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ヒデシャルテ様はすぐに日記を持ってきてくれた。かなり古いものらしく、丁寧に扱わないとすぐに崩れてしまいそうなくらい。それが何冊もあった。本当にずっと書いてきたのだろう。
崩さないように丁寧にページを捲っていく。だんだんと字が整っていくところからも成長を感じられるのがなんだかおもしろい。ほとんどが何気ない日常を書いたものだった。今日は夕飯が大好物なものだった、とか初めて外に買い物に行けた、とかそんなほほえましいもの。それが、おそらく成人近くになったからだろう、領内の自然とかの描写も増えていた。こんなところに泉があったとか、今年は農作が思わしくないとか、そんな内容も。
そして、読み進めていくとついに目的の描写を見つけた。あの山についてだ。
―明日はあの山に登ってみようと思う。
ほかの山と比べると確かに険しいが、登れないほどではない。
いつか登りたい、そう思っていたがきっと今がその時期なのだ。
そして、なぜあの山は緑があまり育たないのかを確かめることができれば幸い。
常に山肌をさらすあの山は、黒、いや灰色といった様子だ。
今まで人が立ち入っていない、ということは見たことがない景色が見られるかもしれない。
ああ、楽しみだ。-
灰色。あの山肌は確かにそうとも表現できる。だが、黒とはあまり言えない。ということはこの書き方からしてやはりもともとはもっと暗い色だったのではないか?
そんなことを考えながら次の日の日記に目を向ける。きっとここで山に登っているはずだ。
―山を登ると決心した今日、天気は良好だった。
そこで数人を引き連れ、予定通り山登りを行った。
今日行けたのは中腹に到達するか否かのところまで。
やはり、自然の中で体力を身に着けたとはいえ、この山はなかなか厳しかった。
足元は安定しない場が多いため、体力が普段よりも早く消耗するのだ。
そして、本日の最終地点と定めた場では洞窟を発見した。
やはり下から眺めているだけではわからないものも多い。
あまり時間も残されていなかったが、好奇心に負け中に入ってみると、特にほかの洞窟と様子は変わらなかったように思う。
ひんやりとした空気は山登りで暑くなっていた体には心地よかった。
またあそこまで行けたら、今度は奥まで入ってみたい。-
この人は洞窟まで行ったんだ。だけど、白爛石を見つけなかった。やっぱり、白爛石はもともとはあそこになかったのではないか、そんな気がしてくる。それにしても、領主が登ったことがあるのに、よくもう一度チャレンジしたな。このことはうまく伝わっていなかってことだろうけれど。
まあ、あともう一つ考えられるのは、この時この方が行った洞窟と白爛石が採掘されている洞窟が違うということ。だけれど、まあこの線は薄いだろうな。あそこも山の中腹といったところにあったし、ほかに特に見当たらなかったから。
でも、そっか。もしも、そうだとしたら、僕らが行ってきたことが途切れたことにより起きた不具合がこうして賄われているならば、これ以外のことはどうなったのだろう。皇都に移ってきて何となくわかったけれど、僕らの故郷はおかしなことが多かった。それが普通だと思っていたから何も感じなかったけれど。それらはきっと、今回のことみたいに何か意味があったのだ。
初めて、あの故郷を捨てたことによる影響を考えてぞっとした。