116 ヒデシャルテの視点
「あわただしく行ってしまいましたね」
「ああ」
ずいぶんと小さくなってしまった馬車の後ろすがたを見送る。初めは殿下と辺境伯の次男が来るという話に素直に驚いた。そして、なぜ正式な視察にそんな子供を同行させるのかわからなかった。きっと二人が子供のわがままで視察の動向をねだり、それを上層部が許可したのか、と上層部の正気を疑ったほどだった。
「殿下方のお相手、ご苦労だったな」
「いえ……。
正直はじめはなぜ、と思っていたのです。
あの年齢など、弟のことを思い出せば遊んでばかりいましたから。
ですが、実際にお会いしてみると想像とは全く違い、むしろ勉強になることもありました」
11歳のときのモノワードは本当にやんちゃだった。自分の興味ある事ばかりに集中し、勉強などには目も向けない。教師を何度泣かせたことか。そんな弟をみて次男など、領主という責任ある立場にはならないものなどこのようなものなのだ、と思ったのだ。殿下は少し事情が異なるかもしれないが。
それが、実際にお会いすると学園を卒業して日が浅い私の話でも真剣に耳を傾け、きちんと理解しようとしていた。それに殿下は自分の方が身分が上にも関わらず、それにより偉ぶることもない。子供のお遊びか、と下に見ていた自分が本当に恥ずかしくなった。
「それは何よりだ。
それに今回は相当ましだったな」
「まし、ですか?」
「ああ。
あれだけの人数がいれば構わない、という心理が働くのやもしれぬがいつもは真面目に視察を行わないものもいてな。
だが、今回は年下に負けてはいられぬと思ったのかそういったものは見受けられなかった。
おかげで滑らかにことが進んだ」
「そう、でしたか」
仕事で来ているのに真面目に行わない、というのは一体どういうことか問い詰めたくもなるがそれはいったんおいておこう。だが、確かにすぐ近くで自分よりも年下のものが賃金ももらわず真剣に取り組んでいるのに、賃金をもらっている自分がさぼるというのはなかなか難しいことだろう。
それにしても11歳、か。なかなか恐ろしいというか、頼もしいというか。今の時期は親の庇護下の元、本当に自由に時間が使え、遊びだけしていても強くは言われない無二の時期だ。これが終われば本格的な未来のための勉強が始まり、そして学園への入学になる。
学園生活も確かに親の監視から逃れ、やれることも増えた中自由に過ごせる貴重な時期ではあるが、それでもやはり幼少期のなんの憂慮もない時期は貴重だ。そんな時間を彼らは国全体を見ることに当てているのか。
「初めは子供のわがままか、と聞いていたが、よくよく聞けば視察の同行はシベフェルラ公爵からいいだしたことらしい。
それほど優秀か、とこの多少特殊な領地にも受け入れたが正解だったようだな」
「シベフェルラ公爵が、ですか……。
あの方たちが将来どうなるのか、楽しみです。
……その前に無事に帰れるといいのですが。
視察団はこのまま王都へ?」
「いや、次の目的地に向かうそうだ」
「なぜですか!?
より安全なところへ行った方が……」
「何かお考えがあるのだろう」
お考え、か。確かに何かあるのかもしれない。2人は宝石眼、きっと何かに巻き込まれても魔法で多少は対処できるのかもしれないが、危険な目にはあわないのが一番だ。
どうか何にも巻き込まれずに、無事に帰れますように……。