エピローグ
「や、忙しそうにしているね、本神殿長様」
「何か用かな、アルフェスラン国王」
一拍置いた後、どちらからともなく笑い声が漏れる。だめだ、いつまでたっても慣れない。自分のことをシントに本神殿長と呼ばれるのも、自分がシントをアルフェスラン国王と呼ぶのも。
「兄上のところに行くんだろう?
私も一緒に行っていいかな」
「うん、行こうか」
「出かけられるのですか?」
「ああ、少し姉上のところへ」
僕の言葉に神官は納得したようにうなずく。そして、行ってらっしゃいませ、とだけ言って下がっていった。
シントと二人、向かう先は王家が所有している中で最も美しい離宮。ここに行く時は護衛は連れて行かない、何となくそういうことになっている。
「姉上、お久しぶりです」
「まあ、アラミレーテ!
よく来たわね」
「お元気そうでなによりです」
うんうん、今日もトルーとウィッチは走り回って元気そうだ。それに姉上の腕の中にはすやすやと眠るクララがいる。シントはエキソバート殿下と話をしているみたい。
そう、結局エキソバート殿下は王籍を取り戻したのだ。王位は結局シントが継いだけれど、いまだにシントに子がいないこともあって、そうなったのだ。本当にシェリー嬢といういい人を嫁にもらったのに……。
「さあ、中に入って?
いろんな話を聞かせてほしいわ。
わたくしたちはずっとこちらで過ごしているでしょう?
穏やかなのだけれど、あなたやお兄様の話も入ってこないのは寂しいわ」
「ええ、いくらでもお話いたします」
「ふふ、みんなの本神殿長様をこうして独り占めしていては、怒られてしまうかもしれないわね」
「そんなことはないですよ。
それにいる間くらいはゆっくりさせてください」
本神殿にいたら、いつの間にか何かしらの仕事が用意されているのだ。本当に僕のことをなんだと思っているのか。でも、初期の方の洪水による被害や、飢饉、そう言った問題はずいぶんと減ってきた。これも各地で頑張ってくれている、神官長と呼ばれるみんなのおかげだろう。
「叔父上!
こんにちは」
「こんにちは」
いつの間にか、先ほどまで走り回っていた子たちが近くに来ていた。そして、輝くような目で僕を見上げている。えっと、なぜ?
「叔父上は本神殿長、なのですよね?」
「え、ええ」
「かっこいいー!」
本当にどういうこと? 姉上の方を見ると、気まずげに視線をそらしてきた。あなたの差し金ですか、そうですか。本神殿長、といっても特殊なことをしているわけではないのに。ただの名目。
僕は各地にオッドアイの人を派遣するにあたって、神の使い、と言った形をとることにした。その人たちを守るために、そしてメリケリアース神の存在を認識してもらうために神殿、というものを作ったのだ。あの崩壊は、メリケリアース神への信心を忘れ、聖樹等の調律のために大切なものすら手にかけたことも原因であったと知って、神殿を作ることにしたのだ。
実際に神殿に祈ると苦しむことが少なくなる、ということが分かったのだろう。今ではどんどんと支援者を増やしており、おかげでだいぶ安定してきた。
そして、そんな組織の名目上の長が僕、になってしまった。本当はほかの人と対等な神官長を名乗っていたのに、なぜか本神殿長に! 本当にやめてほしい。そして、それを広めないでよ、姉上。
「そ、そういえば、今日は何か話があってきたのでしょう?」
あ、露骨に話をそらしてきた。まあ、いいけれど。でも、その話は僕からじゃなくて、シントからするべきだ。シントの尽力の結果なのだから。視線をシントたちの方に向ける。すると、二人はとても穏やかに笑っていた。そして、シントが何かを言うと、驚きに目を見開き、すぐにこちらにやってきた。
話はちゃんと伝えられたみたい。
「ま、マリー!」
「は、はい」
「王都に、戻ろう……。
シフォベントが、戻ってきてもいいと、私に、もう一度機会をくれると、そういってくれたんだ」
「え……」
姉上の視線はすぐにシントに向く。シントはそれにただ微笑みを返した。
「っ、ありがとう、ありがとうございます……」
「どうして泣いているの、母上?」
「どうして?」
「う、嬉しくて……」
姉上が涙をこぼすのを見ながら、シントがこちらにやってくる。その顔はどこかほっとしたようにも見えた。
「よかったね、ちゃんと伝えられて」
「うん。
兄上に王位を渡すことはできないけれど、それでも。
ずっと兄上は、兄上だから」
子供たちを抱きしめて喜ぶ夫婦に、二人して少し泣きそうになる。それを見つめるシントも、どこか泣きそうだ。本当によかった。今度は、シントは失わずに済んだんだ。
暖かな風が吹く。それに呼応して、花びらが舞い散った。ああ、そうだ。僕が守りたかったものはこれなんだ。
それは『ラルヘ』が叶えたくて叶えられなかった願いでもある。その夢の続きを、まさかこうしてみることになるとは思わなかったけれど。こんな幸福に続いてくれたのなら、よかった。
これからも続く道の中で、こうした幸福をまた見つけたい。だから、これからも守られるのではなくて、守るよ。立場も名前も関係ない。僕は僕の守りたいもののために、力を尽くすんだ。
「シント、これからもよろしくね」
「え、急にどうしたの?
……もちろんだよ、アラン」
これでこの話は完結になります!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。