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シントと話をした翌日。僕は久しぶりに植物園へと来ていた。あの時、兄上と一緒に行った聖樹、と呼ばれる樹があった植物園だ。ここには定期的に来ていて、そのたびに聖樹に力をあげている。何となく、この樹は枯らしてはいけないと、そう思ったのだ。
まあ、視察に行っている間はずいぶん長く開けてしまって、その後力をあげに来たときは倒れてしまったのだけれど。そのあとは工夫をすることで倒れることも、目立つこともなくなった。淡く光ってしまう間は人がいない時を狙って、ひやひやしながらやっていたものだ。
「おや、こんにちはアラミレーテ様」
「こんにちは」
「あなたが来てくださったなら、聖樹は喜んでおりますね」
うーん、そんなことはないと思うけれど。お茶をしていきませんか、と誘ってくれたこの人は聖樹の守り手、と呼ばれている人だ。そう、初めてここに来た時に宮廷人っぽい人に怒られていた人だ。ここに定期的に通っているうちに顔見知りになってしまった。
「聖樹もすっかり良くなったようで。
何もできず、本当に守り手とは名ばかりで恥ずかしい……」
「そんなことはないでしょう。
あなたの腕が良かったから、元気を取り戻したのでしょう?」
というか、僕が力を分けたからと知られたらまずい。まずいから、そういうことにしてほしい。どうにも納得できない顔をしているが、僕は何も知りません。だからそういうことにしといて上げます、みたいな顔をしないでほしい。
それにしても、この方が入れるお茶は本当においしい。一体どうやって入れているのか……。というか、ずっと気になっていたけれど、何の茶葉?
「どうかされましたか?」
「いえ、いつも思っていたのですが、これは何の茶葉なのかな、と」
ああ、とうなずくと立ち上がり、何かをもって戻ってきた。えっと、それは一体? 葉っぱ、に見えるけれど。
「これを炒っているのですよ」
「あの、これは……?」
まさか……。いや、違うと言ってほしい。
「聖樹の葉です」
「ちょっと待って!?
え、本当に?
本当に聖樹の葉なんですか?
いや、樹の葉食べてはだめでしょう!?」
「お、落ち着いてください。
確かに一般的な樹の葉は茶葉にしてはいけませんが、これは特別なのです。
我々守り手にその作り方が口伝で引き継ぎ、他には出していませんね」
そ、そんな貴重なものと知らず……。なんだか急にこのお茶がとてつもないものに思えてきた。飲んだ時に、体の芯から力がじんわりとあふれてくる気がしていたのは気のせいではなかったのか? それこそ聖樹に分けて減った力が。
「おいしいでしょう?」
にこやかにそんなことを言われたら、うなずくことしかできない。そして残すこともできない……。はぁ、あきらめて飲み切ろう。
「そうだ、遅れてしまいましたが、お兄様のご結婚おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。
ご存知だとは思いませんでした」
何となく浮世離れしている感じがする守り手の方も、兄上の結婚をご存じだったなんて。そう思っていると、いろんな方が口にされますから、という。ここには聖樹に力を分けてもらいたい人がたくさん来るから、そういう話を口にする人もいるのだろう。それがいい感情か、悪い感情かわからないけれど。
こういうところに来ることくらい、何も考えずにいればいいのにね。
「そうだ、今度から学園に入学するんです。
だから次に来られるのは無月に入ってからかな……」
「おや、おめでとうございます。
そうですよね、アラミレーテ様まだ14歳でした」
「え、それは一体どういう意味ですか?」
「いえ、とっても大人びていらっしゃいますから、ついご年齢のことを忘れてしまうのです。
こちらには来たいときにいらっしゃればいいのです。
またお会いできる日をお待ちしておりますね」
「はい……」
もうすぐで夜会があるし、それが終わればすぐ入学式だ。ここで一休みできたし、まあできるだけ頑張るしかないが。