162
「あれ、本当にアランがいる……。
どうして……?」
「シント!」
はっ! 兄上と話して、すっかりそっちに意識がいってしまっていた。でもよかった、ちゃんとシントともあえて。そうだ、まず自分の用件の前に、シントに何があったのか聞かないと。確か、誘拐されていた、よね?
「あの、シント。
僕は僕の目的があってここに来たんだけれど、その前に。
シントに何があったか教えてくれない?
そして、シントはなんで皇国に来ようと思ったのか知りたい」
「え、あ、うん……。
そうだね、わかった、話すよ。
僕としても、なんでアランがここにいるかはすごく気になるし。
僕の話を聞いた後に話すっていうのなら、さっさとこちらの事情は話てしまおう」
……え、そんなにあっさり? だって、手紙ではあんなに濁していたよね? だからてっきり、それは言えない、みたいに言われるとばかり思っていたのに。ただ、兄上たちには聞かれたらまずいらしい。話をするのは部屋を移動してから、と言われてしまった。
「うーん、そうだな……。
突っ込みは一切なしでお願いするよ」
そう前置きをして、シントの話は始まった。
そもそも、始めはやはりツェベルの手によって王城から連れ出されたらしい。夜中寝ているところを、急に縛って連れ出された、と。ツェベルは僕が何度も言っていたように、皇国側のものだったのだ。
え、突っ込みたい。もうここで突っ込みたい。でもだめなんですね、はい。
「それでも、誘拐と言ってもツェベルはあくまで僕を丁寧に扱ったよ。
だから、けがはない。
そして、馬に乗って、どんどん王城から離れていく中、助けて、って言われたんだ。
ツェベルはこれまでのいろんな情報から、僕はツーラルク皇国の中枢の情報を握っていると踏んだみたい。
それに、この国が変わり始めた150年前のことも知っている、と。
まあ、それっぽいことを言って、無理にアルフェスラン王国との友好を結ばせたから、正直ばれても仕方なかったんだけれど」
……つまり、僕が把握するより以前から、シントはかなり危ない橋を渡っていた、と。それでよく生きていられたな。思わずジト目になるのは許してほしい。
「それで、助けてってどういう意味?」
「凍土の問題だよ。
あれのせいで年々作物の収量が減って、苦しんでいるらしい。
そして、ツーラルク皇国は唯一王の間への招待が送られてこない。
国を治めるのに必要な情報を持っていないんだよ」
「王の間……?」
聞いたことはある気がする。でも、それなんだっけ?
「各国の正当な王だけが招かれるところだよ。
そこではいろんな情報をえることができる」
正当な王、それにツーラルク皇国の皇帝は入っていないということか? いろんな情報というところも気になるが、それは一旦置いておこう。
「この国は歪な形をしている。
だから、本来なら何ともないような怪我が、この国では致命傷たりえる。
このままでは何の手も施せないままに、この国はつぶれてしまう。
それに気が付いたのは、本当に最後の方だったよ。
今、正当な王の血筋というものが途絶えかけている。
そして、今の王は正当な血筋ではないから、王の間には行けない」
「正当な、血筋ではない……?」
「そう。
あんな『クロベルタ』でも、王の子だ。
正当な血筋たりえたから、王の間には行けた。
でも、そのあとは正当たりえない父の弟の血筋もまた、正当性を叫び始めたんだ。
そこからはもう醜い争いの始まりだよ」
正当な王の血筋って、なんなんだろう。王の弟も流れていたのは同じ血のはずだ。一体なにが、兄と弟で違ったのかわからない。でも、神には区別、されてしまったのだ。
今の王は正当ではないならば、きっと今は王の弟の血筋が王座についているということか。
「とにかくそういう歴史を繰り返す中で、それでも正しい血筋は僕の子孫に流れ続けた。
だから、もしも凍土を、神が分け与えた土地をどうにかしたいというならば、まずは僕の子孫に王位がうつらなくてはいけない。
それと……、王の間に行くとね、よくわかるんだ。
人間の認識上、確かに皇国は三国を支配下に置いたかもしれない。
でも、神の認識上では決して、そんなことはないんだ。
あそこで僕が見ることができた情報は、ツーラルク王国のものだけ。
他国の正当な継承者ではない人には、見ることができないんだ。
だから、過去皇国が奪ってきた数々の国を、正当な継承者に返さなくてはいけない、とそう言った」
国を、正当な継承者に返す……? それは、つまり国を元あった形に戻すということ、だよね? まさに僕が望んでいたように。
「まずは王位を正当な継承者に、そこから始めているんだけれど、これがまた大変で……」
「ねえ、シント!
その先で、本当に皇国は国の主権を各国に返すの?」
「え、うん。
そうしないと、もう打てる手はないって言っておいた」
「僕も!
僕がやりたいことの一つは、それなんだ。
早く、この国を元のツーラルク王国に戻すんだ。
その先で、ようやく『調律』ができるようになる」
「調律?」
あ、そうだよね。シントにはちゃんと一から説明しないと。説明したら、きっとうまくやってくれるから。そう思って、調律のこと、僕がメリケリアース神に会ったこと、皇国のこと、そのすべてを話した。
話終えると、シントは考え込んでしまった。まあ、詰め込みすぎた自覚はある。