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えいゆうたん‼︎  作者: 湾虎
序章『Preludio - 前奏曲 -』
7/10

序章 第7話「非望的観測」

見護る彼女の胸の内。ただ真っ直ぐな意志の対抗。

 外で響く激しい雨の音が、大きくない家の中に充満する。


「僕は−−−」

 少年は、自らの意思を、夢を、静かに告げる。


「僕は、冒険者になりたいんです」

 大量の雨粒が古家の窓を激しく叩く音に、しかし少年の声は掻き消されない。

 静かな声ではあったが、その内に宿る想いは、間違いなく、彼と相対する女性の耳に届く。


 刹那、雨音が掻き消える。否、そう錯覚しただけなのだろうか。

 しかし、一瞬の静寂のうちに、二人の−−−レノとマイアの思考は纏まる。


 そして、静寂は破られる。


「レノ君、それは、本気……なの……?」

 困惑した表情のマイアが口を開く。緊張し、(かす)かに震える声には、それ以上の感情も混じっているのかもしれない。


 そんな彼女の問いに、レノもまた強張る声で応じる。

「はい−−−僕が本気で考えて、決めたことです」

 喉から声を絞り出し、しかし視線だけはしっかりとマイアの瞳を見据えて、レノは言い放つ。


 再び、静寂が訪れる。先程よりも長い静寂が、雨音の進む距離を伸ばし、時間の進みを遅くする。

「私は……反対よ、レノ君」

 叔母の口から小さな声で呟かれた言葉に、レノは身を硬くした。


 無論、予想どおりの反応ではあった。

 故に、その言葉に耐え得るつもりだったのだが、


「そう、ですよね……」

 実際に言われると、こんなにも苦しいものなのか。

 喉の奥が、鉛でも詰まらせたように苦しい。

 視界が、歪んでいくような気がした。

 アテの外れた淡い期待は、乾涸(ひから)びたトマトのように(しぼ)み、どこか遠くの方へ落ちてしまった。


 だが、ここで諦めるわけにはいかなかった。


 レノを突き動かす、意地とも執着とも言える衝動的な感情は、彼の声帯を震わせ、さらなる言葉を続かせた。


 下がりかける視線を押し上げ、再びマイアの眼を見る。

「でも、僕はもう、決めたんです。これは、僕が僕の人生の中で初めて選んだ、自分の生き方です」

 言葉を放ったレノの瞳には不安の色がある、しかし、その声に迷いはない。

言うなれば、(たわ)みながらもまっすぐ的へ吸い込まれる矢のように。


「決めたって、私たちに何の相談もせずに?」

 そんなレノに、眉間にしわを寄せた叔母は冷静な、どこか怒ったような低い声で、言葉を返した。


「そ、それは……」

 痛いところを突かれ、レノの声が揺らぐ。


「自分の将来を考えていたなら、なぜ私や、リッツェルに言ってくれなかったの? 一言でも相談してくれればよかったのに」

 マイアは、(さと)すような口調で、そう言った。

 それは、優しく包み込む慈愛のような声音で、冷たく突き放すナイフのような形をしていた。


「でも、たとえ相談しても、きっと冒険者にはさせてくれなかったんですよね」


「−−−ええ、そうね」

 レノの探るような瞳に、マイアは一瞬の躊躇の後に答えた。


「レノ君に、兄さんと同じ死に方をして欲しくないからね」



 空気が、止まった。



 響く雨音が、緊張の隙間を塗り潰してゆく。


「兄さんは、あなたのお父さんは、冒険者になったから死んでしまったのよ」

 マイアの声が、震えている。


「家族のそんな姿、私はもう見たくないの」

 それは悲痛な、心からの声であった。


「もう二度と、家族が傷つくのを、見たくないのよ」

 長年のうちに積もった、痛切な悲哀の声であった。


「レノ君の横顔、日に日に兄さんに似ていくのよ。自分の命なんか顧みず、、誰にも心配させない為に嘘くさい笑顔を顔に貼り付けて、体をボロボロにしながらお金を稼ぎ続けるそんな姿が、常に細い糸の上を歩いているようで、見ていてすごく怖いのよ。もう、そんな怖い思い、したくないのよ。だからお願い−−−」

 家族を思う彼女の、嘆願の声であった。


「だからお願い。レノくんは(・)冒険者なんか(・・・)に、ならないでちょうだい」


 それでも、少年は


「僕は−−−冒険者に、なりたいんです」


 あくまで、憧れに固執した。

「父のように(・・・・・)冒険者に、なりたいんです」


 そうすることでしか、自分の未来を描くことができなかった。


 マイアは、目を伏せている。沈黙は、数十秒続いた。いや、数分だったかもしれない。

 ともすれば数時間とも錯覚するような沈黙の中、マイアが口を開く。


「レノ君……」

 その瞳はひどく辛そうで。


「レノくんのやりたいことがあるなら、本当は応援してあげたいの。

今まで何も我儘を言われたことがないから、あなたに夢や目標ができたのなら、支えてあげたいの。お金の心配だってしなくていい。確かにレノくんが頑張ってくれている方が助かるのは事実だけど、それが無くたって家計はなんとかなるわ。それでもね……それでも、冒険者は、駄目なの」


 レノを突き刺すマイアの言葉はひどく鋭利で。

 けれど、それを放つ彼女の瞳もまた震えていて。




 −−−雨音は、未だ弱まる気配を見せなかった。

読んでいただきありがとうございます。


次回、ついに、序章、結。

少年の夢の行方やいかに。


よろしければ感想、レビュー、評価などもよろしくお願いします。

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