序章 第1話「始まりの始まりの、その少し前の物語。」
この世界は、強者に優しく、弱者に厳しい。
少なくとも彼–––レノ・ホークスという少年の見てきた世界は、そういうものだった。
頭脳、技術、喧嘩、経済、地位。あらゆる面において『力』を持つものが絶対的な強者であり、それが劣る者より優利な位置に立つことができる。無論、例外などない。
そしてその力は、大抵が生まれ持った才能と親の肩書に依存する。先天的に弱いものは、常に劣勢で在ることを強いられる。
レノの父は、社会的、経済的な面において、弱者であった。それ故に生き方の選択肢を狭められた。
結果、レノが11歳の時に、力を持つものによって、その命をあっけなく刈り取られた。
……それが、今から6年前の出来事である。
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レノは今、彼の叔母–––父の妹であるマイア・リディアとその家族の家で居候として暮らしている。
もちろん、この世界はただの穀潰しとなって家計に負担をかけられるほど生易しい場所ではない。
寛容な叔母夫婦はそれでも許してくれたのかもしれないが、その優しさに甘えていれば、間違いなく彼女らの家計は圧迫される。
そして、そんな中で能天気にそれを見過ごせるような環境で生きてこなかったレノは、いつの頃からだったか、近隣の住民たちを手伝い、小遣いを稼ぐようになった。
掃除、洗濯、ペットの散歩に始まり、一人暮らしの老人の話し相手や、両親が共働きの家の乳児の世話など、その内容は多岐にわたる。
せめて自分の食費だけでも自分で稼げるようにならなければ、と意気込んで始めた小さな仕事は、レノが15歳を過ぎる頃にはかなりの腕前になっていた。
「レノ君、いつも助かるよ。いやぁ、忙しくてなかなかこいつに構ってやれないからなぁ。これ、今回のお駄賃な」
そう言ってレノに硬貨を渡すのは、ここ数日のうちに随分と親しくなった若い大工の男だ。家の奥を振り返る男の視線の先では、ようやくヨチヨチ歩きが出来るようになったばかりの女の子が、積み木で遊んでいた。
彼には今年で2歳になる娘がいるのに、妻が流行りの病で倒れてしまい、肉体労働のきつい仕事に加えて、慣れない家事と育児で疲弊しきっていた。
しかし責任感が強く、家族にまで大変な生活をさせたくなかった彼は、人づてに聞いた優秀な家政少年を探し、ついにレノのところにやってきたらしい。
「こちらこそ、ありがとうございます。奥さんの体調、早く良くなるといいですね」
「ああ、ありがとうな。悪いが明日は俺、仕事で家を空けることになりそうだ。合鍵を渡しておくから、明日もまた頼むよ」
「わかりました。お仕事、大変だと思いますが頑張って下さい」
「本当に、君には感謝している。これからもよろしくな」
「はい。では、失礼します」
男に頭を下げたレノは、次の家へと足を向ける。
頭を下げられた男は、少年の姿が見えなくなるまで通りに向かって大きな手を振っていた。
この作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。まだ始まりにも達していない物語ですが、続きを楽しみにしていただけると幸いです。
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