序章 第8話「雨あがりの逃避行」
「僕は、父のような冒険者に、なりたいんです」
レノの言葉に、マイアは目を伏せた。
そして、長い沈黙ののちにレノへ視線を向ける。
「レノ君……」
その瞳はひどく辛そうで。
「レノくんのやりたいことがあるなら、本当は応援してあげたいの。
今まで何も我儘を言われたことがないから、あなたに夢や目標ができたのなら、支えてあげたいの。お金の心配だってしなくていい。確かにレノくんが頑張ってくれている方が助かるのは事実だけど、それが無くたって家計はなんとかなるわ。それでもね……それでも、冒険者は、駄目なの」
レノを突き刺すマイアの言葉はひどく鋭利で。けれど、それを放つ彼女の瞳もまた震えていて。
未だに弱まる気配を見せない雨音が響く部屋の中、レノの心を支配したのは「混乱」だった。
意志を支持されなかったことに対するものではない。むしろ、支持されなくて当然のものだと、頭は理解している。
だがしかし、レノの胸の奥に、湧き起こる感情があった。それはひどく荒々しく、巨大な渦を巻いて、レノを飲み込もうとする。
レノは、それに近づくことに恐怖を感じた。荒れた海のような道の感情の大波。それに触れると、自分が自分で無くなってしまうような気がした。
視界に、マイアの姿が写り込んだ。視線を落とし、丸い体を小さくしてうなだれる叔母の姿が目に映った。
瞬間、レノは弾かれたように逃げ出した。
「レノくん−−−?︎」
レノの唐突な挙動に、マイアが驚いてこちらを見た。レノ自身も、自らの行動に困惑した。
突然動き出した体は、脳内の混乱とは裏腹に、やたらてきぱきと動く。
家事代行のアルバイトで稼いで貯めたお金を入れた瓶を掴み、数枚の衣類とともに鞄に詰め込む。
なぜこんなことをしているのか、自分でも分からない。
体はそのまま玄関へと足を向け、
「ちょっと、レノくん−−−⁈」
背中に投げつけられた叔母の声を意に介さず、家を飛び出した。
それは幸か、はたまた不幸故か−−−。
知らぬ間に雨は上がり、レノの行く手を阻むものは、そこになかった。
浮遊感と幼稚な全能感に麻痺した脳は、この逃避行の後先など、全く考えていないようだった。
これが少年の、生まれて初めての家出だった。
読んでいただきありがとうございます。
長かった序章が終わり、ようやく本編へ突入します。
レノの冒険と成長に、乞うご期待。
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