぼれていった。
「おいで」
イシュン兄さまが手を差し伸べると姉さまは涙を流しながらもこちらへやってくる。そしてイシュン兄さまに抱き着いた。
「わた、わたくしの、せい?」
「違うよ。
それに、もう大丈夫だから」
じっとお姉さまの方を見ていると、不意に姉さまはこちらを向く。そしてうん、とうなずいた。
「申し訳ございません、イシュン様」
「いや、たまたま様子を見に来ていてよかった。
それで何があったんだい?」
僕と姉さま。2人ともを抱きしめながらも、イシュン兄さまはアベルから冷静に話聞いていた。アベル、すごく冷静だ。
「そうか……」
何やら深く考え込む様子のイシュン兄さま。なんだか不安になって見上げていると、ふとこちらを見た兄さまと目が合う。すると、すぐににこりと笑ってくれた。
「もう大丈夫かな」
なんとなくまだ離してほしくなくてギュッと抱き着いて、イシュン兄さまのおなかの辺りに顔をうずめた。さっき脳に浮かんだ映像。あれは間違いなく『ラルヘ』が見てきた、やってきたことだ。でも、でも……。
「何も怖いことはないよ。
大丈夫、大丈夫」
またゆっくりとなでてくれる。姉さまももう落ち着いているみたい。なでられる心地よさやいろいろとあった疲れから、眠く、なってくる。
「眠いかい?
いいんだよ、寝てしまっても」
「う、ん。
ありが、とう……」
そのまま、意識は途切れた。