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ここはぎりぎり皇国内。だからこそあの時、僕たちは皇国に逃げた。このまま皇国に行こう。まずは皇国の問題を解決させないと。後は、どうしたらみんなを安全な状態で各国に送り出せるか……。
それは一旦置いておいて、まずは皇国だ。恐らくシントはまだ皇国にいる。どういう用事なのか具体的にはわからないけれど、きっと力を貸してくれる。そんな予感がするから、急がないと。
そのまま走って向かおうとして、はたと気が付いた。そうだ、別に走らなくてもいいじゃんか。メリケリアース神のところに行ったからか、魔力が回復しているのがわかる。だったら、またあの扉で移動した方が早いし、間違いない。
『守り人』は決まって王都の近くにいる。ならば、『ラルヘ』が慣れ親しんだ皇都を思い浮かべれば、きっとその『守り人』のところへ行けるはずだ。そうと決まれば早速試してみよう。
幸い、ここの扉への道はかなりわかりやすい。草が踏み分けられているところをたどっていけば着くもの。ああ、もう少しでシントに会える。それが何だか心強い。そんな気持ちのまま、勢いで扉に力をこめる。そして、力がいきわたったことを確認して、扉を開けた。
ただ扉一枚を隔てただけ。そう言うと、とても簡単な行為に思えるけれど、これで長距離を移動しているんだものね……。がらりと変わる気候についていけなくなりそう。まあ、これもすべて短時間で行き来している僕が悪いのだろうけれど。
ひとまず外に出ると、『守り人』のお迎えが。この空間はどこも変わらないらしい。
「ああ、近頃何やら騒がしいかと思えば……。
このようなことを、賑やかになったと喜んでしまう私はきっと『守り人』失格なのでしょうな」
そんなことを言って、温かく迎え入れてくれた『守り人』。一体どれほど長い間、こうして従事してくれていたのだろうか。その働きに報いることができる日が来ればいいのだけれど……。
さて、どうするか。皇宮に行っても門前払いの可能性が高い。まあ、シントの名を出せばどうにか取り次いでもらえるか? とりあえず行ってみるかと、ここを出る。変わったところも多いが、まだわかるところの方が多い。よかった、一人で歩いても迷子にはならなそうだ。
そして、今度こそ歩いて皇宮へと向かう。案の定、入り口は厳重警備。まあ、そうでなければ、皇帝を守ることもできないものね。さて、と。
「あの、すみません」
「なんだ、貴様?
お、オッドアイの宝石眼……」
「こちらにアルフェスラン王国のシフォベント殿下がいらしてますよね?
その方に用があるのです。
カーボ辺境伯家のアラミレーテ、と言えばわかるはずです」
辺境伯家、のあたりで多少反応してたな。まあ、それも無理はないか。少しためらった後、少々お待ちください、と言ってその場を後にする衛兵。よかった、ひとまず聞いてきてもらえそうだ。
そして待つこと少し。聞きに行ってくれた衛兵が戻ってきた。って、なんでその後ろに兄上が!? あ、まずい。家には何も説明していないのに、勝手に名前を使ってしまった……。家名というものが持つ重さを、僕はこの14年をかけて学んできたはずだったのに。
「あの、兄上……?」
「アラン!
どうしてここに!?」
「では間違えないのですね?」
「え、ええ。
確かに彼は私の弟です」
その言葉を聞くと、衛兵が僕を中に入れてくれた。そして兄上と二人、シントのところへ向かうこととなった。
「それで?
きちんと説明してくれるんだよね?」
兄上? 笑顔なのになんだか怖いです……。いや、本当に。部屋に着いたけれど、シントはいない。ここは一体どこなんだ?
「シフォベント殿下は今、皇帝陛下と話されているよ。
本当に一体何が何だか……」
ああ、頭を抱えてしまった。でもどうしよう、一切うまく説明できる気がしない。いや、本当に。でも、やるしかないよね。拙くても、うまく伝わらなくても、それでも精一杯やらないと。
「あのね、うまく言えないかもしれないけれど、それでもいい?」
「うん、大丈夫だよ」
そういって微笑んでくれる兄上。ああ、本当にいい兄弟を持ったな。ありがとう、兄上。やっぱり僕は皆を守りたいよ。
それから僕は、つっかえながらも、うまく行かなくてもそれでも精一杯説明した。いろんなことを。アルフェスラン王国を出てからのことはもちろん、必要ならばそれ以前のこと『ラルヘ』のことも。もちろん、濁しはしたけれど。
「だから、僕はここに来たんだ」
話し終わると、もうのどはカラカラで。でも、やっと誰かに話せたことが素直に嬉しかった。もうあの村のことを僕しか覚えていないならば、僕一人で背負って行かなくてはって思っていたから。
兄上はどんな反応を、そう思って見上げる。すると、すぐに目の前が暗くなった。え……?
「ねえ、アラン。
君は何があろうと、私の大切な弟だ。
家族だ。
だから、遠くに行かないでって、手をつないでいたい。
けれど、君はもう大人にずいぶんと近づいてしまったんだね。
本当は甘やかして、そうしてずっと私たちだけのアランでいてほしかったのに」
「兄上?」
「アラン、やりたいことをやるといい。
私はそれを後押ししよう。
だから、必ず私たちのもとに戻っておいでね」
「うん……、うん。
絶対に戻ってくる。
ありがとう」
そのまま、ぎゅうっと子供みたいに抱き着く。ああ、温かいな。すごく安心する。僕の帰るべき場所はちゃんとあるんだって。自分が何だか得体のしれないものになっていくような感覚があった。でも、そうじゃないって教えてくれた。僕は、アラミレーテ・カーボとしていていいんだって言ってくれた。だから、ちゃんと最後まで頑張れるよ。
ねえ、神様。だから、僕は戦うんだ。僕の大切なものを守るために。僕の、大切な皆のために。
たびたびすみません……。
誤字報告、本当にありがとうございます。