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えいゆうたん‼︎  作者: 湾虎
序章『Preludio - 前奏曲 -』
6/10

序章 第6話「雨音は決意を促すように」

少年は、自らの胸の内を晒すことを決意する。


 目の前で起きている事実に頭が追いつかず、レノは呆然と立ち尽くした。

 桃色の髪をポニーテールに結い上げたその少女は、あっという間に五人の不良を目の前で()した。

 なぜか生き生きしているように見える彼女は、今しがたの大立ち回りなど何でもなかったかのようにこちらを振り返る。


「何ジロジロ見てるの。ひょっとしてアンタもこいつらのお友達? 仲良く転がしてあげよっか?」

 獲物を狙う雌豹のような碧い瞳をレノに向け、不敵に笑う。

 レノの背筋を、謎の悪寒が駆け上がってゆく。


「えっ、いや、遠慮しておきます……」

「なによ、つまらないわね。相手しなさいよ」

 冗談なのか本気なのか、少女は本当につまらなさそうな顔になる。

「すみません」

 しかし、レノもそんな顔をされた程度では揺るがない。たとえ、ちょっと容姿が整っていて、よく通る声の少女が、寂しげにこちらを見つめてきたとしても……


「えーっ、ケチ」

「闘いませんよ」

 揺らぐわけがない。そもそも、理由もなく街中で戦闘を始めたら捕まる。


「うん。本当にこいつらの仲間だったらアドレナリンに任せようかと思ったけど、違うみたいね。ならいいわ」

「あ、疑われてたんですか……」

 それは地味にショックだったが、少なくとも眼前の少女が戦闘狂ではないことが確認できたので安心した。

 と、喜劇じみたやり取りをしていると


−−−ザアアアアアアアアア。


「うわっ、急に降ってきたわね」

 雨音が声をかき消しているので、声が聞き取りづらい。

「さ、さっきからポツポツ降ってましたけどね」

 水音に会話をかき消されないように、近くにいるのに大声で呼応する。

「まぁいいわ、私濡れるの嫌いだから帰るわね。またね」

 瞬く間に服と髪が濡れてゆく。

「えっ、またねって……」

「ああ、アンタ面白そうだから、また会えたらいいなと思って。じゃあね」

 ニヤリと笑った少女は、レノの応えを待たずに踵を返し、雨の街の中を軽快に駆け去った。


「なんだか、嵐のような人だったな……」

 しかし、そんな余韻に浸る暇などなかった。

「やばい、早く帰らなきゃ……」


 おそらく、叔母−−−マイア・リディアがレノの帰りを待っている。もともと、リリエフォルス邸での仕事が終わり次第、家に帰るはずだったのだ。 エレナからマイアに連絡が入っているとはいえ、昼食を終えた後の談話がかなり長引いてしまっている。その上先の喧嘩騒動で時間を食い、今は土砂降りの大雨だ。心配性の叔母のことだから、相当肝を冷やしているであろう。

 すでにびしょ濡れになった頭に、同じくびしょ濡れのパーカーのフードを被り、レノは前屈(かが)みになって家路を駆け抜けた。




 玄関先で荒い息を整え、家の戸を開ける。しかし、濡れ鼠のまま家に入ることもできないので、小さな家の中全体に聞こえる程度の声で叔母の名を呼ぶ。

「マイアさん、ただいま帰りましたー」

 数瞬の後、厳寒のすぐ与野にある脱衣所から、恰幅の良い中年の女性が出てくる。

「お帰りなさい、レノ君。遅かったじゃないの」

 金髪の女性−−−マイア・リディアは、ホッとしたような顔でレノを出迎える。どうやら想像以上に心配をかけてしまっていたようだ。


「すみません、心配かけて」

「そんなこといいから、早くこれで頭を拭いて。風邪引いちゃうわよ」

 マイアは慌ただしくそう言い、素早く脱衣所からタオルを取って来ると、半ば押し付けるようにレノに手渡す。

「あ、ありがとうございま……」

「あぁ、びしょ濡れで寒いでしょう。すぐにお風呂沸かすからね、早く入っちゃってね」

「は、はい……」

 マイアはレノの返事も待たず、すぐに風呂を沸かしにかかる。流れの早い川のように、その笑顔で全てを押し流す。マイア・リディアとは、そんな人なのであった。


 この世界の湯沸しは非常に早い。仕組みは至極単純。風呂の底に敷かれた炎属性の魔鉱石が、湯船に貼られた水を一瞬で加熱するのだ。さらに、浴槽に組み込まれた魔式により、水温は一定に保たれ続ける。これは、トイレや浴槽などの、水周りの商品を扱う大手メーカー『TOOTOO』が開発した独自技術だそうだ。


