明かされる夜
最後のお話です。
温泉で自分の過去を話して以来、レオンは少し力を抜いて生活できるようになった。それまではどこか緊張していて休まらない毎日だったが、それが少しずつ解れて落ち着いている状態になっている。
「レオン、最近おねしょ減ったね」
「そ、そうだな」
この手の話題はまだ抵抗があるが以前よりは話せるようになっていた。
「も、もう子供じゃないしな。そ、それに最近よく眠れるし・・・・・・」
「それは良かった」
「ゼロの、おかげだ」
「え?僕?」
レオンが頷く。
「ゼロと一緒にいると、その、安心できるというか・・・・・・」
もっと言いたいことがあるのに、レオンは恥ずかしくて俯いてしまった。
「そっかぁ。それは嬉しいなぁ」
ちらりとゼロを見れば、本当に嬉しそうに笑っていた。
それが見れてレオンは満足だった。
「ゼロ」
「ん?」
「近々、ここを出ようと思う。もうお前を見張る必要はないからな」
「えっ」
「今まで世話になった」
返事がない。
レオンが顔を上げると、青い顔をしたゼロがいた。
「ゼロ?」
「あっ、ごめん。急だったから驚いたんだ」
すぐにいつもの態度に戻ったゼロだったが、レオンはそんなゼロに違和感を覚えた。
(一体どうしたんだ?)
その夜のこと。
レオンは水音で目を覚ました。
(やったか!?)
慌てて掛け布団を捲ったが、布団は乾いたままだった。
ホッとして、それから耳を澄ます。
どうやら音は外から聞こえてくるようだ。
窓から外を覗けば、井戸の所にゼロがいた。
(こんな時間に何をしてるんだ?)
昼間のこともあり心配になったレオンは、上着を着ると井戸へ向かった。
近付いてみると、ゼロは裸だった。最近暖かくなってきたとは言え、夜に裸でいるにはまだ寒い。
「どうしよう・・・・・・何で・・・・・・」
更に近付いてみると、ゼロはぶつぶつ呟きながら何か、布のような物を洗っている。
(もしかして・・・・・・)
レオンは上着を脱ぐと、ゼロの肩に掛けた。
「洗濯なら朝になってからでもいいだろう?風邪引くぞ」
ゼロがゆっくり振り返る。その両目には大粒の涙が浮かんでいた。
「違う、僕治ったんだ、治ったんだよ」
「調子が悪かったんだな。大丈夫だ」
レオンはそっと抱きしめた。
いつもゼロがしてくれるように。
しかし、ゼロはレオンを思いきり突き飛ばした。予想していなかったレオンは尻餅をついてしまう。
「優しくしないでよ!」
「ゼロ?どうしたんだ?」
「僕を置いて行くくせに!」
やはり昼間のことを気にしていたようだ。
「ゼロ、すまない。だが、俺は」
「うるさい!」
金色の瞳が光る。
「うるさい、うるさい、うるさい!」
ゼロの体が少しずつ変わっていく。
髪は伸び、爪は鋭くなり、手足は大きくなっていく。
(一体どうなっているんだ?)
とうとうゼロは大きな獣へと姿を変えてしまった。
「うわぁぁぁぁ!」
降り下ろされるゼロの手。
レオンはギリギリの所でそれを避けた。
何とか立ち上がって地面を見ると、大きく抉られている。
(ゼロは、俺を殺すつもりなのか?)
冷たい汗が背中を流れた。
お互いに一歩も動けないまま睨み合う。
(剣を取りに行く暇はない。どうにかしてゼロの動きを止めなければ・・・・・・)
先に動いたのはレオンだった。
勢いのまま懐に入ろうとするが、それより先にゼロがレオンの肩に噛み付いた。
「ぐぅっ!」
熱い。
熱いものが肩から流れていく。
「ゼロ・・・・・・」
泣いていた。
噛み付いたまま、ゼロは涙を流している。
「ゼロ・・・・・・」
そっと抱きしめる。
その時、レオンの頭の中に何かが流れ込んできた。
真っ赤になって横たわる男女。
武器を振りかざす人間。
真っ赤に染まる視界。
(これは)
少年の笑顔。
男性の笑顔。
ベッドに横たわる老人の笑顔。
(ゼロが見てきたものなのか?)
