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そろそろ戻らないと、と一応術を解除するためにボウルに手を触れる。その時、一度は切れた画像が再び映し出された。
『アル……王国に……密偵……った?』
『あそこも……よい。
4年……成果を……られなく……仕方……』
密偵。その言葉にとっさに浮かんだのはシントの執事だった。隣を見ると、シントにもしっかりと聞こえていたようで驚きに目を開いている。そのまま、皇帝が男性のことをにらんでいるところで画が途切れた。なんにしても、もう本当に戻らないと。
ひとまず術をしっかりと解除すると、まだ動かないシントの手を引いて部屋へと戻ってきた。
「ねえ、アラン。
最後のって……」
「うん、聞こえた。
ねえ、ツェベルって……」
「彼ではないよ。
彼は4年よりももっと前から務めてくれてるもの。
でも、やっぱり気になる」
きっぱりと言われてしまった。でも、確かに4年という年月が聞こえてきたから、ツェベルではないのかな。もしツェベルが密偵だった場合、一番危険なのはきっとシントだ。だからきっと神経質になってしまっているんだろう。
「ねえ、アラン。
ツェベルは大丈夫だよ。
アランに言われて、それで聞いてみたんだ。
詳しいことは今度説明するけど、大丈夫」
大丈夫、そう言い切られてしまうと信じるしかないだろう。本当に大丈夫なら、疑って申し訳ないことしたかも。
「でも、本当に皇国から誰かが入り込んでいるなら気を付けないと……」
「どこにどう入り込んでいるかわからないから、気をつけようもないけどね。
これを父上たちに伝えるわけにもいかないし」
どうするべきか、それを考えているとシントにどうして? と言われてしまう。ちょっと待って。
「だってどう説明するつもり?
この国には皇国からの密偵がいるんだ、ってそんなこと素直に言って信じてもらえるわけがない。
それにどうやってそれを知ったっていうの」
「え、そのまま……。
言えないね」
でしょう、というとようやくうなずいてくれる。よかった、勝手に暴走される前に止められて。
「失礼いたします、お茶をお持ちいたしました」
どうやって伝えよう、そう考え始めて間もなくツェベルが部屋へ入ってきた。その手には言葉の通りにティーポットが。このまま考えてもきっと埒が明かない。ありがたくお茶を頂くことにした。
「あれ、冷たい?」
「ええ、珍しい茶葉が手に入ったので入れてみました。
そちらは冷水で入れるものらしく……」
「うん、おいしい」
「それは何よりです」
さて、それよりこれからどうしよう。今日はさすがにもう戻らないといけない。でも、お茶会を断っている関係でシントとだけ付き合いをするのもなかなか難しい。普通にいけば次に会えるのは視察の日だよね。そこまで放置するのも心配だけど……。
「アラン、もう帰らなきゃだよね。
次会えるのは、視察行く日かな」
視察の日、そう言い切ったシントの顔を見るといつも通りに見える。まあ、シントがそうするって判断したならそれでいいか。
「うん、それじゃあまたね」
不安は残るけれど、仕方ないよね。