130 アルフェスラン王の視点
そうして二人の無事が報告されたのは翌日のことだった。かなりひどい状況であったらしいが、命はある。油断はできないが、最悪の状況は避けられたといっていいだろう。
「では、アラミレーテは無事なのですね?」
「命に別状はない。
それにカーボの……、イシュン、といったか?
そのものの側にいるらしい」
「イシュン兄上が?
そうですか……」
さすがに状況を知らせないわけにはいかない、と呼び出したのはヘキューリアとマリアンナ嬢。状況を知り、真っ青になってこちらに来たそうだ。もちろんアラミレーテ殿の無事の報告も大切だが、それと同じくらい伝えなくてはいけないことがある。主にマリアンナ嬢に。
「ですが、それだけではないのでしょう?
無事を伝えるのならば、陛下自らこうしてお話にならなくてよろしかったはずです」
相変わらず鋭い子だ。ずっと、この子がエキソバートを支えてくれていた。
「実は……、此度の件の関することでエキソバートの王太子位並びに王位継承権をはく奪することになったのだ。
それをまずはマリアンナ嬢に伝えなくては、と思ったのだ。
あのような愚息と婚約を結んでくれたにも関わらず、この仕打ち。
父親として本当に申し訳ないと思っている」
王としての自分は決して頭を下げられない。だが、父としてはせめて謝らせてほしい。そんな思いで、今この部屋は三人しかいないのだ。
「陛下……。
どうぞ顔を上げてください。
そのように謝られてはだめですわ」
「……、誠に申し訳ございません。
側におりながら、異変に気が付いておりながらこのような結果を招いてしまいました」
戸惑った様子のマリアンナ嬢に、深く謝罪するヘキューリア。この子たちは本当に優しい子だ。そんな子たちがそばにいたというのに……。
「陛下、どうぞ私のことも罰してください。
私が……!」
「ヘキューリア、そなたが自分のなすべきことをおろそかにせずに、よくエキソバートを支えてくれていたことは知っている。
そなたのせいではない。
そなたは学友であり、側近ではないのだ」
だから、まずはその勘違いを正さねば。そして、マリアンナ嬢にはもう一つ大切な話をしなくてはいけない。
「マリアンナ嬢。
今ならまだ婚約を破棄しても、新たな相手を見つけることができるであろう。
王妃にその手伝いをさせる。
どうだ……?」
婚約破棄、その言葉にびくりと肩が揺れた。これが最善なのだ。婚約など初めからなかったことにし、新たな相手を見つけてもらうことが。だが、一度うつむいた顔が再びこちらを向いたとき。その瞳は見たことがないほどに強い輝きを放っていた。
「いいえ、いいえ、陛下。
わたくしを馬鹿にしないでくださいませ。
わたくしは王太子殿下と婚約したのではございません。
わたくしはエキソバート様と婚約をなしたのです」
「だ、だが!
エキソバートは学園卒業後、王家所有の離宮で暮らしてもらうことになる。
こちらでの要職に就くことはないのだぞ?」
エキソバートが自分で招いた破滅に、この令嬢も巻き込んではいけない。その思いから、つい言いつのってしまった。それでも、マリアンナ嬢はやさしく微笑んでいた。
「その離宮とはどのようなところなのですか?」
「離宮、は、王家が所有する中でも最も美しいところだ……。
広い庭に、広い湖、こことは異なりゆったりとした時間が流れている」
「まあ、とても素敵なところではございませんか」
「マリー、本気なんだね」
「ええ、お兄様。
わたくし一度言ったことはそうそう変えませんわ」
「うん、そっか。
いいと思うよ」
兄妹の会話につい耳を傾けてしまう。何やら話が付いたようだが?本当に? 本当にマリアンナ嬢はエキソバートと共にいてくれるのか? 私は、それを許していいのか。
「大丈夫です、陛下。
きっとお父様もお母様もそうしろとおっしゃってくださいますわ。
ですから、わたくしエリト様と婚約破棄いたしません。
ほかの者の話に惑わされる前に、こうしてお話くださり感謝申し上げます」
「……、ありがとう、マリアンナ嬢。
そなたの心遣いに感謝する」
後はあれ以降引きこもっているというあやつをどうにかせねば。さて、どうするか。
「陛下、エリト様は今どちらへ?」
「あやつは今私室に引きこもっておるよ」
「そちらへ行っても?」
「あ、ああ。
構わないが」
では失礼いたします、とマリアンナ嬢とヘキューリアが去っていく。そうして、数日後マリアンナ嬢がエキソバートを部屋から連れ出した、と報告がされたのだった。
そしてまた別の日。視察団がシフォベントとアラミレーテと共に戻ってきた日のことだ。エキソバートの件を伝え、そして今後王太子として立つのはシフォベントだと伝えた。
前々から知っていたことだが、シフォベントは本当にエキソバートのことを兄として、王太子として敬愛していた。将来はエキソバートのことを側で支えるのだと、嬉しそうに語るほどには。だから、この話はもっと後にした方がいいのでは、という声も上がっていた。
だが、これもマリアンナ嬢の一件と同じで何者かに下手に伝えられるよりは自分から伝えたほうがいい。そう判断して、帰ってきたその日に伝えることにしたのだ。
目に見えて衝撃を受ける顔。そして小さな声でわかりました、とだけ言うと部屋に下がってしまった。そのあとを追いかけるのはアラミレーテ。あの二人はもともと仲が良かったが、視察で共にいたからか、死地を共に潜り抜けたからか、特別な仲といってもいいほどになっていると聞いている。結局またカーボに我々は助けられるのだ。
三大公爵家も王家も、実のところカーボ家に頭が上がらない理由はここにある。若いとき、あるいは今も、精神面で助けられるとこが多いのだ。自分の弱いところをさらけ出せるものがほとんどいないからこそ、その相手となれるカーボ家は特別なのだ。それには、立場と共にカーボ家のものは心根が優しいというところも大きいのだが。
いつまでも迷惑をかけ申し訳ないと思うがどうかこの縁が永久に続くように、今は願うだけだ。