そして、レオン。
「僕を、一人にしないで」
そこでレオンの意識は途絶えた。
気が付くと、レオンはベッドに寝かされていた。
「起きた?」
部屋の隅にゼロが座っている。レオンの見慣れた、いつも通りの姿だった。
「ゼロ、戻ったんだな」
起き上がろうとするが、肩に痛みが走る。
「ごめん、思いきり噛んだから」
噛まれた場所に触れると、包帯が巻かれていた。
「手当てしてくれたんだな。ありがとう」
「僕がやったのに、ありがとうじゃないよ」
「それもそうだな・・・・・・」
ゼロが俯いた。
「本当、ごめんね。こんなこと、するつもりじゃなかったんだ」
床に雫が垂れる。
「でも、止まらなくて・・・・・・」
嗚咽が混じる。
「ゼロ」
レオンが手を伸ばす。
「頼む。もうちょっとこっちに来てくれ」
ゼロは恐る恐るベッドに近付く。
「しゃがんでくれ」
レオンの言う通りに、ゼロはベッドの傍にしゃがみ込む。
レオンはゼロの頭を優しく撫でた。
「ごめん、なさい、ごめんなさい!」
ゼロは大きな声で泣き続けた。
暫くして落ち着いたゼロが口を開いた。
「レオンは魔界の穴って聞いたことある?」
「あぁ、あるぞ」
魔界の穴。
かつて魔界の王がこの世界を侵略するために開けた穴で、そこからは魔界に蔓延する魔力が漏れ出しており、それを浴びた獣は魔物へ変わってしまうと言われている。
「あれって獣だけじゃないんだ。人間もなんだよ。僕の父親がそうだった」
「じゃあ、あの姿は」
「僕もそれを受け継いでるってこと」
ゼロは寂しそうに笑う。
「僕の両親は魔物として人間に殺された。僕は何とか生き延びて魔物達と暮らしていたけど、魔物達を守るためにたくさんの人間を殺したんだ」
ゼロの声が震えている。
レオンはゼロの手をそっと握った。
「そんな僕を変えてくれたのはお師匠様だった。小さい頃お師匠様を助けたことがあってね、大きくなって迎えに来てくれたんだ。それから僕は人間として生きてきたんだ」
ゼロが手を握り返してくる。
「でも、僕は気付いたんだ。お師匠様と僕とで流れている時間の速さが違うって。最初は僕より小さかったのに、いつの間にか僕より先に大人になって、それで・・・・・・」
ゼロは震えていた。
「辛いなら無理に話さなくても」
「大丈夫。話したいんだ。レオンにちゃんと僕のこと」
ゼロはにっこり笑った。
ゼロが話を続ける。
「お師匠様はあっという間に年老いて死んでしまったよ。楽しい思い出はたくさんあったけど、やっぱり辛くて、その思い出から離れるようにここで暮らし始めたんだ。仕事以外で人間には関わらない、一緒に時を重ねていくことなんかできないんだからって」
「ゼロ・・・・・・」
「そんな時にレオンと出会ったんだ。最初は迷惑だったんだよ?でも、だんだんと放っておけなくなっちゃってさ。もっと頼ってほしいとか、ずっと一緒にいたいとか、そんなこと考えちゃって・・・・・・」
ゼロの瞳が潤む。
「レオンに出ていくって言われてかなりショックだった。一緒にいたいのは僕だけなんだなって。そしたら、その・・・・・・」
「寝ションベンを?」
ゼロは真っ赤になって頷いた。
「レオンには見られるし、優しくされちゃうし、それで頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって・・・・・・」
「恥ずかしかったのか?」
意外だった。
そういうことに対していつも平気な顔をして話していたので、ゼロは恥ずかしい等と思っていないのだとレオンは思っていたのだ。
「僕、レオンの倍以上年上なんだよ?お兄さんなのにしちゃうなんて恥ずかしいに決まってるじゃない」
そう言って赤くなっているゼロが可愛らしくて、レオンは思わず笑ってしまった。
ゼロが唇を尖らせる。
「笑わないでよ!」
「すまない。でもまさか年上だから恥ずかしいなんて・・・・・・」
「言っておくけど、僕はずっと前に治ったの!今日はたまたまだったの!」
「分かった、分かった」
「もう!」
レオンはゼロの頭を撫でる。
「ゼロ」
「何?」
「確かに俺はここを出ていくとは言ったが、もうゼロに会わないとは言ってないぞ?」
「・・・・・・え?」
「会いに来るつもりだったし、ゼロが良ければ一緒に依頼をと思っていたんだ」
「えっ、じゃあ、もしかして」
「勘違いだな」
「そんなぁ!」
ゼロは耳まで真っ赤になってベッドに顔を伏せた。
「まぁ、この怪我じゃ依頼は無理だ。治るまで世話になる」
「責任持って面倒見るよ・・・・・・」
「よろしく頼む」
レオンはまた笑ってしまった。
「ひどい!ふて寝してやる!」
「ここは俺のベッドなんだか?」
「だって濡れてるんだもん!」
ゼロはベッドに潜り込むと、レオンを抱きしめて本当に寝てしまった。
「やれやれ・・・・・・」
レオンは足を擦り合わせながらゼロを揺する。
「ゼロ、起きろ」
レオンの体が震える。
(トイレに行きたい!)
レオンの体には夜の間に作られた尿がたっぷり溜まっている。レオンはそれを出したくて堪らなかった。
しかし、ゼロが抱き付いて寝ているためトイレに行くことができないのだ。
「ゼロ、ゼロ」
「んー・・・・・・」
「トイレに行きたいんだ。離してくれ」
「トイレ・・・・・・」
ゼロの体がぶるりと震える。
「はぁ・・・・・・」
ゼロは気持ちよさそうな顔をしている。
「まさか!」
レオンの下半身が温かくなる。それはあっという間にシーツに広がっていった。
(寝ションベンされた!)
したと言っていたはずなのに、それはまだ出続けている。
そして、それにつられるようにレオンの尿もパンツの中に溢れてしまった。
(出るなぁ!)
一度勢いよく出てしまった尿は止まらない。
ズボンを濡らしてシーツに広がっていく。
(ダメなのに・・・・・・気持ちいい・・・・・・)
結局レオンはトイレに行くことができず、全部出し切ってしまったのだった。
「ごめん、本当にごめん!」
「うるさい!ゼロなんて嫌いだ!」
「そんなぁ!」
END
こちらで最後のお話となります。
最後まで読んでいただきありがとうございます。