 雨のせいで重く肌にまとわりつく衣服を脱ぎ捨てる。裸になると、体の芯が冷えきっているのがわかった。濡れた下着にじわじわと体温を奪われていたようだ。

 浴室の外からはまだ、激しい雨音が続いている。

 風呂桶で湯を救い、頭からかぶる。暖かい湯が冷めた全身を包み、心地よい熱を伝える。そのまま軽く全身を洗い、湯船に足を入れた。浴槽から湯がバシャバシャと溢れる。冷たい爪先から、じんわりと体温が戻ってきた。


 少し小さい全身を浴槽に収め、レノは独り言つ。

「午後に入ってた仕事は、洗濯と犬の散歩、庭先の落ち葉の掃除……この雨じゃあ、どれもできそうにないな」

 この時期には少し珍しいスコールのせいで、午後の予定が全て無くなった。一つ一つの稼ぎはそう大きくはないが、一度に三つも無くなると、それなりに痛手だ。

「はぁ……」

 溜息が、浴室にこだまする。

 しかし、この時間を有効に使わない手はない。そこまで考えて、さっきの−−−リリエフォルス邸の昼食会での話題を思い出す。


『僕は、冒険者になりたいんです』


 1時間ほど前に、自分が放った言葉だ。

「マイアさんに、言わなきゃダメだよな」

 叔母は優しい人だ。父を失った当時、放心状態だったレノを優しく受け入れ、家庭に引き込んでくれた。

 働き口を探し始めたレノを、家政夫として知人に紹介してくれたし、初めて自分の手で稼いだ金銭を家計に収めようとすると『それはあなたのものよ、初めての収入くらい自分のために大切に使いなさい』といって優しく断られた。どんなに家計が厳しくとも、うまくやりくりして生活のレベルを落とさないように、そしてそれを気づかれないように頑張っている。


 しかし、むやみに彼女の優しさに甘えることはできない。現状、収入と支出のバランスがギリギリなのだ。レノが冒険者になり、その分の家計への収入が減れば、赤字分が貯金をじわじわと侵食し、そう長い時間をかけずに破産するだろう。


「ふー……」


 再び口からこぼれた溜息が、湯気の充満する浴室でこだまする。

 だが、それでもレノは冒険者になることを諦めきれない。

 自らの思いを、未練を、絶つことができなかったのだ。

「…………よし」

 浴槽の中で立ち上がる。


 身体中から流れ落ちる水滴が湯船の水面を叩く音が、幾重にも重なる。

 床のタイルの隙間を、足から滴った水が伝う。

 だが、体は十分に温まった。

 水の滴る体を洗い布で拭く。

 水気を(ぬぐ)った肌の上から、新しいシャツを被る。

 着慣れたパーカーを纏い、脱衣所を出た。


「あらレノ君、もう上がったの? もっとゆっくりすればいいのに」

 扉を開けるやいなや、それを音で察知したマイアに声をかけられる。

 彼女の姿が見えないが、バサバサという音が聞こえるので、おそらく洗濯物を畳んでいるのだろう。


「いえ、もう大丈夫です」

 簡素に応じながら、居間へと足を運ぶ。といっても、ほんの3、4歩の距離だ。

「そう。そしたら−−−」

 レノが今に顔を覗かせるやいなや、マイアは新たな話題を展開しようとする。


 しかし−−−


「マイアさん」

 間隙なく次の話へ移る彼女の声を、レノは自らの声で少し強引に遮った。思った通り居間で洗濯物を畳んでいたマイアの表情が、いつもの笑顔から、驚きの表情に変わる。


 レノは普段なら、絶対に他人の話を遮ったりしない。故に、常とは違う彼の行動に、マイアの顔には驚きと同時に、不安の感情が浮かび上がった。


 だが、彼女の表情の変化に気を留めず、レノは言葉を続ける。


「少し……お話が、あるんです」

 緊張したレノの声音から何か尋常ではない雰囲気を感じたのか、マイアの眼に、真剣な色が宿った。


 逸る鼓動と不規則な呼吸を落ち着かせるために、深呼吸をする。


 一度−−−二度−−−三度……。


 その間、マイアは話しかけてこない。

 常であれば笑顔も話題も絶やさない彼女は、しかし普段とは異なる義子の様子に不穏な空気を感じ、口を噤んだ。


「僕は−−−」


 レノは唇を開き、肺から湿った空気を押し出す。



 降りだした雨は、まだ、止まない。


読んでいただきありがとうございます。

アクションシーンを今後出していくつもりなんですけどね。あと2〜3話先になりますね。それまで楽しみにしていただけると嬉しいです。


よろしければ感想、レビュー、評価などもよろしくお願いします。

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