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シントのところを出て屋敷に帰ると、なぜか兄上から呼び出されてしまった。シントが迎えに来たのは唐突だったけれど、兄上もちゃんと見ていたはず。……だから呼び出された? ひとまず呼ばれているなら行かないと。
不思議に思いながらも兄上の部屋へ早速向かう。僕が帰るのを待ってくれていたようで、すぐに部屋に通された。
「兄上が僕を呼び出すのは珍しいですね」
「そうかも。
少し聞きたいことがあってね。
……シフォベント殿下のことなんだけど、何か言っていたかい?
その、エリト殿下のことについて、とか」
やっぱりシントのことか。何か、言っていたといえば言っていた。でも、これ兄上に言ってもいいことなのかな。シント自身が誰にも言えないって言っていたし言いふらすのは絶対によくない。うん、やっぱり言うべきじゃないよね。
「特に何も言っていなかったよ」
「ふふ、そんなに考えこんで答えている時点で何か言っていたんだなってわかるよ。
きっと言わないでって言われたのかな。
まあ、その反応は正しい。
少し安心したよ」
う、ばれてる。確かに本当に何も言っていなかったら、すぐに言っていなかったよって返せるはずだもんね。これは完全に失敗。ごめん、シント。それにしても安心?
「なぜ、安心するのですか?」
「シフォベント殿下が、きちんと自分の発言について、それが及ぼす影響について判断できているってことだから。
でも、そっか、アランのことは信頼しているんだね。
ずいぶんと仲良くなったみたいだ」
そういうと、兄上は僕の頭をなでてくれる。優しい笑みを浮かべている兄上になでるのをやめて、とはなんとなく言いずらい……。ずいぶんと仲良く、か。確かにきっと仲はいいよね。
「うーん、じゃあ僕が言ったことが正しいかどうかだけ教えて。
シフォベント殿下に対するエリト殿下の態度が変わった、とかそういう話だった?」
「え、どうしてそれをご存じなのですか!?」
はっ! つい、口に出してしまった。そろりと兄上のほうを見ると苦笑されていらっしゃる。もちろん、しっかり聞いてしまいましたよね。うう。
「アランはもう少し隠せるようにならないといけないね。
でも、やっぱりか」
「あの、周知の事実なのですか?
シントは誰にも言えない、というように言っていましたが」
「周知、ではないかな。
もともとエリト殿下はシフォベント殿下のことを弟として大切にしていたし。
ただ……」
そこで言葉が途切れる。兄上はひどく言いずらそうだけど、理由を知っているならぜひ教えてもらいたい。このままではシントがかわいそうだ。今回は兄と仲良くしたいと、そう頑張っているのに。
「誰か、というのはまだわかっていない。
でもあることないこと、エリト殿下に吹き込んでいる輩がいる、らしい。
そのうちの一つが、シフォベント殿下が王太子の座を、次の王の座を狙っている、というものだ」
シントが王の座を!? それはありえない。少なくとも兄であるエキソバート殿下を蹴落としてまでなりたいとなんて望むはずがない。
「ありえません!」
「ああ、僕もそう思っている。
だけど、最悪なことにエリト殿下は違ったらしい。
なぜか、シフォベント殿下が今視察に同行していることを未来の足場固めのためだと思っているらしい」
「そんな!
シントは、エキソバート殿下を支えたいと思って今回の視察も同行しているのに。
将来王となる殿下のために、今のうちに自分の目で国を見ようと」
なのに、そんな風に勘違いするなんてシントがかわいそうだ。ちゃんと話せば解決しそうな話なのに、エキソバート殿下がシントを拒んでいるうちは絶対に無理だ。だって、もうそう思い込んでしまっているんだもの。
「本当に、シフォベント殿下は、なんというかできた方だね。
きっとエリト殿下は不安になっているんだよ。
もともとはシフォベント殿下の思いを疑ってはいないようだったし。
なのに、心を不安定にさせたやつがいる。
それが誰なのか、今力を尽くして探っているところだ。
どんなふうに殿下とコンタクトをとっているのかも分からない。
アランも警戒しておいてくれると嬉しい」
エキソバート殿下をそそのかしている誰か。その時にふと思い出したのは、あの盗み聞いた話だった。誰かが、皇国の密偵としてこの国にいる。その誰かがエキソバート殿下をそそのかしている、というのは考えられる話だ。うまくいけば王太子も弟も一気につぶせるだろうし。ただ、本当にエキソバート殿下に接点を持っているのが皇国の密偵だった場合。それが判明した場合、踊らされていたエキソバート殿下はきっと……。どうか、違いますように、そう願わずにはいられなかった。