127 ハーボンの視点
「それで、行先に心当たりは?」
「ありません。
誘拐した者自体、憶測でしかわかりません」
ちっ、役に立たん。辺境伯にいきなりここに行ってほしいと言われたときは何かと思ったが。きっと嫌な予感があったのだろう。
「憶測では誰が?」
「……皇国です」
ひそめた声で言うダブルク・スキフェン。名前だけは知っていたが、なるほどおそらく頭が回るやつなのだろう。そして、武器を持てばそれなりに強くもある。権力を鼻にかけることもしない。視察団の団長としてはこれ以上ないほどの逸材。まあ、今は関係ないことだが。
「追いますか?」
「いえ、それはこちらで兵を出します。
ハーボン殿にはあなたにしかできないことをしていただきたい」
ふむ、いい目をしている。まあ、本来ならこんな身分のやつが評価するどころかまともに口を利くのもおこがましいのだろうが今は置いておこう。
「何を?」
「本当に皇国が手を出してきた場合、カーボ辺境伯領の協力は必須です。
状況を説明して、協力を要請してください。
相手の目的が何であれ、おそらく国境付近にも伏兵がいるかと」
「了解した。
それが終わりしたい、私もこちらに合流しよう」
「わかりました」
さて、早馬でかけてどのくらいで戻ってこられるか。おそらく父がこの領付近にいたはず。父に事情を話し、あとを任せておけば一日とおかず戻ってこられるだろう。
「戻ってくる際には、こちらの山の方に」
「山?」
「こちらから国境の方へ向かう場合、おそらくこのルートを通るでしょう。
そしてもし逃げ出せた場合、身を隠すのに適しているのがこの山です」
「わかった」
今は少しの時間が惜しい。行動が決まればすぐに動かなければ。
「隊長、俺らはどうしたら」
「ジベ、お前だけついてこい。
ほかはスキフェン様に従え」
返事を待つ時間も惜しい。すぐに馬に飛び乗るとジベもそれに続くのがわかる。馬をかけると行きよりも早くカーボ領に戻ってこられた。予想通り父上はタッライ伯爵領のすぐ近くにいてくれたようだ。
「ハーボン?
視察団の応援に行っていたはずだが……。
一体何があった?」
訝しむ父に起きたことを簡潔に報告する。するとすぐに顔つきが変わった。そして、こちらでの領のことはすべて任せておけとの心強い返事が来た。さすがだ。ならば次はアランを助けに行かなければ。
「兄上」
「イシュンか。
お前もこちらに来ていたのだな」
「はい。
私も兄上とともに行かせてください」
突然の言葉に父上を見る。あきらめたようにうなずくのを見て、すぐに馬に乗った。こいつも乗馬は得意だからな、飛ばしてもついてこられるだろう。急いでタッライ伯爵領に戻り、イシュンは領主の屋敷に行くように指示する。そして自分はスキフェン様の指示通りの山へと向かった。
「どうなっている?」
「あ、隊長!
それが、少し前に山頂付近で火の手が上がりまして。
もしやお二人のどちらかの魔法ではないかと話していたところです」
「ならばなぜすぐに登らない!」
「ひっ!
申し訳ございません!」
命の危機に瀕しているのは間違えない。それなのになぜ悠長にしている。イラつきを抑え、とにかく山頂に向かう。今は二人が優先だ。
そうして見つけたシフォベント殿下とアランはひどい状態だった。アランは真っ青な顔色なのに絶えず汗を流している。それに意識ももうろうとしているようだ。会話はできるので大事には至っていないと思われるが。シフォベント殿下は騎士に任せた。
こうなってはイシュンを屋敷に待機させておいて正解だったな。