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そこからの日々は本当にあわただしかった。そして、何よりも先に怒られた。本当にいろんな人に怒られた。それもなんだか嬉しくて。きっとそれはシントも同じだった。
ちなみに僕よりもシントの方がよっぽど怒られていた。
そして、シントは陛下にもクロベルタのことなどを告白したようだ。言うと決めた前日は、真っ白な顔をしていたのに、次の日は目を赤くしていて。直接は聞いていないけれど、きっと受け入れてくれたのだろう。僕はというと、『ラルヘ』のことは特に言っていない。やっぱり怖いのだ。
幼いころから何度も考えていた。家族に『ラルヘ』がばれるときのことを。その時の最悪の予想、というやつが頭から離れなくて、どうしても言い出せなかったのだ。シントはきちんと言ったのに。
でも、そんな僕に言わなくてもいい、と、僕はアラミレーテなのだから、と言葉を重ねてくれたのがシントだった。自分はその恐怖に打ち勝ったのに、僕にそれを強要することはなくて。そんなシントだからこそ、僕はずっとそばにいたいのだ。
そして、皇国の王位継承、自治権の返還、等々が隣国の出来事として進んでいく。その中心にかつては自分がいたなんて信じられないくらいだ。さて、そんな話を僕はどこで聞いていたのか。
「ねえ、アラン聞いてよ!
父上が、自分も王位を僕に譲ろうか、とか言ってくるんだよ!?」
あり得ないよね! と部屋に入ってきたのはシント。今日も元気そうで何より、だが。
「なんでここにいるの?
シントもかなり忙しよね?
さっさと自分の部屋に戻って仕事してよ」
「う、アランが冷たい。
いいじゃん、少し息抜きしようよ」
「シフォベント殿下?
息抜きはこれが終ってからにしてください」
「う、トラヴィリス……」
本当にシントは学ばない……。こうして僕のところに来ても、執務が終っていなければ連れ戻されるだけなのに。やっと静かになったか、そう思っていると、また誰かがやってきた。
「お疲れ様です、アラン。
お茶でも飲みませんか?」
「あ、ありがとうございます、シェリー嬢」
「いいえ」
今度はシェリー嬢。最近お茶を入れるのがものすごく上手なのだ。いや、未来の王妃がお茶を入れるのってどうなんだろう……。そう思うけれど、まあ、そこは学園の中のことと許してほしい。
そう、ここは学園の一角、四囲の館だ。結局余っている一室をもらって、僕もこうしてシントの仕事を手伝うことになってしまった。というか、本来陛下がやるべきものも、シントが巻き起こした一連のことを受けて手が回らない! とシントに回されてしまっているのだ。
その分の補助要員が僕、と。まあ、この感じも楽しいからいいけれどさ。それに王の間が開かれた後は、僕はここにはとどまらない予定だ。こうしてどたばたと楽しめるのも今だけ、と思うとなかなかいいものに思える。
いや、でもこの状況でシントに王位を譲るって口にするのはどうなんですか、陛下……。
「それにしても、各地にオッドアイの人を派遣するという話、あんな形で安全性を確保するなんて面白いことを考えましたね」
「そう、でしょうか?
でも各国、それぞれ痛い目を見たでしょう?
ああいう言い方をしておけば、誰も我々をぞんざいには扱わない、いや、扱えないでしょう。
なにせ、長い間ずっと赤と青のオッドアイを探すほどに信心深い人たちなのですから」
「それはそうでしょう」
では頑張ってください、といってシェリー嬢が部屋を出ていく。ちょうど目の前にはそれに関する資料。なんとかひねり出したものだが、きっと今はこれ以上のことは考えられないだろう。もしもうまくいかなかったならば、またやり方を考えないと……。
それと、アルフェスラン王国とツーラルク王国、それらの地域に呼びかけることで、なんとかオッドアイの人は集まった。とはいえ、一人で送り出すわけにはいかないから、宝石眼の人にも頼み込み、世話係も集め、とかなり大きな事案になってしまった。
とはいえ、それが必要なことである、と話は通しておいたので、各地の協力もありどうにか形になりそうだ。
今はもう無月に入ってしまっている。先日、姉上たちは卒業を迎えた。本来はトラヴィリス様はここにいていい人ではないのだが、今の特殊な状況を考慮してこうして、四囲の館に出入りしている。
そして姉上。姉上はエキソバート殿下のところへ嫁いでいった。心変わりをしなかった姉上を、僕は本当に誇りに思う。
「やっと、終わった……」
毎日毎日なぜこんなに? というほどの仕事が回ってくるの、本当に不思議でしかない。さて、他の人は、と。
「あ、アラン終わった?」
「うん。
シントももう終わったんだ」
「そう!
これでやっと休める!」
「どういうこと……?」
「あれ、言ってなかったっけ?
まあ、少しずつは出てくるだろうけれど、これで一応しばらくの重要案件は終わったんだ。
やっとゆっくり休める……。
いや、遊べる!」
「遊ぶの?」
「うん。
だって、アランは赤の日を迎えたら、こうしてゆっくり会うこともできなくなるだろう?
だから、今のうちにさ」
「シント……」
そんな寂しそうな顔で言わないでよ。会えなくなることはないんだから。
恐らく、トラヴィリス様たちの気遣いもあったのだろう。そのあとは大きな仕事が入ることはなく、僕らは思い切り遊んだ。町を回って、馬に乗って争ったり、たわいもないことをして、とても楽しい休みを過ごさせてもらった。