ラウル・ジクロル
まばゆい光が瞼を通り過ぎ、頭を覚醒させる。
思わず眉をひそめて目を開けると、晴天の空が目に入った。
駅から突き飛ばされて、電車に轢かれたことを思い出した。
天国……?
疑問を浮かべながら、上半身を起こし、辺りを見渡す。
見渡す限りの木々。
穏やかな音を立てながら葉を揺らして、風に身をまかせる賑やかな木々が目に入る。
想像してた天国と違う。
辺りを見渡していると、視界の端に黒い物が見えた。
まじまじとそれを見てみると、蝙蝠の翼によく似た見た目をしている。
黒い無数の鱗に覆われた骨組みと、骨組みを繋ぐ灰色の薄い膜。
「なにこれ……」
思わず出た声の幼さに再度驚き、思わず喉を触れる。
5歳前後の幼児のような声……。
触れた喉のすべすべとした感触。
自分の体を見るために、視線を下にやると小さな手足と幼い体が見えた。
子供に戻った……?
いや、それだと翼に説明がつかない。
「ラウル様、こちらにいましたか」
背後から低くも優しげな声が聞こえた。
私の記憶にある名前とは違うが、感覚で自分のことだとわかった。
思い出した、と表現するのが一番近い気がする。
湿り気のある土から腰をあげ、お尻についた土を払いながら振り返る。
白髪で無地の浅葱色の着物のようなものを着る60代の男性が立っていた。
優しそうな細い目、しっかりと整えられた白い口髭、皺とシミが刻まれた顔。
元の時代でいう、執事のような男性だと思い出した。
名はクラウル。
私はこの世界の貴族の娘、ラウル・ジクロル。
竜人族・黒竜種だ。
周辺の竜人族を統一した当主である父、ゲルドラ・ジクロルの娘である。
ここまで思い出して、OLをやっていた世界のゲームを思い出した。
黒く大きな龍が魔王であるゲーム。
私はその魔王の娘に近い存在だということに高揚が隠せないでいた。
「帰りましょう、お館様がお待ちです」
クラウルはそういうと、踵を返して歩いていく。
私は小走りで彼を追いかけながら、自身の体をもう一度見る。
灰色の甚平のようなものを着ており、肩甲骨あたりからは翼が一対。
腰からは大蛇のような尻尾が生えていた。
「この一帯は統一したとはいえ、まだまだ敵対勢力はおります。
ひとりでこのようなところに来るなど、無防備にも程があります」
クラウルは歩きながら、小言を言った。
山と海に面したこの一帯を統一し、三日月型の大陸の中央を治める竜人族。
治めている土地の真ん中がここら辺だから、この辺りに敵対勢力なんているはずないのになぁ。
漠然とそこまで考えて、私の知らないことを私が知っているかのように思い出すという行為に違和感を覚えた。
まるで、記憶が二つあるかのような現象。
ラウルという人物が今まで経験したことが全て私の脳に流れ込むような感覚。
木々を見ながら頭がズキズキと痛むのを感じていた。