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その男を見たとき、シントが顔色が悪い理由が分かった。あの男と、ここに出る前にあったのだろう。画の中で皇帝と話していた男がいたら、それはああもなる。皇帝と二人で、それもため口で話せるほどの仲。重鎮に違いない。そんな男がどうして……?
「アルフェスラン王国の貴族の皆様、こんにちは。
リンキュ王国第2王子、モノローア・リンキュと申します・
昨年に引き続きスターフェ王立学園に留学いたします。
今回入学される方も含め、学園生の方、よろしくお願いいたします」
あ、ここで拍手するものなのか。ちゃんと僕もしないと。自分の挨拶が終わると、そっとラランの皇子の背を押す。留学生どうし、交流があるのかもしれない。
「み、皆様、始めまして。
ララン王国から留学に参りました、バレティエラ・ラランと申します。
よろしくお願いいたします」
手馴れた感じのモノローア殿下と違い、バレティエラ殿下は初々しい。と、今回夜会デビューした僕には言われたくないだろうけれど。もちろんここでも拍手。そして、最後の男。きれいにほほ笑むそいつは、まずは一礼した。
「親愛なるアルフェスラン王国の皆様、ごきげんよう。
ツーラルク皇国にて公爵位を賜っております、フブリジア・シャールと申します。
以後よろしくお願いいたします」
以後よろしく、ね。まあ国同士が仲良くなるのはきっといいことだ。それに今は他国とはいえ、少し愛着、のようなものがある。まあ苦い思い出もあるが。とにかく、争わないでいられるならそれがいい。でも、やっぱり警戒はしておくべきだろう。
そして僕は今、猛烈に女性でなくてよかった、と思った。姉上がいなくてよかった、とも。癖がありそうなあの人たちと踊ることになったら気が気ではない。そう、あの人たちも壇上から降り、ダンスの輪に加わるのだ。こわっ。
まあそれぞれ見目がいいから、目を輝かせている女子は大勢いるけれど。さて、僕はどうしよう。もう義務は陛下方に挨拶するくらいだ。それは兄上たちとやるから、待っていなければいけない。なら、このまま壁際に立っているか。
その判断をまさかここまで後悔することになるとは……。いや、本当に何を考えたんだ? そう、今隣には例の公爵がいるのだ。陛下とか我が国の公爵とかが注意深くこちらを見ているのは感じるが、現状は軽くおしゃべりしただけ。何もできないのだろう。
「それにしても……。
なぜ女性が男装を? と気になったのですが、思い違いでしたか」
「あ、はは、ご冗談を」
いや、本当に冗談じゃない。幼い時と比べて、僕はそれなりに男性らしくなった。それなのにそんなこと本人に言うか!? がまん、我慢だ、僕。
「先ほど踊ってましたね。
今回初めて夜会に出られたのですか?」
「ああ、はい。
そうです」
ああああ、もう! さっきからどっか行けよ、と全力で思っているのに全然いかない。交流のために来たのに、こんなところにいていいわけないだろ! って、なんかこっちじっと見てるし。
「それにしても、見事な瞳ですね。
私も多少はそう、なのですが……」
「あ、ありがとうございます」
『そう』という言葉にひかれる。ちらっとシャール公爵の瞳を見ると、確かに少し煌めいている気がする。僕とか兄上たちほどではないが、この人も宝石眼、か。
「おや、アランではないですか。
こんな壁際で何を?」
「だ、ダブルク様!」
救い! まさかダブルク様が声をかけてくれるなんて。奥様が出産されたばかりだから、今回は来ないと思っていた。けれど、本当に助かった。
「っと、これは失礼いたしました。
こんにちは、シャール公爵」
「ええ、こんばんはスキフェン殿。
それでは、またお話ができることを楽しみにしています、カーボ殿」
こちらに会釈してシャール公爵は去っていく。た、助かった……。
「ありがとうございます、ダブルク様」
「ああ、いや。
邪魔になっていないならいいんです。
大丈夫でしたか?」
「はい、なんとか……」
はー、あの人が行ったら一気に疲れた……。本当になんだったんだ。
うん、こういうのは切り替えが大事。なにかされたわけではないんだ。今は切り替えよう。
「そういえば、ダブルク様。
お子様のご誕生、おめでとうございます」
「ああ、聞いたんだね。
ありがとう。
今度我が家に来て、ぜひかわいがってあげてくれ」
「はい!」
やった。これで家に入る許可もらえた。赤ちゃん、楽しみだ。さっきの鬱々とした気持ちが、全部吹き飛んじゃった。そして、今日はパートナーがいないから、と言って兄上たちが戻ってくるまで、ずっと一緒にいてくれました。
そのあとは兄上たちとそろって、両陛下への挨拶だ。シントは下でダンスに交じっているから、ここでは置いておく。後で挨拶しよう。
「本日は夜会へのお招き、ありがとうございます。
そして、全員揃っての出席とならなかったこと、お詫び申し上げます」
「ああ、気にせんでよい。
こちらのせいでもあるのだから」
「ええ、そうよ。
どうかこの夜会をあなた方だけでも楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございます」
では、と頭を上げた兄上に合わせて、僕も頭を上げる。そして、陛下の前を辞すると、これで今日やらなくてはいけないことは終わった。いやー、本当にどうなることかと思ったけれど、無事で済みそうで何より。……というか、無事にすまないのはこの後か。