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兄上から聞いた話をシントに言うべきか、ずっと悩んでいた。警戒を促す意味でもきっと伝えたほうがいいのだろうけれど、でも……。兄上はこの話をシントに言うかどうかは僕に任せる、と言った。自分よりも僕のほうがシントのことを知っているだろうから、と。
正直言いたくない。もしかしたらこの話を聞いたら、無理にエキソバート殿下に話を聞こうとするかもしれない。それがさらに事態を悪化させるというのは十分に考えられる話だった。だとしたら、きっと僕は言うべきではない。
でもそれがこんなにももやもやとするのは、どうしてだろう……。
そんなもやもやを抱えたまま、ついに出発の日になってしまった。本当に今日までシントに会うことはなくて、だからそもそも話す機会はなかったのだけれど。
「アラン、余計な話をしたせいでなんだか混乱させてしまったみたいだね。
ひとまずこちらのことは気にしないで、今はアランのやるべきことに集中して」
集合場所である王宮に向かう馬車に乗り込むと、不意に兄上にそんなことを言われる。うう、思いっきり気にしていることばれていますよね。でも、ここを離れる僕には確かにできることはないのだろう。
「わかりました」
それじゃあ気を付けて、と送り出される。そういえば、次に会うとき兄上はもう大人、なのかな。学園の卒業と同時に大人と認識されるものね。うう、僕なんてまだ学園に入ってすらいないのに。こういうときに兄上との歳の差を感じる……。
「やあ、よく来ましたね、アラミレーテ殿」
おお、銀月の間ずっと一緒にいたからか、なんだかダブルク様が久しぶりに感じる。これからまた銀月の間一緒だ。でも、この視察が終わったらきっともう全然会えないんだろうな……。う、なんだか寂しい。
「あの、アラミレーテ殿?
どうしました?」
「うっ、あの、この視察が終わったらダブルク様とも全然会わなくなるのかなって。
そう考えたらなんだか寂しくなってしまって」
「それはまた、気が早いことで。
でも、そんな風に寂しがっていただけるのはなんだか嬉しいですね。
不謹慎かもしれませんが」
よしよし、と頭をなでないでください……。なんだか小さい子供になった気分。まあ、子供では、あるけどさ。
「でも大丈夫ですよ。
いつでも会えます」
にこり、とほほ笑んで僕に視線を合わせてくれるダブルク様。うん、そうだよね。身分が違うから、本来ならこうやって話すこともない人だったけれど、もう縁は結べたのだもの。
「さあ、シフォベント殿下もいらっしゃったようですよ。
そろそろ出発しましょうか」
はい、と言って馬車に乗り込む。それにしてもさっきから気になっていたのだけれど、なんだか近衛騎士の人数増えてません? あれ、こんなにいたっけ? 感覚的に全体の人数は増えていないから、もともとこの人数だった、と言われればそうなんだと思う程度だけど。なんだか、盗聴で聞いた話とか兄上の話を考えると怖くなる、というか。う、うん、気のせい。きっと気のせいだよね。
うーん、と首をかしげながらも結局何も言えずに馬車は走り出してしまった。
さて、アベスタ領に行き、次はアシュート領だ。アベスタ領は初めてのお茶会で同じ席だったウリアベア嬢に再び会い、なかなか厄介でもあったのだけれどそこは割愛で。領自体は過ごしやすそうなところでした。
「次のアシュート侯爵領ですが、実はお二人を連れていくべきか随分と悩みました。
特にアラミレーテ殿、あなたはもともと体が弱いですから。
ですが、せっかく各領を自分の目で見て学ぶという機会があなた方には与えられたのです。
その学びを阻害してはいけない、そういう判断に至りました。
一度王都に戻った際に再度確認したのですがね、兄上も陛下も、そして辺境伯も行かせるべきだ、という判断をされました。
これだけは約束してください。
何か体調に異変があったらすぐに伝える、と」
馬車の中、真剣なダブルク様の声と表情に、僕らはすぐにうなずき返した。アシュート侯爵領。名前は知っているが、なぜか視察前の勉強でも深くは触れなかった土地。少しの不安を持って、僕らが乗った馬車は順調にアシュート領へと向かっていた。